第9話 獣耳わんちゃん

扉を開けるとムワッとした空気と、向かって右にお目当ての魔力源の様な物が目に入る。


 それは、水色のクリスタルの様な見た目で、硝子の筒の様な物に入れてあり、そこから数多の管が伸びていて、見る人によっては人工的な気持ち悪さを覚えるだろう。


 圧倒的な存在感。恐らくこの世界に魔力という概念があるので、それが強い物には不思議と惹きつけられるのかも知れない。


 日本では無かった新たなる感覚。根本的に俺は、運気とか幽霊を信じなかった人種なので、今は言えるが、もっとそっち系の事を信じておけば良かったなと遅すぎる後悔をした。


 それじゃあ早速壊してこんな所からいち早く出て行きたいが、そのすぐ横に、明らかにリーダー的な風格の男が待機しているので、近づこうにも近づけない雰囲気。


 とりあえず、扉を入って右にあったロッカーの陰に隠れて様子を伺うことにした。


 相手は巨大な槍を矛を上にして携えており、正面突破しよう物ならどうなるかは目に見えている。


 それならば、隠れて魔力源を壊せばいいと考えるが、硝子を割った時の音で注意が俺に向いてしまうので無理だ。


 リーダー的な奴なので、そもそも俺の隠密が通じるかも分からない。偶然扉が死角だったことだけが功を奏した。


 どーしよっかなーと考えているが、俺の乏しい脳では、どーしよっかなーという単語自体が、頭の中を埋め尽くしてしまい、考えが停滞するばかりだ。


 そんなどうでもいい事を思っていると、肩に何かが当たったので、何かと思い目線を向けると、毛むくじゃらの男?いや、獣人が真横で仁王立ちをしていた。


 俺は声が出ないように咄嗟に口を手で覆うと、その場で静止する。


 犬の様に獣耳で可愛い見た目だが、体は普通の成人男性の何倍もデカく強靭で、脳天にその一撃食らえば一発KO!そんなキャッチコピーも許される様な見た目をしていた。


「ん?なんか当たったような……ふむ、気のせいか」


 そう言うと、俺の耳元を擦りそうな程近くに手が伸びてきて、ロッカーの扉を開け、リーダーさんが持っていた槍と同じ物を取り出す。


「おい、交代の時間だ」


 そう言うと、リーダーさんが戻ってきて、代わり獣耳が魔力源の横へ移動する。 


 もっと厄介になってしまったなと思ったが、獣耳は指定された場所に着くと、耳をぺたーんとさせて眠ってしまった。


 まさか反逆をしてくる奴がいないと思っているのだろう、可愛い表情を浮かべて眠りについている。


 今がチャンスです!犬だから五感は鋭そうだけど、しっかりと、確実に近づけば大丈夫だろう。


 俺はロッカーを開け、硝子を割る為に木製のトンカチを取り出すと、リーダーさんが扉を開けて出ていくと同時に、魔力源へと忍び寄る。


 一歩一歩地面を踏みしめて進み、体感より早く魔力源の前へ着いた。


 これを壊せば工場内の灯が落ちてジルが行動を始める。


 硝子を割る程の大きい音を出せば獣耳はすぐさまに起きて俺を排除するだろうが、その前に魔力源を壊せば暗闇になりこっちのものだ。


 俺は覚悟を決め、トンカチを握りしめて硝子を思い切り叩くと、案外簡単に割れた隙間から中の魔力源へと手を伸ばし、クリスタルの様な物を台座から取り出すと、光が無くなる。


「なんだ!侵入者か!?」


 突然の暗闇に、獣耳が狼狽気味に言うと、勢い良く扉が開かれて看守が1人やってくる。


「暴動だぁ!今すぐ鎮圧するぞ!」


 片手にはランプを持ち、もう片手には槍を持っており、照らされた表情は困惑より絶望に近い顔をしていた。


「今向かう!」


 ジルが暴れているようなので、俺も一応向かった方が良さそうだ。


 再度嵌め込まれないように、クリスタルもどきを片手に握りしめてジルとゼスティのいた場所へ向かう。


 扉を開けると、溶けた鉄が光源になっており、なんとも幻想的な光景が広がっていたが、それを楽しむ余裕も無い程にジルの無双が目を引く。


「あいつを取り押さえろッ!」


 看守三人が槍を持って一斉に襲いかかるが、素手のジルに呆気なく無力化されてしまう。


「スゲー、流石ナンバーワン冒険者」


「だな、あれは凄いぞ」


 ふと真横から、馴染みの声が聞こえる。


「ゼスティいつからいた?」


「今さっき」


「俺らの出番ないな」


 ジルが看守共を薙ぎ払っているのを見ながら言う。


「出番あっても蒼河は戦力としてな……」


「うるせ!お前はどうなんだ……」


「蒼河伏せろ!」


 ゼスティの吠える様な声が聞こえ、咄嗟に後方へ倒れる様に回避すると、さっきまで俺の頭があった場所を矛がかすめる。


 ゼスティは俺が回避したのを見ると、その看守の襟首を持って背負い投げをした。


「ほいよッ!」


 空中でくるりと周り、俺の真横に看守の体が叩きつけられると、『カハッ』と声が漏れて動かなくなる。


「す、すまん、てかゼスティおまえ凄いな」


 柔道の授業で見たお手本並のキレイな一本を間近で見て、思わず称賛の声が出てしまう。


「お爺ちゃん直伝の技だからな!」


 そうだった、レイグさんって強キャラ師匠ポジションだったな、保身の技の一つくらい覚えさせているのは納得出来る。


 そんな事をしていると、怒声が聞こえてくるので、覗いてみると、ジルと獣耳が対峙していた。


『テメェらみたいな奴のせいで……笑顔の絶えない奴だったよ、俺が冒険者になった日には手作りのネックレスを作ってくれたし、でも突然テメェらに奪われたんだ、そして俺はずっとあいつの笑顔を取り戻す為に力をつけてきた。今日やっとその力を使う時が来た、行くぞ!魔王軍幹部、"狼撃のディッグ"!!』


『来い!小賢しい人間よ!捻り潰してくれるゥ!』


 ジルは看守が持っていた槍を構えて、獣耳と正面から衝突すると、火花と2人が衝突した衝撃が風になって伝播する。


 あの獣耳魔王軍の幹部だったのかよ!と、思って自分のした事に凄みを感じるが、今はそんな事よりも、床に転がっているいつ起きてもおかしくない看守の方が気になる。


「おいゼスティ、あいつが戦っている間に看守を拘束するぞ」


「拘束用の紐だけど、これでいいか?」


 綱引きでよく使われるやつの細い版を、数個ドレスのポケットから取り出す。


「なんでこんなガッチリとした紐を持ってんだお前?」


「蒼河が来る前に看守が労働者の男1人に向かって『今夜はこれでどう?』って言っててな、そいつを気絶させたら落としたんだ」


「ふーん、あと働いてた奴らは?」


「もう逃げてったぞ、一応遭難したらダメだから避難する為にパールザニアの位置を教えといてやったが」


 逃す所までは分かるが、きちんと避難出来る場所を吹き込んであげる所、やはりレイグさんに似て賢いな。


「じゃ、俺がいくからお前はここにいろよ」


「おう、わかったぞ、巻き込まれるなよ!」


 渡された紐は八個。そして倒れている看守は4人だが、手足の事を考えると丁度合う。


 早速1人目の所へ向かうが、ジルと獣耳の戦闘が割と近くで行われているので、逐一轟音が響いて耳がおかしくなりそうだ。


 そしてやっとの思いで1人目の所に着くと、うつ伏せにして手足を紐で拘束する。


 残りは3人で、ジルが一斉に倒したので場所はかなり近いが、反対側なので戦闘をしている横を通り抜けなければならない。


 薄暗いし気配を消しているしで大丈夫だろう。まあ悩んでいる暇など無いので、そーっと4人が倒れている場所へ足を進める。


『この一撃耐えられるかな?』


 その瞬間獣耳の口が眩く発光し、激しい熱と共に、目の前のレンガ製の床がドロドロに溶ける。


 それは工場の壁を貫通し、外の大地をも削っていた。


 あぶね!あと何歩か進んでいたらスライム状になっていたかもしれない。


 ジルはもちろん避けていたが、片膝をついていてかなり消耗している様子だった。


『あーまずい、俺太陽の光苦手なんだよなー』


『やはりそうか、暗闇による身体強化、それがお前のアビリティだな、だから工場の光をわざわざ消したと、そう言う事か』


 反対側に着くと、ジル達が会話をしている間に手取り早く看守を拘束する。


『これ、返してほしいか?』


『ぐッ、いつの間に……』


 獣耳が槍を片手でプラプラと回し、槍投げの様に投げて火花を散らしながら、俺の足元に滑ってくる。


 手早く拘束し終わったが、それで解決とはいかない。獣耳を倒してジルを助けないといけない。そして俺はずっしりと重力感のある槍を持つ。戦う訳ではなく、ジルに届ける為だ。


『ほら、さっきまでの威勢はどうした?』


 ジルが獣耳にタコ殴りにされて押され、壁に投げつけられ、トドメをさす為にジルへ足を進めていた。


『ごぼっ、ごごぇっ!』


 このままではジルが死んでしまう。一瞬でも無駄にしたらダメだ、そんな事を思うと、俺は声を上げていた。


「おい!!獣耳!!」


 俺がそう言うと歩みをやめて、音源の方をみるが、もう遅い。俺は息を止めながら獣耳の死角に移動し、槍をジルの元へ向けて滑らせる。


「こっちだ!!犬!!」


 今度は姿を見せながら言ったので、完全に標的が俺になっていたが、その時には槍はジルの手に渡り、獣耳の懐中に禍々しいオーラを纏った矛が向いていた。


 予想しなかった第3者の介入によって気を取られた獣耳は、混乱の中で冷静さを失い見事に判断を誤る。


 それはジルから目を離したこと、あるいは俺に注意を向けたこと。


『助かったぜ、蒼河、いくぞ!"ブラックストライク"!!』


 槍の先端から漆黒の光が伸び、獣耳の胴体を貫通する。


『クゾガァァァァォァァァ!!』


 そして一瞬で獣耳は灰になり、自分でこじ開けた穴から流れてくる風によって形が完全に崩れて絶命した。


 天井に巨大な穴が空き、そこから伸びる光がジルを丁度良い感じに照らし、何かのジャケットの様になっていた。

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