人は他人を通して、自分を見る

第1人格 明王の瞳

俺は俯瞰(ふかん)した視点で、カラスが飛ぶのを悠々と眺めていた。

幽霊などという非科学的なものを信じるほど、落ちぶれていないつもりだ。

けれど背後霊がもし存在するなら、ちょうど今の俺のように違いない。

しばらくすると、ビルが雑多に建つ風景が目に映る。

摩天楼の上空から見下ろす都会の街並みは、ひどく無機質だった。

人も物も時間を厳守する電車のように、寸分の狂いもなく規則正しく動いている。

この街では社会を構成する歯車の一部とならない人間や、社会に適合できない人間は排除される運命にある。

不良品のパーツが捨てられるように、役立たずの命は軽んじられる。

でもそんなこと、彼らは疑問にすら思わないだろう。

自分には無関係だからと、高を括っているのだ。

社会というのは考えていたよりも、無責任な大人で溢れていた。

けれど、それももう慣れた。

ただひとつ目を惹くのは、アメリカの自由の女神を彷彿とさせるほど巨大な竜の像だ。

四つん這いで牙を剥き出しにした像は、野性的な力強さに満ち満ちている。

右手には馬鹿でかい赤錆の宝玉を握り締め、見る者を圧倒した。

ここで彼は静かに、民衆を守っているのだろうか。

暫しの間、平穏な日常を満喫していると、ふと全身の毛が逆立つような感覚が俺の全身を駆け巡った。

これは、まさか……。

悪寒を感じた俺が振り返ると、あの瞳が “明王の瞳”が背後に迫ってきているではないか。

明王の瞳というのは、勝手に作った造語だ。

何故俺をつけ回すのか、その理由すら分からない正体不明の存在。

明王像は仏教に帰依しない衆生(しゅじょう)に憤怒の面を向けて、仏の道へと導くというから、それから名付けた。

あの眼は意にそぐわない行動を取る俺を、常に責め立てるのだ。

怪物は社会で生きていくためのルールを、頭に直接訴えかけてくる。




―――テストでいい点を取れ。社会に適応しろ。それができないのなら、お前に生きる価値はないと。




自分が生きるに値する人間か。

そんなものは、自分がよく分かっている。

優秀な諒(まこと)と、俺は違うのだ。

何が悲しくて醜い怪物にまで、存在を否定されなければならないんだ。

もう勘弁してくれ。

俺は許しを乞うた。

だが、何度ごめんなさいと謝り倒しても、あの瞳が消えることはなかった。

そんなに俺が憎いなら、いっそ俺を殺してくれよ。

頭の中で反復する言葉に、心の中でそう言い返すことしか自分にはできなかった。

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identity ~怪物の青年と無貌の少女~ ?がらくた @yuu-garakuta

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