第14話

 シルヴィア姫の顔の火傷痕はそれほど酷くはなかったけれども、化粧でどうにかなるようなものではなく完治も難しいそうだ。

 シルヴィア姫は普通にネストール皇子の噂に恋をしていて、結婚できることを楽しみにしていたみたい。噂はこういうとき残酷だね。

 勝手に恋した方が悪いのかもしれないけれども。

 現れたシルヴィア姫は、まあ……やっぱり普通。火傷の痕を排除しても普通な感じ。

 顔を合わせることは無いと思っていた相手と顔を合わせることになって、複雑な気持ちだ。向こうも同じ気持ちだろうけれどね。


 それでシルヴィア姫が自分が愛妾になると知らなかったことについてなんだが、外交官が出世したいと考えて勝手に行ったことらしい。

 ほら、自国の姫を他国の皇子の結婚を成立させたら手柄だからさ。

 向こうの国王夫妻はまんまと騙されたらしいよ。騙されてその外交官と美人の妹姫の婚約させたとか。やり手の外交官なら姫の結婚相手には持って来いだもんね。この場合、違う意味でやり手だけどさ。

 現在真実を知らされた国王夫妻は頭を悩ませているみたい。そりゃそうだ、勝手に結婚すると思って送り出したんだからね。外交官は処刑するにしても、今更シルヴィア姫は愛妾だったのに勘違いしてましたとも言えないし。

「すぐにばれるでしょうに」

「アポローンが一役買っていたらしい」

「アポローンって誰でしたっけ?」

「ミリィの兄だ」

「ミリィって誰でしたっけ?」

「私の子を身籠もったといって城へやってきた女だ」

「はいはい。成る程ね」


 アポローンがこのシルヴィア姫を使って、私を追い出そうとしているらしい。まったく酷い男だ。そんな事しなくても、私は出て行くというのに。

 シルヴィア姫の両親とネストール皇子は交渉をしているが、距離があってなかなか話が進まない。なので他国からきた姫として公式の場にも連れ出されることがある。本人は顔の火傷や、実は愛妾だったということで部屋を出たがらないのだが、アポローンがねえ……

 その兼ね合いで私はシルヴィア姫を観た。

 向こうも私の顔を見て、その後はずっと扇で顔を隠して下を向いていた。


 事態は悪い方向に進んでいるようにも見えたが、こればかりはね。


 結局私はどうなったかというと、無事に離婚出来た!

 唐突なようだが、私とネストール皇子は離婚しなくてはならないことになったのだ。

 いくつかの交渉の末に、解決策が出たのだ。

 シルヴィア姫の国の顔を立ててやるということで、ネストール皇子は妹のセシリア姫をも所望した。

 どういうこと? と思ったのだが、外交官の不手際が原因となった。

 シルヴィア姫の国側は「皇太子妃」として送り出した。ネストール皇子側は「愛妾」として希望した。この食い違いの原因である外交官を処分するために―― ネストール皇子はセシリア姫を皇太子妃として所望したのに、シルヴィア姫が間違って送られてきた ―― となったわけ。これで問題の外交官は処分されて、間違って送られてきたシルヴィア姫は”国に戻ってきたら辛いだろう”という向こうの国王の希望でネストール皇子が愛妾として引き取ることになった。これでこちら側の出した希望も消化されたことになる。


 国家間の問題が上手く収めるためにも、私は離婚せねばならなくなったのだ。

 国内問題で結婚することになった私が、国外間問題で離婚することになるとは。国家間の問題ありがとう! 


 僅かばかりの荷物を持って、私は城を出た。

 ネストール皇子とミリィの間に出来た子が生まれる前日のこと。

 その足で私はトレミーの邸へと向かった。トレミーとしては不本意な形での私の離婚だが、

「御を売ってやったことで、かなりの譲歩を引き出せるだろう」

 政治家でもあるために納得していた。

 大泣きのロイズスは修道院に会いに行くと言ってきたが”私がゆく修道院にはジャクリーヌ姫もいるから、ロイズスはあまり近付かないほうが良いよ”と諭す。

 近付かれると困る。私はさっさと逃げ出すのだから。

 鼻水を啜っているロイズスを置いて、ルイの家へと向かう。

 そこにはジョシュとマデリン姫がいた。二人が仲良くしているところを見るのはとても嬉しい。マデリン姫はあの通りしっかりとした人なので、ルイから全部聞いて納得の上でジョシュとの結婚に踏み切ってくれた。

「もちろんジョシュが誠実だから結婚することにしたのよ」

 マデリン姫にそう言われて、ジョシュは耳まで真っ赤にしていた。だから最後に一言、必要は無いし蛇足だし、立つ鳥跡を濁さずから程遠いけれどもはっきりと言っておいた。

「ネストール皇子と結婚するよりは幸せになれた筈だよ、マデリン姫」

 マデリン姫から答えはなかったけれども、通じたみたいだった。私とネストール皇子の仲の悪さも街中まで届いていたかも知れないしね。

「ルイ、後のことは任せたわよ」

「ああ」

 私は本当に荷物をまとめた。

 二度と会わないつもり……ではないが、かなり離れた国へと向かい財宝を捜すという、非常に危険な旅に出るので”次”の確証はない。

 私物の全てはギルに任せて、私は修道院に入るために本当に最小限の荷物を鞄にまとめる。最後にと朝の城へと向かい見上げた。

 門番たちは驚いていたが、私の知ったことではない。

 良い想い出は全くない城だが、屑のフローレ皇子を始末して、皇太子に小国ながら血筋に偽りない姫を嫁がせるという大事業を成し遂げた感慨だけはあった。

 ネストール皇子が慌てて出て来たのだが、私は声を掛けずに去り、そしてジャクリーヌ姫のいる修道院へと入る。


「ふざけるんじゃねえぞ! 修道院長!」

 ジャクリーヌ姫は、非常に世俗的な姫だった。

「どうしたのですか?」

「皇太子妃!」

「元皇太子妃ですよ。どうしたのですか? 修道院長に」

「この馬鹿、また賭けで借金作りやがって!」

「え? どういうこと」


 修道院長がジャクリーヌ姫を戻さなかった理由というのが、姫の養育費を使い込んでいたことが原因だったそうだ。

 ジャクリーヌ姫が「王女」として城に戻ると、

「預かってた金を返す必要があんのよ」

 残っている筈の金を返す必要があったのだそうだ。

「だから頑なに言い張ったんだ」

「そうさ!」

 ジャクリーヌ姫は物心つくまで町育ちだったせいで……でも、町育ちでももう少しおしとやかなんじゃないかなあ。

「ジャクリーヌ姫が姫として城に戻りたいっていうなら、私取りなすけど」

「冗談! あんな陰湿なところ、行きたくもねえ! まああたしはさ、オヤジが死んだら養育費分の祈りを淑やかに捧げてからこの修道院からおさらばしてやるんだよ! その軍資金を!」

 元気の良いお姫さまだな。

 ……ふむ。

「軍資金がないなら、私と一緒に来ない」

 私の申し出に、ジャクリーヌ姫は驚きの眼差しを向けてきた。

 修道院長は硬い石畳の上に転がってる。

 後で知ったんだけどこの修道院長、良いとこ貴族の息子なんだけど、若い頃やっぱり賭け事ばかりしていて、親に修道院に放り込まれたんだってさ。

「どういうこと?」

「自分のルーツを探るために、中夏まで行くの。そこにある遊牧民の財宝をも求めてね」

「まじ?」

「本気よ。私は金も移動手段もあるからね。どうする? ジャクリーヌ姫」

「姫ってつけるなよ」

「じゃあ、ジャクリーヌ」


 国王死去後、ジャクリーヌ姫は国王のために祈りに城へと向かった。私も一緒に行くことになったのは、なにかの陰謀だと思う。


「元気にしているか」

「はい! とっても元気ですよ」

 ネストール皇子に声を掛けられて、非常に微妙な気分になったけれどもね。まだ結婚はしていないが、婚約中のセシリア姫も葬儀に参列していたので見ることが出来た。喪服で三割増しくらいに綺麗に見えたかもしれないが、

「あんたのほうが綺麗だね、バネッサ」

「そうね」

「あんた、本当に良い性格してるね」

「そうかしら」


 私のほうが綺麗でした。


 こうして私とジャクリーヌ姫は修道院長にある程度金を持たせて、


「誰かがきても、絶対に帰せよ!」

「いないことがばれたら、今までの賭けにつかった金をガレー船漕ぎして返してもらうからね」

 修道院を後にした。

 ま、修道院長には期待してないけどさ。多分、誤魔化し切れなくなって死んだことにするのが関の山だろうけれども、それが私とジャクリーヌにとって最適だ。

「やったー! 自由になった!」

 港に辿り着き海を見たジャクリーヌは拳を高らかにあげた。

「そうだね。ところでさ、今度から私のことをバネッサじゃなくてさ……」


 私も自由になるために、この名はおいて行くことにする。さよなら ―― バネッサ。



【終】

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いけ好かない皇子を捨てたはなし 六道イオリ/剣崎月 @RikudouI

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