いけ好かない皇子を捨てたはなし

六道イオリ/剣崎月

第1話

 望まない結婚をした皇太子は初夜を迎える前に妃に語った。

「私はお前のことを愛する事は無い。だから余計な期待は持つなと」

 言われた妃は、声を出して笑った。

「ご安心ください。皇子はそれ程良い男ではないので、全く惚れる予定などありませんから! 下らない心配などせずに。そうそう、私との間に子供が出来ると鬱陶しいから、寝るの辞めますか?」


 彼は妃の言葉に声を失う。


 彼はとある男爵令嬢と恋仲であったが、身分の低い男爵令嬢を妃に迎える事は難しく、権力を持っている大臣の養女を妃に押しつけられた。

 男爵令嬢は愛妾として城に留まっているが、体の弱い彼女は権力者の養女である妃の存在を怖がり体調を崩すほど。

 そんな男爵令嬢を慰めるべく皇子は頻繁に通い、それで大臣の一派と諍いになる。

「私の子を産んで安泰を図ろうと考えないのか?」

「安泰? 子供を産んで安泰がはかれるのは男爵令嬢の方でしょう。私の子など首を切って終わりじゃないですか。愛しても居ない女の子など ”本当に私の子か?” くらいで殺せるし。私が他の男を通わせているのに気付かないくらいに、私の元には通わないことは目に見えていますしね」

 押しつけられた妃を疎ましく思い、此処まで全く会話などしなかった皇子は、淡々と語る妃を前に言葉を失いつつあった。

「何にしても早く皇子が即位し、あの大臣を失脚させて下さいね」

「あの大臣とは、お前の養父か」

「そうですね」

「お前はおかしな事を言うな。大臣が失脚したら、お前は俺に離婚を言い渡されて修道院に入るしかないのだぞ」

「それが望みですが」

「何だと?」

「皇子が何を勘違いしているのか存じませんが、私は貴方の妃になりたいと思ったことなど一度たりともございません。大臣が勝手に私を養女とし、貴方の妃に送り込んだだけのこと。皇子はまさか私が貴方を愛しているとお思いで? そのように思われているのでしたら、それは勘違いです。謹んで訂正申し上げます。私は自分を愛さない、他人を愛していると言うような男を愛する程、お人好しでも心が広いわけでもありません。それすら理解出来ないほど、貴方様は私を観ていない。それだけですね」

「私の妃にはなりたくなかったと」

「貴方が私を妃にしたくはなかったのと同じくらいには、なりたくなかった。そう言えば、どれ程の拒否か理解していただけますか?」


 皇子は「ぐぅ」の音も出なかった。


 十七歳の皇太子妃バネッサの人生は波乱に満ちている。

 バネッサはメルフィード卿の私生児としてこの世に誕生した。父方から観るとそうなのだが、母親はバネッサを養女とした大臣の血に繋がる。

 母親は伯爵と婚約していたが、卿と駆け落ちする。

 バネッサはひっそりと小さな村の隅で生まれ、家族三人で貧しいながらも幸せに生きていた。

 その後母親は実家に連れ戻され、伯爵と結婚させられる。卿の手元にはバネッサと少しばかりの金が残った。

 妻を奪われて自棄になる男ではなかった卿は、娘と共に生きて行くのだが、男一人では家事がどうにも立ちゆかず手伝いを一人雇った。

 卿がその娘を手伝いとして雇った理由の一つに、彼女が年の離れた妹養っている事も関係した。

 バネッサとその娘が同い年で、遊び相手になってくれると考えた為だ。

 卿が思っていた通り、バネッサと妹は仲良くなる。二人はとても仲良くなり、本当の姉妹のように育つ。



†**********†


 住んでいた村が山火事で綺麗さっぱり無くなった。目を覚ましたら、私は豪華なベッドに眠っていて驚いた。

 起き上がった私に向かって男性は言った。


『バネッサ、君の父上は亡くなった』


 私は自分はバネッサではないと叫んだ。


†**********†


 皇子とバネッサが不仲になることは、誰もが解っていた事だった。

 だが誰もが思っていた程に、二人は不仲にはならなかった。バネッサは皇子のことなど全く気にせずに生活をしている。

 男爵令嬢に対して、何らかの牽制があるかと思われていたが、それすらなかった。

 バネッサは慈悲深い最初の養父の元で深い教養を得たと言われている。

 最初の養父とは母親の婚約者であった、メイヨー伯爵。彼は駆け落ちしたバネッサの母親を赦し結婚した。

 バネッサの母親はそれから直ぐに亡くなり、メイヨー伯爵は一人身で過ごして居た。そろそろ再婚を持ちかけられる様になった時、バネッサが住んでいる村が山火事に襲われた事を聞き、駆けつけ妻の忘れ形見を引き取った。

 メイヨー伯爵は火事で父親を失ったバネッサの療養にと、彼女を連れて田舎に住まう。バネッサの母であり妻が死んだ頃から社交界に滅多に顔を出さなかった伯爵は、ますます人との付き合いが減ってゆく。

 田舎はバネッサに生来の元気さを取り戻させ、幸せな時間が過ぎていった。何時の頃からか、メイヨー伯爵は妻の忘れ形見であるバネッサと再婚するのではないかと、館の誰もが思う程に、親子ではなくだが恋人同士でもないような時間が流れる。

 そこに横槍が入ったのは、バネッサが十五歳の時。

 大臣が自らの遠縁にあたるバネッサを養女にしたいと言ってきた。大臣には娘が一人おり、彼女は次の国王の跡取りである皇子の妃になる予定だったのだが、病に罹り一命は取り留めたものの、子供が出来ない身体になった。

 その穴を埋めるべく大臣は遠縁の娘を養女にし、妃に仕立てる事に決めた。

 話を持ちかけられた時点でメイヨー伯爵とバネッサに拒否する事はできなかった。バネッサは今まで自らの子ではない自分を育ててくれたメイヨー伯爵に礼を言い、大臣の養女となる。

 田舎育ちのバネッサは大臣の家で随分と低く観られたが、彼女は気にせず、そして気になっていた事を解明するべく動き出した。

 ”一命を取り留めたが、子供が出来ない身体”

 大臣が娘であるマデリンの事を語った際に放った言葉が真実なのか?

 通常、見た目では解らない筈の理由を突きつけられ、黙って信用出来るほどバネッサは何も考えない娘ではない。

 館を丹念に歩き回り、マデリン姫の居場所を突き止める。マデリン姫は病の後、何故か厳重な警備の元に置かれ、外部との接触を完全に遮断されていた。

 その有様はかつて自分が卿から聞いた 《家のよって引き離される恋人同士》 と状況があまりにも似ていたので、バネッサはもしかしたらマデリン姫は皇子ではない誰かと恋仲になり、それが知られて大臣に監禁されているのではないかと思い、忍び込む為の算段を練った。

 算段を練るといっても、食事を運ぶ侍女を抱き込んで協力してもらう程度の物ではあるが。

 大臣に気付かれないようにバネッサは注意深く侍女と親交を深め、ついに橋渡しをして貰いマデリン姫と出会う。

 マデリン姫は決して顔を見せてはくれなかった。

 マデリン姫は強欲な父親とは違い、とても優しい女性であった。バネッサを橋渡ししてくれた侍女であり乳母も自慢の優しい姫君で、皇子の妃には申し分のない女性だった。

 彼女は慈善奉仕を行っており、寄付だけではなく自ら足を運び奉仕活動をしていた。そのせいだとは言いたくはないが、貧民街で発生した天然痘に罹患し一命は取り留めたものの、顔や身体は大臣曰く 《観られないもの》 となってしまった。

 マデリン姫はバネッサに謝罪する。

「私は自分の行いは間違っていないと今まで胸を張っていましたが、貴方が私の代わりにされてしまったと聞き、申し訳なさで胸が潰れそうです」

 バネッサは首を振り、マデリン姫の行為に礼を言い、それから二人は人の目を盗んで交流を図る。

 そんなある日、マデリン姫が呟いた。

 《父上が失脚したらネストール殿下は……》

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