6-2 天への入り口

 火は、想定していたより大きく燃え上がった。


「だめです。風が強くて消火が間に合いません」


「やむを得ん。そこは放棄して西側から切り倒せ。延焼を食い止めるんだ!」


「了解!」


 天人の遺産に関する調査。その名目でシグレは連邦を動かし、調査隊を引き連れてきた。そこまではよかった。だが天を貫く大樹を本格的に調べるに当たり、伐採した枝葉を処分するために火を使ったのがまずかった。初め小さく揺らいでいた炎は、瞬く間に紅蓮ぐれんの嵐となって周囲の木々に燃え移り、森を焼き尽くす業火と化した。


「もう乾期に入っていたのか。それにしては花が多いが……」


 煤煙ばいえんで灰色にかすむ森をにらみながらうめく。だが隊を率いる者に、じっくりと考えを巡らす余裕はない。


「風向きに注意しろ。煙に巻かれるぞ!」


 さらにいくつか指示を出していると、隣に影が立った。振り向いて相手の姿を視界に収めるのと同時に、淡々とした声が耳に届く。


「また随分と豪快にやったわね」


「……」


「少し切り過ぎたかしら。無理に入り口を探そうとしなければ、ここまで燃え広がらなかったと思うけれど」


「ああ、そうだな。できるだけ手間を省こうとしたのは失敗だった。まさか宿り木に引火するとは……」


 宿り木、それは他の樹木に間借りする形で成長する植物。


 中には宿主を枯らしてしまうほど生命力が強く、絞め殺しの木と呼ばれるものもある。こうした寄生植物のほか、近くの物体に巻き付き成長するつる性植物、岩にも生えるこけ類などがフソウの側面にへばりつくようにして繁殖を繰り返し、空の森を垂直に広げた。


 それが今、熱せられ白煙を噴き出している。


(森で火を使うときは、十分すぎるほど気を遣わなければならないというのに・・・・・・これではまるで子供だ。よりにもよって彼女の前でこんな失態をやらかすとは)


 未来への道は、自分自身の力で切り開く。


 その一念で故郷の島を飛び出しここまで来たが、いよいよ白虹はっこうへの道を開くとあって冷静さを欠いていた。はやる気持ちを抑えきれなかった結果、想う相手の領域を侵してしまった。


「怒っているか?」


 表情の消えた管理者に、シグレは思い切って尋ねた。だが返事がない。


「カグヤ?」


「――! 何かしら?」


 やはり怒っている。気まずい思いを隠せず、しかし気の利いた言葉も思いつかず、責任者としてただ謝罪するほかない。


「その、すまない。森に火をつけてしまって」


「謝る必要はないわ。私の役目はあくまでフソウの管理。森そのものは管轄外だもの。……まあ、あの子は怒るかもしれないけれど」


「あの子?」


 誰のことかと聞き返そうとした――が、その問いは消火活動に当たっていた隊員達の声に遮られた。


「これは……?」「通路、か?」「暗くて奥がよく見えない。誰か明かりを!」


 振り向くと、フソウの幹に深い空洞が口を開けているのが見える。どうやら煙のくすぶる箇所に水を掛けていると、炭化した樹皮が崩れ落ちて内側が露わになったようだ。


「あれは……」


 緑葉の覆いから漏れる陽光に照らし出される黒い空間。


 幹が傷んで生じたにしては不自然に大きなそれに目を細めていると、管理者のつぶやきが耳に届いた。


「怪我の功名ね」


「?」


「ちょうど正面が崩れるなんて。樹皮が薄い分、熱の回りが早かったのかしら」


「……そうか! あれが!!」


 その言葉でシグレは悟った。


 子供の頃に見た夢が、現実に変わったのだと。


「あれが、シロニジへ至る道!」

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