7-4 天へ昇る籠

「どこ向かってるんだろ」


「だから、その3番ホームとやらじゃない?」


「3番ってことは、別に1とか2もあるのかな?」


「知らないわよ。そんなこと気にしてどうすんの」


 などと言い合いながら長い通路を歩いていくと、広大な空間に出た。頭上高くに明かりが煌々こうこうと連なり、見通すことのできない奥を照らしている。足元にも大人の背丈ほどにもなる段差があり、下手に落ちると骨が折れてしまいそうだ。


 がらんとした空洞、そんな印象を抱きながらヒタクは案内人に問い掛けた。


「ここは?」


「さんばんほーむデス」


「ええと……」


「デス。って言われてもねえ」


 答えにならない答えが返ってきて、二人ともに頭を抱えたくなった。この場所がなんなのかは、どうやら自分たちで推理するほかないようだ。


「なにかの倉庫かしら。ちょっと広すぎる気もするけど」


「うーん、どうだろう。ほらそこ、溝みたいになってるから物を出し入れするには不便だよ。向こう側にもいくつかあるし」


「そうねえ。でもこの感じ、どこかで見覚えがあるような……」


 森暮らしの身には見当もつかなかったが、交易を生業なりわいとする者は違った。首をひねりながら下をのぞき込んでいたアヌエナが、独り言のようにつぶやく。


「水路みたいにも見えるけど、底に筋みたいなのが通ってるし……あれ、ひょっとして線路? 汽車が走ってきて、荷物降ろして、その辺に置いて保管……ってやだ。ホントに倉庫になっちゃう!」


「せんろって?」


「あ、なんか来た」


 耳慣れない言葉にヒタクは聞き返そうとしたが、彼女の注意はすでに別のものへと移っていた。照明の奥から段差に沿って、小屋ほどもある大きな箱がやって来る。一家族が宿泊できそうなその箱は緩やかに減速すると、二人の正面へ滑り込んだところでぴたりと止まった。


「コチラガおふたりノけーじとれいんデス。ふぁーすとくらすノしゃりょうニナリマス」


 静かな音を立てながら開く扉を前に、ロボットが説明してくれる。それでもヒタクには理解できなかったが、空を旅する少女には通じたようだった。彼女は軽く眉を上げながら尋ねた。


「とれいん、ってあのトレイン? やっぱりこれ、線路なの?」


「ハイ。きどうすてーしょんニむかウびんデス」


「いえ、どこ行きとか聞いてるんじゃなくて……って、ああそういうこと」


 自給自足の、小さな島育ちには意味不明の会話が続く。


「要はこれ、フソウを上下に移動する鉄道なのね。今わたしたちが立っているのがプラットホームで、この箱みたいなのが客車。で、人や物を乗せて昇り降りする籠だから籠列車ケージトレイン


「ソウデス」


「なるほどねー。天に通じる線路ってことか。わたしてっきり、天人が空に降りた時は飛晶を使って、と思ってた」


「ソノほうほうダト、こうかすぴーどノちょうせつガたいへんデス。れーるノヨウナ、がいどヲつたッテおリタホウガ、ヨリあんぜんニいどうデキマス」


「ああ、確かに。空の上から降りてくるんだから、加速も半端ないわよね」


「ちょっと、ちょっと」


 行き交う言葉の合間を縫って、ヒタクはどうにか口を挟んだ。一人取り残された焦燥感もあり、口早に問う。


「アヌエナこの子が言ってることが分かるの?」


「ええ。鉄道なら赤道大陸に走ってるからね。行商で何度か乗ったことあるわ」


「そ、そうなんだ」


「ここは駅というより貨物基地みたいだけど。天人が空に大地を浮かべる時にでも使ってたのかしらね」


 少女の返事は最後、独り言になっていた。ためらいもせず乗り込もうとする彼女を、箱――ケージトレインは音もなく迎え入れる。


「あ、待って――っ!?」


 遅れて客室の扉をくぐったヒタクは目を見開いた。


 落ち着いた明かりを灯す天井。

 色鮮やかな絵画の飾られた壁。

 幾何学模様の簡素で瀟洒しょうしゃな床。


 そこにあったのは、無骨な外観からは全く想像できない空間だ。


「これは……」


 ギャップに戸惑いながら足を踏み入れ中を見て回る。すると、落ち着いた雰囲気の寝室に調理場、トイレ、さらには少し狭いが浴室まであった。


「また豪勢ねー。飛舟とぶねなんかとはえらい違いだわ」


「うん。もうここでずっと暮らせそう」


 これはもはや籠ではなく家屋、それも記憶にある生家より上質な印象だ。暖色系の光に照らされた大窓を鏡に室内を呆然と眺めていると、ロボットが声をかけてきた。


「ナニカひつようナものガアレバ、おきがるニおもうしつけクダサイ」


 そう言って人ならざる案内人は、最後にとんでもないことを付け加える。


「きどうすてーしょんニハ、七二じかんゴニとうちゃくよていデス。ドウゾ、ごゆるりトおくつろギクダサイ」


「七二時間!」


「そんなにかかるの!」


 思わぬ数字を聞かされ、二人は驚いた。


 空の旅は基本的に水平方向への移動が主で、離着陸を除くと垂直方向に進む必要はほとんどない。強いて挙げれば雨雲を避ける、あるいは風に乗るための昇降ぐらいだ。目的地との高度差が極端に開いている場合でも、丸一日以上費やすことはない。


 だがヒタクがショックを受けたのは、移動にかかる時間ではなかった。


「そんな……姉さんに追いつけない!」


「いや、それよりご飯どうすんの! あんた、食料は全部舟に置いてきたでしょ!?」


「あ……」


 指摘されて気付いた。


 確かに、三日間何も口にしないのはきつい。


 だが取りに戻れば、姉との差が広がる。


 悩んでいると、案内人が不安を取り除くように金属の腕を挙げた。


「ほぞんしょくデシタラ、ごよういデキマス」


「保存食?」


 少女の声音が一転して落ち着いたものになった。だがそれは、食料があると知っての安堵あんどではなかった。彼女は赤く透き通った目に向き合うと、探るような口調で確認する。


「それ、もしかして、ホウシャセンでシンクウホゾンの?」


「ハイ」


「……いいけどね」


 簡潔な肯定に抑揚のない声で応じ、アヌエナは傍らのソファに腰を落とした。そのまま身を沈めるように背中を預け、大きく伸びをする。


「ま、天国まで三日って考えたら案外近いんじゃない? わたしなんか、あの森にたどり着くのに一月ひとつきかかったんだし」


「けど、姉さんが……!」


「ちょっと落ち着きなさいって。時間がかかるのは向こうも同じよ、きっと。違う乗り物で昇っていったとは思えないし」


「で、でも……」


「それに目的地がどこであれ、フソウの外には出ないでしょうよ。今の高度でさえ死ぬほど寒いんだから」


 天井を見上げながら、空を渡る娘はただ事実だけを語った。


「だから、永久に追いつけないなんてことはないわ」


「そ、そっか。うん、そうだね」


 軽い調子で諭され、ヒタクの身体から力が抜けた。熱も冷めて、ようやく落ち着いた思考ができるようになる。


「じゃあ僕、食料を確認するついでにキッチンの使い方を教えてもらってくるよ。腹が減ってはなんとか、っていうし。ちゃんと食べておかないと」


「え? あんたがお料理してくれるの!?」


「うん。簡単なものしかできないと思うけど、いいよね」


「もちろん!」


 力の籠った返事を背に受けながら、ヒタクは思った。


(天国まで三日、か。それじゃ兄さんは今、姉さんを連れて天国に向かっているのかな)


 元々は自分が連れて行かれるはずだった。


 そのことも併せて考えると、何とも言えない奇妙な気持ちに襲われた。

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