第七章 天上の虹

7-1 夢の原点

「だから過剰に掘るべきではないと……!」


「だが、飛晶以外でどうやって稼ぐ!」


 大人たちが大声で怒鳴り合うのを物陰で聞いていた。いつも優しい父を、生まれて初めて怖いと感じたのを覚えている。


 ウラネシアのとある浮島が、浮力を失って空に沈んだと知ったのはもう少し大きくなってから。


 この当時は、仲の良かった友達が赤道大陸に移住したことが重大事件だった。友達が島を去っていくのを泣きながら見送った後、アヌエナは父を問いただした。


「どうして? どうしてみんな島を出て行くの?」


「ここで暮らすのが難しくなったからだよ」


「どうして? 今まで一緒に暮らしてきたじゃない?」


「今まではね。でも、これからもっていう保証は誰にもできないんだ」


「ほしょう?」


「あー。大丈夫だとは言えないってことだよ。……この島は、ウラネシアは人が住む場所じゃなかったのかもしれない」


「なら、どうしてわたしはこの島で生まれたの?」


 最後にそう聞くと、なぜか父は困った顔をした。


(どうして住めないところに住んでるの? あ、最初は住めるって思ってたのかな。でもそれじゃ、島に新しく来る人がいてもいいんじゃない? どうして出ていく人ばっかり……あ、行商の人がいる! ……なんか違う)


 幼いアヌエナの頭の中で疑問だけがぐるぐる回る。だが一向に答えが出ない。


 それからしばらくの間、彼女は島中の人間に問い掛けた。


『みんな、どうしてここに住んでるの?』


『昔の人は、どうしてこの島に来たの?』


 女の子の問いに答えられる大人はいなかった。


 だが代わりに、島の古老がウラネシアに伝わる伝説を教えてくれた。


「大昔、人間は空の上の天で暮らしていたんだ。そこは気球や飛舟とぶねでは決してたどり着けない、星の世界」


「ほしのせかい!」


「ある時、一人の若者が空に白い虹を架けて天の川を渡り、空の中へ降りようとした。だが長さが足りず届かない」


「ええー!」


「そこで若者は空の底に種をまき、長い時間をかけて木を育てた。そして天に届くほど成長した大樹を伝って空へ降りてきた。ワシらのご先祖さまは、その樹……世界樹から船出してウラネシアへたどり着いたんだ」


「おお……!」


「そして世界樹の頂上には、ご先祖が残された天の秘宝が今も眠っているそうだよ」


「そうなの!?」


 渦を巻いていた疑問がほどけた。しかし幼子の好奇心は止まらない。知りたいという気持ちがより強く熱くなり、沸騰したように胸の奥から吹き上がる。


「空のまんなかに木がはえてるの!?」


「そうだよ」


「のぼれば空の上まで行ける!?」


「ご先祖さまはそこからおいでなさったからね。逆にたどれば行けるはずさ」


「どんな木なのかな。ココヤシ? パパイア?」


「さあ? そこまではわからんよ。なにせ大昔のことだからね」


「むー」


 古老といえども伝説の全容は承知していない。だが詳細不明という回答さえも、女の子には好奇の芽を育てる刺激だった。


「くだものたくさんなってるかな?」


「そうかもね」


「じゃあ、じゃあ! その木の種をウラネシアにもってきて、空にうえたらくだものたくさんとれる?」


「ああ、きっと」


「じゃあわたしが、わたしがその木を見つけてきてウラネシアにいっぱいうえる! そしたらみんな、ずっとここでくらせるよね!?」


 その日から、村では飛舟とぶねの練習に励む女の子の姿が見られるようになった。

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