5-5 空を渡る理由(少女の場合)

「うちの島、ものすごく貧しいのよ」


「ああ、それで……」


「そうじゃなくて、土地自体が貧しいの。土がやせてるから作物はほとんど育たないし、そもそも小さい島だから水だってあまり蓄えられないの。一月ひとつき雨が降らなかったら、完全に干涸ひからびてしまうでしょうね」


「……」


「だから暮らしに必要な物は交易で手に入れるんだけど、島にはよそと交換できるような価値ある物がないの。ただ、例外なのが飛鉱石でね」


「それって、浮島うきじまの?」


「そう。大地を空に浮かべる神秘の石」


 この世界の陸地は、太陽光や己自身が持つ熱をエネルギーに浮いている。その中核となるのが、飛晶を主成分とする飛鉱石だ。大抵の浮島うきじまや浮遊大陸では、地中奥深くに隠れているものなのだが――。


「皮肉なことに、わたしの住んでる島は小さいからこそ、飛鉱石があちこちで顔を出してるの」


「もしかして、それを?」


「ええ。加熱すると浮くから飛行船の材料になるし、飛晶を抽出できれば強力な推進機関ができるから、ウラネシア経済の主力商品と言っていいわ」


「で、でも。空に浮かぶ石を島から採ったりしたら……!」


「そう。いずれウラネシアは空に落ちるでしょうね」


「そんな!」


 衝撃的な未来を聞かされ、ヒタクは思わず立ち上がる。だが少年の慌てるさまを見て、少女は顔を歪めるようにして笑った。


「けど世の中、どこまでも皮肉にできていてね。神秘の石って言っても石は石だから、半永久的に使えて買い替える必要がないの。だから今のところ、島が沈むほど掘ったりはしていない」


「そうなんだ」


「でもだからこそ。欲しい物を欲しい時に交換できない、なんてことが多くなる」


「……」


 堂々巡りの話に、ヒタクは顔をしかめるしかなかった。


 彼女の故郷は土地が貧しい。そのため必要な物は交易で手に入れなければならない。


 だが商品にできるのは島を浮かせている石。採り過ぎれば島そのものが空に沈む。


 だが需要は多くないのでまだ猶予はある。その代わり交易には制限が生じる。


 よって彼女の故郷は貧しいまま。


「だからお金が欲しいのよ。どこに行っても通じる、なんとでも交換できる財が。それがあれば、今住んでる土地をこれ以上削らなくて済む」


 どこまでも皮肉な現実を前に、それでも少女は不敵に笑う。ジュースの残りを一息に飲み干すと、挑発的な視線を少年に向けた。


「なあんて。世界樹みたいな恵まれたとこに住んでる人には、縁のない話でしょうけどね」


「ううん。ちょっとは分かる、よ」


 少し詰まったが言葉は出た。ヒタクはうつむきながら続ける。


「僕は、貧しさから逃れようとした兄さんに連れられて家を出たから。……あんまりよく覚えてないんだけど」


「えっ、お兄さん? いたの?」


「今はいない。三年前に空の森を出て行った」


 その時のことを思い出すと、胸の奥に締め付けられるような痛みを覚える。だが他人の事情など知る由もない少女は、少年の心情に気付かないまま確認してきた。


「ああ。もしかして出発前に言ってた人? ええと、ヒグレだっけ」


「シグレ」


「あ~、そうだっけ?」


 うろ覚えの記憶を掘り起こそうとしていた顔が、きまり悪そうなものになった。彼女は

一度「こほん」と咳払せきばらいをし、改めて話題をつなぐ。


「けどそれも変な話ね。そのシグレってお兄さんは、故郷を出る時に弟のあなたも一緒に連れて行ったのよね」


「うん」


「で、めでたく恵み豊かな空の森にたどり着いた。けれど今度は弟を一人置き去りにして、どこかへ行っちゃったってこと?」


「え~と、それは……」


 今度はヒタクが口を濁すこととなった。だがそれは、かえって空を渡る娘の好奇心を刺激しただけだった。


「なによ。ここまで引っ張っておいて渋るなんてひどいじゃない。わたしの個人的な事情を聞いたんだから、次は自分の番でしょう」


「……そっか。それもそうだね」


 打ち明け話に昔話で応じるのも交易かもしれない。


 もっとも、少女の秘めた決意に釣り合うほどのものかどうかは分からない。


 だからとりあえず、ヒタクは一から話すことにした。

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