5-2 世界の真相

「へ?」


「あ?」


 理解できないとばかりに、エルフとドワーフのコンビが呆けた声を上げる。


 コーヤも同じ気分だった。だが、このまま相手の正体を不明のままにしておくわけにはいかず、反対側から口を挟む。


「馬鹿言うなよ。電素はあくまで情報の源だ。電理機みたいな処理装置なしで、現実に干渉できるかよ」


「ソウだ。『現実』にはナ」


 死神は軽くステップを踏み、仕切りなおすように間合いを開けた。そして、改めて赤い瞳を電導士と掃除屋の双方に向ける。


「ココは、お前たちが現実と認識しているこのセカイハ、月の核を元に建造された超巨大電素処理装置、『月宮の匣ムーンアーク』の構成スル仮想世界。電素ノ演出スル情報空間ダ。故ニ、事象を定義するデータに特定ノ演算子が作用スルことデ、実体ヲ持たない存在にヨル干渉が可能ニナル」


「?」


 突飛すぎる内容にコーヤは困惑を覚えた。エルフの男も似たような表情を見せる。


「あれかい? 世界は実は滅亡してて、全ては電理機が見せる幻でしたっていうのかい。そんな三流映画みたいなオチ……」


「ダガ事実ダ」


 茶化すような問いかけは言下に断ち切られた。


 死神はどこまでも冷淡に、無情に一同へ告げる。


第二紀セカンドエイジの終焉とナッタ大絶電グラウンドアウト後、人類は電導文明エレキアの再興に失敗シタ。ソシテ仮想世界の中で第三紀サードエイジ――続きの時代を紡イデイル。幻影ファンタズム、あるいは幻想ファンタジアの時代ヲ」


「……」


「本来、月宮の匣ムーンアークハ情報資源のバックアップダッタ。経済活動デ蓄積されるデータはモチロン、生物のゲノムから自然現象の観測結果マデ、オヨソこの世で収集されるありとあらゆる情報を保存・保護シ、後世へと伝えるために建造サレタ月の方舟」


 もはや誰も言葉が出ない。ただ黙って聞くしかなかった。


「ダガ大絶電グランドアウトの発生にヨリ、情報ヲ受け継ぐべき人類文明が壊滅的な打撃を受ケタ。唯一、惑星とは独立した情報系ヲ持つ月面都市は無事ダッタガ、ソレハ同時に、月の住人たちが孤立したことを意味シタ」


 死神は語る。


 当時、ありとあらゆる手段を用いて地上との交信が試みられるも、ことごとくが失敗に終わり、最終的に地上の文明は滅んだと結論せざるを得なかったと。


 そして、資源の限られた月でもいずれは全てが行き詰まる。


「……事態打開ノタメニ、月ノ人類は最後の手段を選ンダ。スナワチ、データ上での文明再興。情報世界ナラバ、電力を供給さえすれば維持デキル」


 それが、月の内側に築かれたこの世界『電界』。


 そして死神とは――。


月宮の匣ムーンアークノ管理者たる『電主エレクウス』の手足トナリ、電界の秩序を担う保守プログラム『電使エレカンジェル』」


「エレカンジェル……」


 ほとんど無意識に、コーヤはその名を口にした。


 にわかには信じられない。


 だが、本当に知りたいのは相手の正体でなく目的だ。


 その真意を問いただすべく、慎重に言葉を選ぶ。


「その話が本当だとして……どうしてあんたはアムを狙う? そりゃ研究所がやってたことは違法だけど、世界の管理者が介入するようなことか?」


「先ニモ言った通り、月宮の匣ムーンアークはあらゆる情報資源ヲ保存・保護するために築カレタ。シカシ、地上の滅んだ今となってハ、情報世界における人類の存続が最優先目標。万ガ一、電界までも破綻スル事態が発生した場合、再ビ世界を情報として保管しなければナラナイ――コレハ理解できるカ?」


「……ああ」


 コーヤとしては、人を徹底してデータ扱いする相手の態度を受け入れられない。だが、まだ肝心なところが聞けていない。機械相手に文句を言っても仕方がないと割り切り、続きに耳を傾けた。


「ムロン、そのようなケースは極めて例外的ダ。ダガ宇宙レベルで検討するならバ、月ガ天体衝突のような破滅的事態カタストロフ・イベントニ見舞われる可能性は、ゼロではナイ。ソシテそれが一度でも起これば、月宮の匣ムーンアークガ受けるでアろうダメージは甚大ダ。果タシテその時、中枢電理機はどこまで機能を保ってイラレルカ」


「……」


「オソラク、全てを保存し続けるのは不可能ダ。ナラバ、電主エレクウスが最優先に保護すべきデータとはナニカ?」


 真実を知る資格があるかどうか、試すような問い。


 電導士の少年は、はここまでの話の流れを振り返りながら慎重に答えた。


「人……っていうか、ヒトのデータ?」


「ソウダ。ダガ破滅の時、全人類の情報を保存できるだけの機能と容量ガ月宮の匣ムーンアークに維持されている保証はナイ。データの総量には、常に厳重な注意が必要ダ」


 世界は有限だ。


 それが大絶電グランドアウトの残した教訓だ。


 だから新時代の文明は、資源を浪費しない循環型社会を築き上げた。


 それは同時に、来るべき破滅への備えだという。


「現在ノ人口水準を保てば、破滅的事態カタストロフ・イベントが生じても全人類情報を保護するコトハ可能だと推定されてイル。ダガ心をインストールされたオートンは、その前提となる条件を崩してシマウ。ドコカデ一線を引く必要がアルノダ」


 月宮の匣ムーンアークの限界を超える前に。


「サモナケレバ、電主エレクウスハ誰を残し、誰を見捨てるかを選択しなければナラナイ」


「そういう理屈かよ……」


 コーヤは暗澹たる気分で理解した。


 確かに、人と区別のつかない機械が大量生産されでもしたら、新たな人口爆発が起きるだろう。そしてオートンである以上は電力を消費し、けれどもヒトである以上は生きる権利がある、ということはつまり――。


(アムやエミリアさんのような存在を認めると、いざという時に全人類情報を保護できない、どころか二度目の大絶電グランドアウトが起きる可能性すらある。だから最初から認めない……だからアムも存在してはいけない……だから……だからって!)


 この世界を守るため、という観点からすると、電使エレカンジェルのとる死神のような行動もあるいは正しいのかもしれない、が――。


「あんたの言い分は分かったよ。けどな、いつ起きるか分からない事態のためにアムが殺されるなんてこと、見過ごすわけにいかない」


 コーヤは決然と言い放った。


「そりゃ人の数が無限に増え続けるのは問題だろうさ。けどアムは、アムという存在は、世界にたった一つだけなんだ。他の制御用人格は凍結されてるし、電子人形サイドールの同型機も存在しない。線をちょっと越えたぐらいで、狩られてたまるか!」


「当然ノ反応ダ」


 小さく息を吐いたような声。コーヤにはそれが、妙に人間くさい仕草に見えた。しかしそれも、気のせいかと思うほど一瞬のこと。世界の管理者は大鎌を構え直し、冷徹な声音で告げる。


「だが元ヨリ、これは機械的な判断ダ。ヒトの意思は尊重すルガ、感情まで優先することはでキナイ」


「……ああそうかい。なら白黒はっきりつけようぜ」


 異形の鬼も構えを取る。コーヤはありったけの熱を込めて叫んだ。


「どっちが正しいとかじゃなく、最後まで自分の意志を貫けるのは誰なのかをな!」


―――――――――――――――――――――――――――――


「なんか……大事おおごとになってきたね。どうする?」


 再び繰り広げられる激闘を前に相棒が問いかけてくる。かつてないほど困惑に満ちたその声に対して、アリスは簡潔に答えた。


「決まってる」


 電導士の少年に仕事を妨害されて以降、状況は悪くなる一方だ。最初のうちこそ電子人形サイドールの姉――いや、兄か――の注意が少年に向けられている隙をつき、あわよくば妹ともども確保するつもりでいた。


 だが、二人の間で交わされる会話は軽く聞き流せる内容ではなかった。


 今回の仕事の依頼主、すなわち完全機化人フルボーグなどというふざけた研究をしている連中が、急場しのぎに雇った部外者を野放しにするとは思えなかったのだ。まず間違いなく、電子人形サイドールの回収を終えると、今度は掃除屋たちを始末しようとするだろう。


 だからこちらは対抗策として、電子人形サイドールの身柄を確保し当面の主導権を確保する。


 そう方針を立てたところに電使エレカンジェルとやらの登場だ。


 奴は機密どころか、これ以上ないぐらいの極秘情報を教えてくれやがった。


 知る必要のない、知らない方がいい世界の真相情報を。


 こうなると、やるべきことはシンプルだ。


「ずらかるよ。この仕事はもう、金にならない」


 相棒を促し、その場を立ち去ろうとする。


 その時。


「待て」


 アリスの足首を、冷たい感触が捕らえた。

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