第六章 電子世界の幻想譚(サイバーファンタジア)

5-1 死神再び

 大鎌を携えた怪人の登場に、コーヤは焦りを覚えた。


(まずい。ここであいつが出てくるなんて)


 その正体は未だ不明だが、大型の械物メカニスタに匹敵する能力を持っていることだけは先の戦闘ではっきりしている。このまま仲間と連携されればアムの奪還どころか、エミリアまでさらわれてしまう――そう思ったのだが。


「……誰?」


「私に聞くな」


「え?」


 掃除屋の二人が交わしたやりとりに、コーヤは思わず困惑の声をあげた。


「仲間じゃないのか?」


「いや、知らないよ。こんな変質者」


「マスター、嘘ではないようです。彼らの目的はあくまでアムさんの確保でしたが、あちらは明らかに危害を加えようとしていました」


「そう言えば……!」


「最初に研究所を襲った奴だ」


 一同の疑問に答えたのはエミリアだ。非人道的実験の犠牲者たる彼は、険しい眼差しで死神と呼んだ存在を見つめている。


「あの時、機人兵計画の実験体や試験機のほとんどがやられた」


「なんだって!?」


「初めはライバル企業の妨害だと思った。あるいは研究所の暴走に気付いた政府による極秘作戦。だがどちらも違った。……もっと恐ろしいものだ」


「もっと恐ろしい?」


「非合法的な集団、あるいは国家の闇を担う組織よりも危険な存在ということでしょうか」


 どうにも要領を得ない。だがこれ以上は答える気がないようで、エミリアは死神へ向けて歩み出す。


「詳しく説明している時間はない。聞いてすぐ信じられるようなものでもないしな」


 そして肩ごしにコーヤの顔を見つめると、穏やかに言った。


「今さら頼めた義理ではないが……アムを頼む」


「ちょっ!」


「覚悟がついたヨウダ」


「ああ――だがお前に殺される覚悟ではない。大切な者を守って死ぬ覚悟だ!」


「オオオオッ!」


 エミリアの宣言と同時に、動かなくなっていた半獅子の巨人が起き上がる。


 そして勢いよくアスファルトの大地を駆け黒い外套へと突進した。


「行けっ!」


 技も何もなく、ただ勢いに任せて放たれる鋼鉄の豪腕。


 重さ、スピード共に申し分ないその一撃は、大砲にも劣らない威力を持つ、はずだった。


「え!」


 死神は電導甲冑の必殺の一撃を片手で受け止めてみせた。コーヤが自分の目を疑う間にも、大鎌を振るい獅子の手足を切断していく。


「なんなんだ、あいつ!? 少なくともヒトじゃないのは確かだよな」


「はい。一番合理的な説明は、研究所がアムさんの回収のためにヒトとオートンの二種類のチームを用意した、です。けれどその場合、最初に研究所を襲ったというエミリアさんの証言と矛盾してしまいます」


 目の前で繰り広げられる現実味のない光景。電子妖精エレリィが分析に手間取る間にも巨人の解体は続き、最後に死神は残骸となった鋼鉄の頭をエミリアに向け投げ放った。


「かはあっ」


 直撃を受け、電子人形の人工声帯に含まれる空気が一挙に抜ける。衝撃に耐えられず倒れ込んだその身の上に、無慈悲な輝きを帯びた白刃が迫る。


「やめろおおおっ!」


 コーヤは振り下ろされる大鎌の前に身を滑り込ませた。障壁が自動展開し、命の灯が刈り取られる寸前で凶刃を弾く。軌道を逸らされた白刃は勢いよく宙を滑り、引きずられる形で死神がよろめいた。だが妨害を受けた相手は、不快感を示すことなく淡々と言った。


「退いてもラオウ。お前と闘う理由ハナイ」


 事務的を通り越していっそ機械的と言えるその口調に、コーヤはたまらず怒鳴り返した。


「そっちになくてもこっちにはあるんだよっ。この二人に手を出すなっ!」


「ソノ要請は受け入れられナイ。コチラにも相応の理由がアル」


「知るか。どうしてもっていうんなら、俺を倒してからにしろ!」


「――ソレが、お前の意思カ」


 黒い外套が翻る。改めて掲げられた大鎌が、電導士を獲物と認定したことを物語る。さらに赤い瞳が射抜くような視線を放ってくるが、気圧されるわけにいかない。


「マスター。相手は電導甲冑の突進を片手で止める力の持ち主です。正面からぶつかるとこちらが不利かと」


「だからって小細工しかける暇なんてないだろう。パティ、ぶっつけ本番だがあれやるぞ」


 無機質な白面を睨み返しながら、電導士は妖精に告げる。


複数処理機能マルチタスク起動。二元統合デュアルインティグレイション開始」」


「了解」


「ランディング、異形鬼神アスラ!」


 コーヤの掛け声とともに、電装の実体化が始まる。


 ただし、それは通常のプロセスではない。


 鬼をかたどった三つの赤い仮面が、少年の顔を囲うように覆う。鬼の目を通して処理された視覚情報を受け、コーヤの大脳は後方までをも認識可能となる。さらに両腕の上下から義手が伸び、それぞれに剣が収まった。


 これこそ師であるウィーニア、否、『血染めの華レディッシュ・フローラ』の見せた切り札。


 現代における魔法、元素変換と統合現実が可能にするヒトの一時的進化。


 伝説にのみ語られる、三面六臂の闘神が姿を現す。


「行くぞ!」


 屈強な身体を支えるよう強化された脚でもって、コーヤは相手へと一足飛びに迫った。


「うおおっ」


 力比べでは敵わないのは分かっている。


 狙うのは一撃必殺。


 六枚の刃を同時に突き出す。


「――!」


 さすがに片手で防ぐことはできないのだろう。死神はマントを翻し、甲羅のように己の身を包む。柔らかくも頑丈な壁に阻まれ、くうを貫く六本の軌跡が折れた。さらにコーヤのみぞおちに向け、大鎌の柄頭が突き出される。


「ふん……!」


 左半身だけ前に出し、すれ違うように回避。そのまま流れに乗って体を進め、剣を握ったまま拳を三連打。


「でやあああ……っ!?」


 肘を下から蹴りつけられた。ヒトではありえない角度で足を振り上げた死神は、そのままバレエでも舞うように腕を上げて大鎌を高く掲げる。


(やばっ)


 攻守交代。このままでは白刃の餌食となる。一瞬でいいから相手の動きを封じようと、コーヤはブレスレットに電言コマンドを――。


『マスター!』


「!? あいつら!」


 左面の視界が後方に、倒れたエミリアを回収しようとしている掃除屋たちの姿を捉えた。


 死神も気付いたようで、大鎌を振るう手を止めて身を翻す。放置されたコーヤは、その背に向けて急ぎ電導法を放った。


「行かせるかっ! 輝光弾テジャスパレット!」


散火スパーク!」


 ドワーフの女も状況の変化を背中で察知、振り向きざまにナイフを飛ばす。


 図らずも敵同士で挟み撃ちを仕掛ける形となった。


「――」


 死神は前を向いたまま、背後から迫る光弾を外套で搦め取る。さらにその勢いを殺さず向きだけを変え、光の塊を正面に流す。弧を描くように弾かれた眩い輝きは、ナイフにぶつかり火花と散った。


 そこへ――。


「はい、おまけだよ!」


 いつの間に移動していたのか、エルフの男が横合いから銃を抜き放った。


 コーヤの使う腕輪のようなエネルギー放出型ではない、質量を持った弾丸を電磁力で加速・射出する携帯型電磁砲コンパクトレールガン


 特殊鋼弾が超音速で宙を駆け、死神の側頭部に直撃。その膨大な運動エネルギーが一点で炸裂する。


「ヒットォー……お?」


「嘘だろ……!」


 男が呆けた声を出した。コーヤも同じ気持ちでうめく。


 銃弾は確かに獲物の頭部を直撃し、穿った。


 だが、亀裂の入った頭蓋からは何も漏れ出してこない。動物としての血肉はもちろん、自律機械としての部品や配線も。ぽっかりと開いた穴からは、ただ虚ろな空洞がのぞくだけ。


「なんで何もないんだよ。いくらオートンでもセンサーぐらいないとおかしいだろ。それか……頭はただの飾りか?」


「その場合、どうやって周囲の状況を認識しているのか説明がつきません。仮にセンサーは胴体に備わっているとしても、あの黒いマントに覆われていては機能しないでしょう」


「うーん?」


 監視カメラのレンズに蓋をするようなものだ。対械物メカニスタ用の攻撃電導法を受け止める強度を持った物体は、それだけ電素の流れを妨害、つまり情報を遮断する性質が強い。


 掃除屋の二人も同様の疑問を抱いたのだろう。これまで電導士に向けていた警戒心は、すっかり死神へと移っていた。


「いやはや。銃が効かないぐらいは想定してたんだけど……ひょっとして、本当に死神だったりする?」


「あんた、一体何者だい?」


「……人ニ知られるのは可能な限り避けてキタガ、止むを得マイ」


 黒い外套が翻る。その内側には、電導甲冑を退けたにしては華奢すぎる、骨格標本のような身体があった。


「ジブンは、電素を己ガ身とした意識体。故に実体はナイ」

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