3-7 襲来


 一方、自身の存在意義に疑問を持ってしまったアムには、新たな悩みが生まれたようだ。元気なく項垂れ小さく呟く。


「迷いが発生してしまいました」


「迷い?」


「このまま姉さんを探してもいいのかどうか」


「え? なんでまた」


「研究所の人達は『脱走』と言っていました。それが本当なら、姉さんは自分の在り方を自分で決定したことになります。では、私が今やっていることは……」


「お姉さんの意志を妨げる、あるいは否定しているのではないか。そういう方向に推論が向いてしまうのですね」


「あ、パティさん」


「すみません。盗み聞きするつもりはなかったんですが、聞こえてしまったので出てきちゃいました」


「いえ、そんな」


 コーヤのサークレットから抜け出てきた妖精に、弱々しく応える少女。そのあまりに気落ちした様子を見ていられず、コーヤはつい一般論を口にした。


「けど、さ。製作する以上はなにか設計思想なり開発コンセプトなりがあるはずだよな。アムが知らされていないだけで。それから逸脱する行動は止めた方がいいんじゃないか」


「私の所属するプロジェクトは、アーティマン計画と呼ばれていました」


「お? おお」


「それがどのような計画かは教えてもらっていません。しかし、私がこれまでにない行動をとったり、それまでに蓄積してきた経験からは決して導き出せない発想を話したりすると、とても褒められました。それらのことを考慮に入れると、姉さんの取っている行動はアーティマン計画に沿っているとも考えられます」


「むむむ?」


 理路整然と返されてしまった。


(これは……どうしよう。半端なことは言えないぞ。でも理屈で割り切れないからこそアムも悩んでるわけで……ってそうか)


 言葉に詰まるのは一瞬。分かってみれば単純なことだ。


 つまり――。


「でも心配なんだろ? お姉さんのこと」


「それは……はい。その通りです」


「ならきちんと無事を確かめようぜ。大事なことがうやむやなままじゃ、心がすっきりしないだろ」


「え?」


「あ、いや……。心っていうのは言葉のあやで、感情プログラムが不安定になるっていうか、情緒生成アルゴリズムに食い違いが起こるっていうか……。ほら、人工知性の意識領域がぼやけるとかざわめくとか、そんな感じのアレ」


「マスター。そんな曖昧な表現じゃ、何を言いたいのかさっぱりですよ」


「いいえ、分かると思います。コーヤさんの言う通り、すっきりしないというのが、今の私の気持ちを的確に表しているように感じます」


「そっか」


「わたし、このまま姉さんを探そうと思います」


「ああ。俺も手伝うよ」


 方針は決まった。


 さて次はどこを探そうか、と検討を始めようとしたその時。


「うわ!?」


「えっ!?」


 突然、何の脈絡もなく車庫の明かりが落ちた。闇に包まれる視界の中、ほのかに輝く妖精の姿だけがかろうじて見える。彼女は空中でいくつもの仮想窓ウインドウを開くと、情報の連なりである光の帯を取り出し始めた。


「なんだなんだ? パティ、なにが起きた?」


「電気系統のトラブルですかね。今原因を調べていますから少々お待ちくださ……あ!」


「どうした!?」


「侵入者です。ホームサーバー我が家に不正アクセスしているプログラムがいます!」


「なんだって!?」


 妖精の示す仮想窓ウインドウを覗くと、人にも感覚的に理解できるよう可視化された情報システムが見える。もう一つのオトギ家であるそこでは、ネズミの群れが壁や柱をかじっていた。


「すぐに対処します。……人格変更キャラクターシフト。パティ・キーパー。ただ今より、お掃除に取り掛かりますっ』


「おう、任せた」


 パティは戦闘サポートのみならず、セキュリティ管理も優秀だ。コーヤはなんの不安もなく、仮想窓ウインドウを閉じて電相空間に戻る妖精の背を見送った。だが、対照的にそわそわしているアムは、暗闇の中からおずおずと呼び掛けてきた。


「コーヤさん」


「どうしたの? あ、明かり付けた方がいいか」


「いえ、そうではなく」


「ん?」


「そっちの方からなにか物音が」


「え?」


 ウェアコンのライト機能をオンにして壁際へ向ける。するといつの間にか車庫の窓が開いており、隣家の明かりを背に昼間のカラスが浮かんでいた。


『はーい。コーヤ君。約束通り来たよ~』


「な!?」


『すごいねえ。学生身分で一軒家なんて。狩人ってそんなに儲かるの~』


「馬鹿言え! ここは俺が生まれ育った家だ!」


『そうなのかい? エルフの美人さんに囲われてるんじゃなくて?』


「て、てめえええっ」


『ははは。ほうらこっちだよ~。悔しかったら捕まえてごらーん』


「待て!」


 高笑いしながら逃げる相手を追い、コーヤは外に飛び出した。だが夜の闇の中、色に欠けたカラスはすぐにその姿を消してしまう。


「ちくしょう。どこ行った!?」


「んんっ!」


「!?」


 夜空に目を凝らしていると、車庫の方からくぐもった声が聞こえた。コーヤが急ぎ戻るのと同時に、車庫内に明かりが灯る。パティが電系統を復旧させたのだ。


 再び天井から降り注ぐ光。


 その中に、直前までなかった人影がある。


「……あんたは?」


 家の主が外に出たわずかな隙に侵入したのだろう、黒装束に身を包んだ不審者だ。その体格からするとドワーフに見えるのだが、コーヤの注目はそこになかった。


「アム!?」


「復旧が速い。お宅の妖精は優秀だね」


「なにを!」


「褒めてるのさ」


 そう言って侵入者は、アムの身体を床に横たえた。そしてゆっくりと両手を上げる。


「お?」


閃鎚フラッシュハンマー、ランディング」


「おい!」


 武骨な大鎚が電子の海から引き上げられ、侵入者の手に収まる。一瞬降参するのかと勘違いしたコーヤは思わず叫んだ。だが、その反応が相手に次の行動を許してしまう。


破砕クラッシュ!」


 大鎚が家の床に打ちつけられる。


 実相空間こちらではなにも起こらない。


 だが、電相空間あちらは違った。


『きゃっ!』


「パティ!?」


 サークレットから悲鳴が上がる。慌てて仮想窓ウインドウを開くと、モップを手にした妖精が目を回している姿が見えた。あの攻撃の狙いは、物体ではなく情報へのダメージだったのだ。


『きゅぅ~』


 再び車庫が夜の帳に閉ざされる。闇の中で影が手を振る気配がした。


「じゃあな、少年。私はこれでお暇するよ。夜中に邪魔したね」


「っ!? 待てっ!」


『おっと、ごめんよ~。暗くてよく見えなかったー』


 追おうとしたコーヤに、戻ってきたカラスがまとわりつく。そしてからかうように臀部を突きつけると、尾羽の付け根辺りからガスをまき散らした。


「うわっ」


『こりゃ失礼。お上品に振舞うのは苦手でね。ほら、自分鳥だからさ~』


「ふざけん……へっくし!」


『身体に害はないから安心してね~』


「ふぇっくし! べっくし!」


 目から涙があふれ、くしゃみが止まらない。コーヤは怒りに任せるまま吠えた。


「こんのコソ泥! アムを返せ!」


 隣近所にまで怒声が響く。


「それだけ元気ならまた会えるだろうさ、少年」


 侵入者からの返事は、路地裏の奥に消えた。

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