第四章 深まる夜

4-1 師の尋問

 狩りに携行する洗浄液で急ぎ目や喉を洗い、コーヤはようやく平静を取り戻した。だがのんびりしている暇はない。家の情報システムを手動で再起動。ほどなく復旧し、妖精が仮想窓ウインドウから這い出てくる。


「パティ、無事か?」


「はい~。どうにか」


 愛らしいその声には、いつになく元気がなかった。家のセキュリティを預かる人工知性として責任を感じているのだろう。彼女は背中のはねを垂らしながら頭を下げてきた。


「マスター、ごめんなさい。ホームもアムさんも守りきることができませんでした」


「いや、いい。それよりも……」


 今は時間が惜しい。


 相棒の謝罪に形ばかり応じながら、コーヤは再起動したシステムのチェックを手早く済ませた。そして、つい先ほど整備の終えた電導二輪に手を掛ける。


「追いかけるぞ。今ならまだ間に合う」


「はい、マスター」


 いっそ飛べたらと思いながら車庫を出る。すると、家の門の前に見知った姿があった。


「どうした? そんなに慌てて」


「師匠!?」


 こんな時になぜ訪問者が、それもウィーニアが来るのか。突然のことにコーヤは軽いパニックに陥った。


(いや、そりゃ保護者なんだからいつ来たっておかしくない。おかしくないけどさあ。なにもこんなタイミングで)


 口籠っていると、彼女は教師の時よりも厳しい視線を向けながら側に寄ってきた。


「ご近所にもなにかざわついた雰囲気があった。トラブルか?」


「えっと、これは……」


「何があった」


 それは疑問ではなく、何かが起こったと断定する口調だった。しかしいくら保護者とはいえ、詳しく説明している時間はない。


 コーヤは早口で謝りながらその場を離れようとした。


「すみません師匠。急用ができたんで失礼します」


「待て。まだこちらの用件が済んでいない」


 後ろ首をつかまれた。少年は必至で振り払おうとするが、師の腕はピクリとも動かない。


「本当に急いでるんだ師匠っ。明日にしてくれ!」


「奇遇だな。私の抱えている案件も急を要するんだ。と言っても、君に直接何かしてもらいたいわけじゃない。ただ少し話を聞かせてもらいたいだけで」


「だったら通話で十分じゃ……うわっ!」


 不意に足を払われ、バランスを崩したところを投げられた。電導二輪が道路に倒れ、コーヤの体も車庫の中に転がる。急ぎ起き上がろうとしたその背中へ、ウィーニアがすとんと腰を下ろした。


「昨夜、君が仕留めた械物メカニスタに不審な点が見つかった」


「ぐぐ……」


「頭蓋の中からなんと、小型の電理機が複数見つかったんだ」


 腕を立てようとするタイミングで、ウィーニアが足を組み替えた。上から揺さぶりを掛けられ、伸びようとしていたコーヤの肘が再び曲がる。


「ふんぬっ……」


 負けるかと両腕に力を込める。だが、重りを乗せた体はまるで動く気配を見せない。


「君も知っての通り、械物メカニスタとは魔力が枯渇した第一紀ファーストピリオド末期、電力で動く機械の身体へと進化した魔物だ。その頭脳にも電理機との共通点は多いから、本当は驚くようなことでもないのかもしれない。……だが、外部から埋め込まれた形跡があるとなると、話は別だ」


「重い……。師匠、最近現場に出てないから少しふと……ぐはっ」


 背中に強烈な一撃。


 少し押しただけでどうしてこんな威力が出るのか。疑問を通り越して、いっそ理不尽に思いながらコーヤは再度突っ伏す。


「人工的に手を加えられたのは間違いない。だがどこの誰が、何の目的で? 他にも存在するとすれば、その数や種類は? いずれにせよ、電磁波で操るのとはわけが違う。危険すぎる」


「ん~。ん~!」


 ギブアップとばかりに床を叩く。だがエルフの美女は解放してくれない。


「狩猟協会から連絡を受け、危機感を持った警察は他に何か手掛かりがないかと付近の監視装置の記録を徹底的に調べた。……すると、こんな映像が見つかった」


 名刺大の情報端末が投げ掛けられ、ちょうど床に伏せたコーヤの目の前に落ちる。その表面から、あの夜の一連の出来事を記録した映像が浮かび上がった。


「げ……」


 映し出されるのは、もちろんコーヤと械物メカニスタの戦闘。


 そして、正体不明の怪人に襲われる電子人形サイドールの少女。


「あ~」


 パティが観念したような嘆息をする中、ウィーニアはようやく腰を上げた。そして、うつ伏せになったコーヤの顔をゆっくりと持ち上げ、目を合わせながら静かに問いかける。


「もう一度聞こう。――何があった?」


 少年は降伏勧告を受け入れた。

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