2-3  電子仕掛けの少女(後)

 警察は困るというので、とりあえず電子人形サイドールの少女を自宅へ連れてきた。リビングに招かれた彼女は最初、物珍しそうに部屋を見回していたが、コーヤの視線に気づいてきれいなお辞儀をみせた。


「AMθ・ver3.2搭載インストール‐ヒュームス型電子人形サイドールAH2.1です。アムサー・ツゥとお呼び下さい」


「あ、ああ。俺はコーヤ。コーヤ・オトギだ。で、こっちは人工知性のパティ。生活アシスタントの電子従者サーバントで、この家の管理をやってくれてる」


「よろしくです」


「はい。よろしくお願いします」


 互いの簡単な自己紹介を終えて、電導士の少年は思ったことを口にした。


「エーエム……シータって、θ版ってことか?」


「素直に受け取るなら、そうなりますね」


 ソフト開発において、まず初めに必要最低限の動作をするよう組まれたものをα版、一応の形にはなったがまだまだ各種プログラムのテストが必要なものをβ版と呼ぶ。だが、場合によっては調整で済まず、さらに設計を見直してγ、δと続いていく。そうして順に数えていくのならば、θ版とは第八版ということになる。


「どんだけ試作重ねてるんだよ」


 コーヤは半ば呆れながら言った。だが同時に、感心してもいる。電理機に計算させることで魔法を再現する電導士として、プログラムを一から組む大変さはよく知っているから。


「この子、えらく大事に開発されてるんだな」


「でもソフトが主なら、形式名はAMθ搭載インストールAHじゃなくて、AH搭乗ライドAMθってなるはずですよ」


「そうなのか?」


「はい」


 自律的な機械であるオートンの開発において、本体であるハードと、それを制御するソフトのどちらがメインであるかによって主体が変わる。従って、ハードの開発が主ならソフトは搭載される側、逆なら搭乗する側になる。


 人工知性ソフトを搭載した機械本体ハードか。


 機械本体ハードに搭乗した人工知性ソフトか。


 この区別は日常生活ではまず意識されないが、研究段階では厳密にしておかないと、どちらを開発しているのかで混乱を招く。人とコミュニケーションを行うのは常にソフトであって、ハードではないからだ。


 そう大まかに説明してから、パティは本題に入る。


「つまり、名前通りに受け取れば彼女――アムサー・ツゥはAMという制御用ソフトを搭載した、電子人形AHなんです。ですから試作されたのは人工知性ではなく、人形本体ということになるんですが……」


「ハードのバージョンが2で、ソフトが8ってのはおかしいと?」


「いえ、結局はバランスの問題ですし、開発状況にもよりますから一概には言えませんけど……。どうも、彼女の場合はソフトの改良に力を入れ過ぎているような気がします」


「ハードの性能は要求水準をクリアしたけど、ソフトがまだ適合できてないんじゃないか」


「でもそれなら、別仕様のソフトに切り替えた方が早いと思いますけど」


「たしかに」


 何度も何度もバージョンアップを重ねるぐらいなら、新規にプログラムを組んだ方が逆に時間もコストもかからない。


「あの……詳しい形式番号までは、その」


「あ! いや、別に君の事情を探ろうとしてるわけじゃなくてさ……」


 申し訳なさそうな声をかけられ、コーヤは我に返った。機械化した魔物を狩る職業柄、自律機械関連の話題には普段から気を配っているせいか、つい議論に熱中してしまった。


「それで? 君はどうしてあんなところに? なんか、変な奴に襲われてたみたいだけど」


「話せる範囲でかまいませんよ。マスターはあなたが困っているようなら手を貸してあげたいって、そう思ってるだけですから」


「……」


 電子人形サイドールの少女は少し考える様子を見せた。だが迷っているのではなく、『話せる範囲』を検討していたのだろう。すぐによどみなく説明を始めてくれた。


「私の所属する研究所で爆発があったんです。おそらくさっきの……械物メカニスタの仕業だと思うのですが、警備の人達やオートンでは対処しきれないぐらいの大混乱になりました」


「それはまた……」


「大ごとですね」


「それで、稼働している全オートンに緊急警報通信が出され、開発中の人工知性にも避難命令が出たんです。ですから電相空間にいた私も、皆と一緒に非常用サーバーの奥に隠れようとしたのですが……」


 そこで短く言葉を切った。


「姉さんがいないことに気付いて、探しに戻りました。研究所内に飛び交う通信を拾うと、彼女は実相空間にいるようでしたので、この機体に搭乗して敷地内へ出て……記憶はそこで途絶えています。どうも、その前後の記録が欠けているようです」


「あー。その時械物メカニスタに呑まれたんでしょうね。あのクラスなら、物理的な衝撃のほかに電波による電素攪乱とかありますから」


「けど姉さんって……姉妹? 電子人形サイドールの?」


「アムサー・ツゥの同型機、ってことじゃないですかね」


「少し違います」


『話せる範囲』をどう解釈したのか。彼女は電子妖精エレリィの推測を軽く否定すると、人だったら曖昧に済ませるだろう詳細を簡潔に教えてくれた。


「彼女は私のAM系とは違うタイプの人工知性です。ただ、この身体ハードを制御する役目は共通していて、しかも生まれたのは向こうが先なので姉と呼ばせてもらっています」


「なるほど」


 どうやら、電子人形サイドールの制御用人格として複数の人工知性が存在するようだ。パティはソフトのバージョンを気にしていたが、ひょっとするとAH2.1の基本ソフト自体が何種類かあるのかもしれない。それらを同じ機体に搭載して作動具合をテスト、というのはありそうな話だ。ハードそのものを制御するシステムに複数の選択肢があれば、それだけ活用できる幅が増えるだろうから。


「それじゃ、アムサー……」


 そこまで言ってから、コーヤはおずおずと尋ねた。


「あー、君のことアムって呼んでいいか。アムサー・ツーって、なんか言いにくくて」


「……っ」


 なぜか小さく息をのんだ後。


「はい!」


 電子人形の少女――アムは、花にも負けないきれいな笑みを浮かべた。


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