2-2 電子仕掛けの少女(前)

「まさか、夏休みに学校へ呼び出されるとはなー。ついてない」


 屈折した感情を誤魔化すようにぼやいて校舎を出る。コーヤが中庭に差し掛かったところで、待ち兼ねていたかのようにウェアコンが着信音を鳴らした。サークレットのこめかみ部分を軽く叩くと、音もなく空中に仮想窓ウインドウが投影され小さな妖精を映し出す。


『お説教は終わりましたか、マスター? なら早く来て下さい。じっと待っているのも大変なんですよ』


「急かすなよ。こっちは緊張から解放されて、ようやくほっとしたところなのに」


『普段図太いマスターにしては珍しいですね。さてはグランドマスターに絞られましたか』


「いや、最初はそうだったんだけどな……」


 パートナーのはずの妖精の口調が妙に辛辣なのに戸惑いつつ、師との会話を大まかに説明する。用件が人への電導法の行使ではなかったことまで話すと、いつも通りの冷静な分析が返ってきた。


『そうでしたか……ふむ。械物メカニスタの市内への侵入はニュースにもなりましたが、あの不審者の方はきれいさっぱり姿を消しましたからね。協会と当局、双方に顔の利くグランドマスターも、さすがに昨夜の戦闘の全ては把握しきれていないのかも』


「なるほど……って、ちょっと待った。川原でも水害対策用の監視カメラぐらいあるだろう? 記録見れば分かるんじゃ」


『警察だって無制限に監視記録へアクセスできるわけではありませんよ。川原にマント姿の怪しい奴がいました、っていうだけでは裁判所も許可を出しにくいでしょう。グランドマスターだって、治安情報の開示まで求めないでしょうし……。それとも、こちらの記録を提出しますか?』


「いや、それは……」


 生活アシスタントを務める妖精の確認に、コーヤは言葉を濁した。昨夜パティの指摘した通り、あの映像記録だけでは自分が疑われてしまう。


「……やめとこう。一応の通報はしたし」


 少年は、とりあえず目先の問題を優先することにした。


「それで、あの子は?」


『言いつけどおり、校門前で待っていますよ。外が珍しいのか、周りの様子や道行く人を熱心に見ています。……お呼びしましょうか?』


「いや、いいよ。どうせすぐそこなんだし」


 そう言う間にも校門を抜ける。話題の主はすぐに見つかった。門柱を背に、立ち姿も美しく静かに通りを眺めている。


「よ。待たせたな」


「あ、コーヤさん」


 彼女は呼びかけに気付くと、静かに首を振った。


「いえ、初めての外を観察していたので、待ったという感覚はありません」


「そうか。そりゃよかった」


「よくありませんよ!」


「うおっ!」


 突然、仮想窓ウインドウから妖精が飛び出してきた。透明なはねをばたつかせ、早口でまくし立てる。


「待っている間ずっと通行人の注目を浴びてたんですよ。特に若い男性の方は必ず見惚れると言っていいぐらいで、何人かはどう声をかけようかどうか真剣に悩んでました。さっきの人なんて目が完全に本気でしたよ。なにか間違いが起きないかと冷や冷やしました!」


「そ、そうか」


 さっきの人というのが誰かは知らないが、曖昧に頷いておいた。


 人工知性といえども、電子妖精エレリィほど自律性が高くなると、部外者として扱われて校内への不急不要の立ち入りは禁じられている。だからパティは、情報端末であるウェアコンが学校の敷地を離れるのと同時に、現実に飛び出して溜めたストレスを解放しているのだ。


 彼女の苛立ちの原因を察して、コーヤは大人しく聴き手に回ることにした。


「『俺が説教を食らってる間、あの子を頼む』なんて言われましてもね。身体を持たない人工知性は投影機能のある端末がないと、電相空間でしか姿を見せることができないんですよ。それでなにをどう頼むって言うんですか!」


「お、おう」


「なにかあって連絡しようにも、お説教中にメッセージを送れるはずがありませし、学内サークルでは直接通信禁止です。かといって、グランドマスターの目の前で電話なんかできませんっ。これで一体どうしろと!」


「そうだな……」


「そうだな、じゃありません! 八方塞がりじゃないですかっ! おかげでパティは、電相空間でただじっとしてるしかなかったんですよ。分かりますか、この無力感!」


「あー、そりゃ悪かった」


「無力だなんて、そんな。いろいろと教えていただいて、とても参考になりました。ありがとうございます」


「あ、いえ……。お礼を言われるほど大層なことはしてませんよ? 共有にしてもらった観測情報を見ながらおしゃべりしただけです」


 当事者である少女が話しかけてくれて、ようやく妖精は落ち着きを取り戻した。羽ばたきを緩やかにすると、恐縮するように彼女の顔を見上げる。


「むしろ退屈じゃなかったですか。成長に変な影響が出ないよう、無難な情報を選んだんですけど」


「十分です。楽しかったですよ」


「そう言っていただけると嬉しいです、アムさん」


 アム。


 それが電子人形サイドールである彼女の名――ではなく愛称だ。


(うん。やっぱりこっちの方が似合ってる)


 コーヤは、昨夜に彼女と交わした会話を思い出す。


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