4-6 熱戦、火花を散らす(前)

 個人が装備できる武装の中では最強の部類に入る戦闘用外殻コンバットシェル。それが電導甲冑だ。


 強靭な脚を駆って戦闘車両では進入不可能な路地に押し入り、頑強な腕を振るって邪魔な障害物を払いのけ、ランディングした多種多様な武器でもって都市を制圧する局地戦闘兵器。歩く脅威ともいえるその姿は、電子仕掛けの巨人というに相応しい。


 当然、使用者にはそれなりどころか熟練の技能が必要不可欠で、素人ならば人工知性のサポートを受けても基本動作がせいぜいだ。そのはずなのだが――。


(なんてやっかいな。付け入る隙がまるでない)


 今現在、アリスが交戦している相手は明らかにプロだった。とてもではないが、開発途上の人工知性にできる動きとは思えない。


 わずかなミスが敗北につながる、この状況を少しでも有利に運ぼうと彼女は大きく跳躍した。そして巨人の目を潰すべく、戦槌に対電素攻撃を命じる。


「クラッ――!?」


 大剣の突きが来た。


 相手の動き出す瞬間を狙った、正確無比な一刺し。


「くっ」


 回避や防御に移る余裕はなく、攻撃に構えた大鎚の柄をただ前に差し出す。眼前に迫る刃に添える形で剣筋をずらそうと試みたのだが、逆に小柄なアリスの方が弾き飛ばされた。かろうじて受け身は取れたものの、落下の勢いが余って路上を滑る。


 だがそれが幸いした。起き上がってすぐ相手を見ると、獅子の足はアリスの落ちた地点を踏み抜いていたのだから。


「あ、危ないね!」


 怪我こそないが、そろそろ戦闘衣コンバットスーツに破れが目立ってきた。


「クソがっ! あいつら一体何を造り出した? ただの電子人形サイドールに、どうしてここまでの戦闘能力がある!?」


 感情が漏れるのも構わず、アリスは直接通信をつなげたまま叫んだ。ボビィから困ったような応答が来る。


[ほんとにねえ。オレっ娘で金髪ロングでクール、おまけに電導甲冑に身を包んだ戦う美少女電子人形なんて盛り過ぎでしょ]


[んなことは聞いていない!]


 むしろあっちを先に始末するべきか、半ば本気で悩む。


 ほぼテレパシーと言っていいほど交信性能に優れる直接通信は、戦闘中のやりとりにおいて非常に便利なものの、雑念が混じりやすいのが欠点だ。これ以上仲間の戯言に惑わされないよう、通信方法を音声に切り替えるべきか検討していると補足が来た。


[コンセプトが一貫してないってことさ。きっと寄せ集めなんだよ、彼女は]


[なに?]


 意味が分からず戸惑っていると、とっさの体の反応が遅れた。象のごとき足が頭上から迫ってくる。すかさず大盾をランディング。斜めに構えて上端を相手の爪先にぶつける。


「こんのっ」


 もちろん電導甲冑と力比べをするつもりなどない。そのまま大盾を垂直に立たせ、獅子の爪を表面に滑らせる。軌道をずらされた巨人の足が勢いよくアスファルトに衝突、苛立ちのような地響きを上げた。すかさず、大盾を押しつける形で蹴りを放つ。


「はっ!」


 反動で跳び、さらに追撃を警戒しながらバックステップ。安全な距離を確保する。


[もう少しシンプルに話せ。危うく踏みつぶされるところだった]


 アリスが睨むような視線を向けると、助手席のエルフは手を上げて謝る仕草を見せた。


[後継機のアムサ―・ツウが戦闘用じゃないのは確かなんだ。ならやっぱり、AH型は戦うことを前提に開発されたものじゃない。だからこそ電導甲冑なんてもので身を守ってる。けれど戦い方そのものはプロときた。ね、矛盾してるでしょ]


[そうか。中身は別物だと本人が言っていたな]


 ソフトとハードが一致していない電子人形サイドールの操る歩行型兵器。確かに寄せ集めだ。気合を入れ直す意味も込めて、アリスは逆襲に転じながら叫んだ。


「戦闘用人工知性が研究所から脱走するとき、電子人形サイドールに搭乗ライドしたか!」


「……悪くない推理だ」


 応急修理を施されただけの左前脚を狙った一撃は、しかし剛剣に阻まれた。次を放つ間もなく、向こうからの反撃。


「だがこの世界は、納得できる理由で全てが動いているわけじゃない!」


 下段からの強烈な振り上げ。大地を蹴る余裕もなく、ドワーフ特有の筋力だけで身体を引く。鋭い突風に防刃ジャケットの表面がほつれた。


「世の中は理不尽だってかい?」


「いいや。筋も道理も通っているんだろう。だがそこに情はなく、俺もアムも、世界に顧みられなかった。それだけのことだ」


「えらく物分かりがいいね」


「まさか。この世界が関心を持たないというのなら、未来は自分たちの手で切り開くしかない。俺は最後まであが――!?」


 突如、マルティコラスの動きが止まった。さらに追い打ちをかけるように、何本ものバラの蔓がその太い手足に絡みつく。一瞬で彫像となった巨人から、戸惑いの声が漏れた。


「これ、は……!?」


「ふっ。ようやく捕まえたよ、子猫ちゃん!」


 ボビィが助手席から陽気に腕を振る。蔓の束は、その手に握られたタクトの先から伸びていた。彼が電導甲冑のシステムを乗っ取り、さらに電導法で拘束することで、情報的にも物理的にも巨人の動きを封じたのだ。


「よくやった、相棒!」


 短く賛辞を送り、機械の半人半獣へと肉薄する。前脚を駆け上がりながら大鎚を構え、胸部に狙いを定める。


「ご対面といこうか、お姫さま。――破砕クラッシュ!」


 閃光と共にマルティコラスの各部から火花が散った。電相空間側から電導甲冑の制御系にダメージが入り、巨体にかかる負担を制御できなくなったのだ。


(よし、次は……)


 ゴーグルのスキャン機能で操縦席のロックを確認。コンマ一秒で破損状況が拡張視界に映し出される。後はこのまま装甲をこじ開け、中にいる人形を引きずりだせばいい。


「まだだ。まだ終わるわけにはいかん!」


「なに!」


 アリスが胸部装甲に手をかけた瞬間。


 マルティコラスが後ろ足だけで立ち上がった。両腕と前足に絡み付いたバラの蔓が宙へと引き寄せられる。バランスを崩したドワーフは、茨の中を転げ落ちてしまった。


「ちいっ」


 強化繊維の服に棘が刺さることはない。だが、全身に尖った石を当てられたような感触が不快だ。たまらず舌打ちを漏らしていると、相方の悲鳴が聞こえてきた。


「うわわわっ。ものすごい負荷!」


「早くほどけ! 電導具が壊れるぞ!」


「ラジャ!」


 蔓の束が消え、獅子の脚が地に落ちる。アスファルトの粉塵と鈍い響きが舞い上がる中、アリスは直接通信で相方を問いただした。


[おい。ハッキングに成功したんじゃなかったか?]


[そのはずなんだけどね。二秒でコントロールを奪い返されたよ。物理戦闘だけじゃなくて電子戦にも長けてるだなんて……。まるで同業者を相手にしてるみたいだ]


「ふん」


 鼻息一つで切って捨てる。泣き言を聞いている暇はない。


[なら電導甲冑じゃなくて、人形の電脳そのものはどうだ?]


[それもさっきからずっと試してるんだけどね。まるでアクセスできないんだ。ガードが固いとか言う以前に、リンクそのものが見つからない]


[外部からの干渉は一切受け付けない、というわけか。……ならもう、この際だ。使える手は何でも使え。あれを囮にしろ]


[あれ……え、いいの!? 下手したら報酬、もらえないよ?]


[ここで負けたらそれこそゼロだ。多少のリスクは覚悟しろ]


[――ラジャ!]

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