第4話




 一番動揺していたのは、意外にも小田ではなかった。


「……どうして。私、ずっとここで見てた。どうやって誰が持ち出したの」


 絞り出すように言葉を紡いだ委員長の目は、明らかに潤っていた。


「わ、私もここで見てましたが~、見逃したのでしょうか?」


 俺が知る限りでは、委員長は西園寺並みに負けず嫌いで責任感が強い。


 それ故に今回のことは、彼女のプライドに応えるものがあったかもしれない。


 こいつは、ほぼずっと教室の前にいたから、犯人じゃないとすれば、責任を感じているはずだ。何とかしてやりたい。


 小田がいつもより一音低い声で語りかける。


「委員長、あまり人を疑いたくないんだけど、僕が離席している間に何かあったのかい?」


「何もない。誰も通ってないよ、本当に」


 俯いて答える委員長に、やるせない表情の小田。皆川さんはどうしていいか分からないと言った具合で、うろうろと酔っぱらいのように教室と廊下を行ったり来たりしている。


 問題は動機だろう。普通に嫌がらせをしたいだけならシャンデリアを壊す、絵に落書きをする、絨毯を汚す、いくらでもある。


 状況が状況だけに外に持ち込みやすいのはバラだが、花瓶付きなのだ。容易ではないはず。


「委員長、俺と西園寺が出て行った後、来場した、もしくはここを通った人数を教えてくれ」


「小田くんが二回だけ。それ以外は誰も……それに私、流石に花瓶を四つも抱えた犯人を見逃すなんて……」


 花瓶ごとじゃなければ、小田だと考える。服にでも隠せばいいだけの話だ。


「誰も委員長の事を責めてるわけじゃない。今は気にするな」


 小田の離席時は二回とも会っている。一回目は新聞を取りに、二回目はトイレから出てきたところで。


 皆川さんはどうだろうか。


 一応他クラスなわけで、俺たちのクラスに何か問題が起きた場合、得をするのは彼女だけだ。


 ただ、彼女がこの盗みを成功させるには委員長の協力が必要不可欠だろう。犯行可能時間はずっと委員長と雑談に花を咲かせていたらしい。


 やはり厄介なのは、花瓶ごと盗まれていることだ。


 窓から下を見ても破片は見つからないし、壊した可能性は極めて低い。


 犯人は花瓶ごと受付や小田の目を掻い潜って盗んだことになる。ここにいる三人以外の犯人なら、俺はお手上げだ。


「小田くん、悪い冗談ならやめてよ?」


「委員長こそ、愛莉と僕のどっちに恨みがあるかは知らないが、早く返してくれ」


 ――この状況で盗みが可能なのは、おそらく一人しかいない。


 だが、動機も何も分からない以上、もしトリックを、バラを見つけても、謎が深まる一方だ。


 何か言えない事情があったのだろうか。俺はじっと犯人だと疑っている人物の方を睨む。

 

「ちょっと! キャンプファイヤー、もう消火するのよ! スピーチの事そっちのけで何やってんのよ!」


 唐突に降りかかってきたその声の主は、西園寺だった。


 もうそんなに時間が燃えていたのか。全員、口のチャックを一斉に閉める。これは、西園寺に言うべきなのだろうか。


 あのっ、と委員長が西園寺に話しかけようとしたのを潰すように、


「スピーチのっ!」


 と、小田の声が響く。


「スピーチの、メモを取りに来たんだろう? 早く行ってきなよ」


「待て、小田。学校中探してみるまでは……」


「さあ、戸締りして僕らは帰ろうか」


 誰も何も言わなかった。


 小田は西園寺の事を一番理解しているはずだから、従った方が良いと判断したのだろう。西園寺だけがもの言いたげな表情をしていたが、先に行くわ、と駆けていった。


 静かに画材を片付け、水の入ったバケツを手に小田が教室を出る。続いて出ようとした俺の目に、あるものが飛び込んできた。


 それは教室のごみ箱の中。水に濡れただけの新聞紙だった。



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