なかなおり

 わたしは、どうしたいか。

 わたしは、カワグマと、ううん、カッパさんと仲直りしたい。


 スマホを握りしめた右手に、力が入る。

 スマホが光って真っ黒だった画面に、またあんずの花のアイコンが浮かびあがる。

 呆然ぼうぜんと見つめていたら、そこにわたしの涙がポツリと落ちて、そこを中心にまるい波が起こった。水面にしずく一粒ひとつぶが落ちたみたいに、いくつものまるい波が、中心から外側にむかって広がっていく。

 それが全部おさまると同時に、画面が白く光った。

 ヨジロウが後ろに立っていて、息をのむのがわかった。

 わたしは、不思議とこころが落ち着いていて、こわくもないし、もう、悲しい気持ちも消えていた。

 スマホの光が消えると、杏の花は、明るいみどりの小さな葉っぱのアイコンに変わってた。もしかして……ミントの葉っぱかな?

 杏姫あんずひめの力が、わたしの力になったってこと……かな?


 そっとアイコンにふれると、キラキラした小さなお星さまみたいな、光の欠片みたいなものが、スマホのライト部分から出てきて、カワグマを包んだ。

 スマホの画面には、カワグマとはちがうアヤカシが映っていた。

 カエルみたいな緑色の肌に、カメみたいな甲羅こうら、頭には白くてまるい、お皿みたいなものが乗ってて、くちばしが黄色くて……つぶらな黒い瞳が、うるうるとうるんで、ぽたりと涙がおちた。


「ごめんね。カッパさん、仲直り、しよう」


 ようやく、声をしぼりだしたら、画面の中のカッパさんが、こくりとうなづいた。

 そして、カワグマの体が白い光に包まれて、きゅうっと、ヨジロウがスマホに戻るときの光みたいに、小さな玉になった。

 そして、光は少しずつ子供みたいな形になって、ぱちゃんって静かな水音をたてて、わたしの目の前に着地した。

 光が消えた、その場に立っていたのは、まぎれもなくカッパさんだった。


 動画で切り落とされてしまってた右腕も、元にもどったみたいで、揃った両手が涙があふれる、緑色の顔をおおった。

「オイラ……ひどいことして……ごめんなさい」

 消え入りそうな声でカッパさんが言った。

 わたしは思わず、カッパさんの手をにぎりしめた。

 冷たくてモチモチしてた。

「ううん、わたしたち、人間こそ、ごめんなさい」

 カッパさんは、わたしの言葉を聞くなり、うるうると目をうるませて、がまんしきれなくなったみたいに、大声でワンワンと泣き出した。

「ウワアアアアアン……ウワアアア……」

 まるで、ちっちゃい子供が泣いてるみたいな泣き声だった。

 カッパさんの泣き声に答えるみたいに、増水ぞうすいしていた川の水が、どんどんひいていって、わたしの足元も、いつもどおりの石ころの川原かわらにもどった。


「テメエ……ごめんなさいで済ませるわけねえだろうが!」

 ヨジロウが怒鳴どなった。

「こら! ヨジロウ! カッパさんだって……」

「うるせえバーカ! オイラ、キツネは大嫌だいきらいだ! オイラがあやまってんのはミント姫さまだい!」

 予想に反してカッパさんが涙と、くちばしに開いてる鼻穴? から鼻水をたらしながら、ヨジロウにむかって叫んだ。

 っていうか、いま、姫さまって言った?

「オイラ、ミント姫さまの言うことなら聞くよ。ミント姫さまのシキガミになる。けど、何度もオイラに痛いことをしたキツネはきらいだからな!」

 いーーーーだ! って、本当に子供みたいに叫んだカッパさんは、これがさっきまでえてあばれてたカワグマだなんて、とても思えなかった。

「え、ええと、じゃあとりあえず、ナツメさんにごめんなさいしようか?」

「ナツメ?」

「君が、この前カマをうばってケガをさせちゃった、おじさんの子供」

「う、うん。わかった」

 カッパさんはしょんぼりして、わたしの手をきゅっとにぎり返してきた。

 ……ちょっとかわいい。

 わたしはカッパさんの手をひいて、ナツメさんともえちゃんとメロリが待ってる階段に歩いて行った。

 歩きだしてすぐ、カッパさんの足元ににカマと、警察官さんのじゅうが流されてきた。ヨジロウがそれを拾ってくれた。

 カマはまだしも、銃はさわるのもこわかったから助かった。

 カッパさんを連れて行くと、ナツメさんが、複雑ふくざつそうな顔をして立ってた。

「ナツメさん、あの……」

 何か言わなきゃと思ったわたしの服のすそを、メロリがひっぱって止めた。くちびるに人差し指をあてている。ここは静かにしていろってことかな?

「あの……オイラ……ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」

 カッパさんは、おずおずそう言うと、川岸に上がって土下座をしようとした。

 階段の上に膝をつこうとしたカッパさんの頭を、ナツメさんが突然とつぜん両手ではさむようにしてつかんで止めた。

「いいよやめろよ!」

 カッパさんのホッペが、ナツメさんの両手にはさまれて、なんだか変な顔になってる。あああ……。

「う、うう」

「たしかに父さんにケガさせたのは、許せねえけど……でも、お前、もうしないだろ? 絶対さ」

「え?」

「さっきあっちで、ごめんなさいって泣いてただろ……ほんとにもうしないんだったら、もういいよ。ただし、これから、お前がほんとにもう悪さしないか、俺がときどきここに来て、見張みはってやる」

「え……?」

「お前、キュウリ好きなんだろ? たまに持ってきてやるから、もう大人しくしてろよな」

「キュウリ……?」

 カッパさんの目から、また涙がこぼれた。

 カッパさんは今、きっと、初めてのお友達のことを思い出してるんだろうな。

 カッパさんのこころが、暖かくなっていく感じが伝わってくる。

「はいはい! カッパさん! わたしとも友達になって! お願い!」

 もえちゃんが突然身を乗り出して、キラキラした目で言った。

「ともだち?」

「うん!」

「ちょっと待てもえ、俺は別に友達になるつもりじゃ……」

 反論はんろんするナツメさんの顔が赤い。

「なつめ……もえ……ありがとう」

「!」

 カッパさんが、涙目で、うれしそうに笑った。

 ナツメさんも、ふっと力をぬいて、ちょっとだけ笑って、ようやくカッパさんの頭から手を離した。

 カッパさんが、川岸に上がって、濡れたスカートをしぼっていたわたしのところに小走りでやってきた。

「ミント姫さま」

「ちょっと待って! 姫さま呼びやめて~!」

「じゃあ何て呼べば……」

「ミントでいいよ!」

「じゃあミントさま」

 もいらないんだけどな……。

「オイラ、ふだの中に入らないで、ここで、この川を守っててもいいかな?」

「え? ふだの中に入るって?」

 ナツメさんにカマを手渡てわたしていたヨジロウが、わたしの方を見て説明してくれた。

「シキガミは、あるじである調伏師ちょうぶくしの持つふだの中に、必要な時以外は封じられてるもんなんだよ。まあ主が自由にしてろって言えば、札に封じられる必要はない。人間がおびえるような見た目のアヤカシを、これみよがしに連れ歩くと、目立ってあちこちの関所せきしょで止められかねないしな」

 関所って……また歴史ワード出てきた。ヨジロウって、本当に昔の時代を生きてたのかな。実感がわかないけど、出てくる言葉は、歴史の教科書みたいだよね。

「でもわたしふだなんて持ってないよ」

「あるだろ、そのふだよ」

「あ、スマホか……」

 つまり、カッパさんもヨジロウみたいにスマホに入れるってことか。でも、入らないで川にいたいってことね。

「ミントさま。もえと、なつめが、オイラと友達になってくれるって。オイラ、うれしい。だから、もえとなつめが暮らすこのさとのために、ここにいて川を守りたい。大昔に、オイラの初めての友達が言ってくれたんだ。オイラのこと、水神さまみたいだって。また、そう言ってもられるように、この川を守って、さとを守りたい」

「カッパさん……!」

 なんだろう、うまく言えないんだけど、すごくうれしい……!

「もちろん! いいに決まってるよ! わたしも、キュウリもってくるね!」

 わたしの返事を聞いたカッパさんは、見ているこっちもうれしくなっちゃうくらい、明るい笑顔をうかべた。

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