わたしの決断?

「わたしは……」

 メロリの問いかけに、答えられなかった。

 わたしが、どうしたいか?

「ねえ、ミント、さっきのカッパの話なんだけど、カワグマって、もしかして正体しょうたいはカッパなんじゃないかな」

 もえちゃんが、おずおずと言った。

 呆然ぼうぜんと、階段に座ったままヨジロウの方を見てたナツメさんが、もえちゃんの言葉におどろいて立ち上がった。

「はあ? カッパって、キュウリが好物こうぶつとかいう、ゆるキャラみたいなやつだろ? どうしたらあんな化け物になるんだよ」

「でも、ナツメくんもさっきのミントのスマホの動画、見たでしょ?」

「そりゃ……見たけど」

「あれ、カワグマの記憶きおくが動画になったんじゃないかと思うの」

 もえちゃんが言った。すごく不思議な話だけど、でも、そう思うとしっくりくる。

「どうして、スマホにあの化け物の記憶きおくが動画になってうつるんだよ」

 ナツメさんの反論に、もえちゃんはわたしを見つめた答えた。

「神社で、調伏師ちょうぶくしの力を手に入れるって、ヨジローくんが言ってたでしょ。ミントのスマホに、調伏師の力が入ったんだと思う。あのアプリ。あれが、調伏師の力と同じ効果こうかが起こるアプリなんじゃないかな?」

「わたしも、そう思う。あの動画のカッパさん、お侍さんに腕を切られてた。ヨジロウが、カワグマは腕を切られてから、人を襲うようになったって言ってたし。あの動画の出来事が、カッパさんをカワグマに変えたきっかけなんじゃないかなって思う」

 わたしが同意すると、もえちゃんはうれしそうな声で「だよね!」と言った。

 ナツメさんは困ったような顔をして、少しうつむいた。

「あの化け物が、カッパだとして……でもアイツは、父さんをけがさせて、今も苦しめてるんだぞ」


「でも、カッパさんも、人間に傷つけられた」

「俺の父さんが傷つけたんじゃない!」

「それは。そうだけど……でも、カッパさんが人間全部を嫌いになっちゃうくらい、うらんじゃうくらい、辛い想いをしたんだと思う。仲良しの、あの男の子が、死んじゃったことが辛くて……受け入れられなくて……」

「だからって関係ない人間をおそっていいもんかよ」


 わたしとナツメさんの言い合いは、答えがでない。もえちゃんも、困っておろおろしてる。


「関係ない人を襲うのは、良くないことだよ」

「だったら」

「だったら! ナツメさんはどうしたいの?」

「えっ……」

「今ここで、ヨジロウとメロリにきいて、昔と同じように封じてもらったって、またいつか目覚めて、また人間を恨んでずっとずっと続くんだよ! それでいいの?」


「あのこは、それだけ、にんげんがすきだった」


 メロリがポツリと言った。

 わたしとナツメさん、もえちゃんも、三人同時にメロリを見る。

「あのこは、にんげんがすきですきで、はじめてできた、ともだちがすきで。だから、だいすきだったから、つらくてつらくて、きらいになるしかできなかった」

「メロリ……」


「お前ら!」

 ヨジロウの声がした。ハッとしてそちらを見ると、まっ黒焦くろこげのカワグマの横に立って、こっちを見てた。

「こいつは大昔、杏姫あんずひめの説得をけった。杏姫の調伏ちょうぶくを受け入れなかったんだ。それでやむなく封じられた。こいつに同情は必要ないぞ」

 冷たい言葉と、冷たい目だった。

 杏姫でも、調伏できなかった?

 じゃあ、そんなの。わたしじゃどうにも……


「でも、あんずひめは、あのこのこころを、しらなかった」

「え?」

 メロリが言った。

「あのこのこころ、あのときのこころ、わたしもさっき、はじめてしった」


 じゃあ、カワグマは、何があったのか誰にも解ってもらえないまま、あんなふうに、おっかない姿になっちゃったってこと?


「わ……わたしは……」


 わたしはどうしたいか。

 うまく言葉にできなかったけど、足が勝手に動いた。

 バシャバシャと音を立てて、ヨジロウのとなりまで行った。

「ミント、どうするつもりだ?」

 ヨジロウに声をかけられたとき、わたしの目は、もう涙でいっぱいだった。

 わたしはしゃがみこんで、カワグマの頭に触れた。

「ごめんね。人間が、ごめんね。痛かったよね。こわかったよね……大切な友達に、手が届かなくて……いなくなっちゃって……さびしかったよね」

 最後のほうは、ほとんどかすれて言葉になってなかった。

「ひっく……ごめんね、ごめん。あんなに小さな手だったのに……こんなになっちゃって……つらかったんだよね」

 あんなにこわかったのに、今はもう、ただこの子に許してほしい気持ちでいっぱいになっていることに気付いた。

 そうだ、わたしは――


「お願い、人間をゆるして」


 カワグマの手が、ひくりと動いた。

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