雷鳴のシキガミさま!

「おま……いつ起きたんだよ!」

 ヨジロウがさかさづりのままで、怒ったような声でメロリに向かって言った。

「ヨジロウこそ。……わたしは……べつに、ふうじられたわけじゃないから」

 メロリは、それに振り向きもせず、カワグマを見つめたまま答えた。

「……そうかよ」

 ヨジロウは逆さまのまま、また悪役みたいな笑顔を浮かべた。

『グアアアアアアア!』

 カワグマがすごい声で吠えて、また腕を大きくふりまわした。

 思わず息をのんだけど、メロリはふわりと浮かんでよけて、わたしの隣に、まるで雪みたいに音もなく舞い降りてきた。川面の少し上にふわふわと浮いてる。

 ヨジロウはというと、自分の足をつかんでいる腕に、しがみついてた。

『ギャアアアアア!』

 あれ? 何だかカワグマが苦しがってるような……。

 そう思った途端とたん、カワグマがヨジロウの足から手を放した。ヨジロウはそのまま、カワグマの腕をだいにしてジャンプするような感じで蹴り飛ばし、わたしの近くに着地した。

 立ち上がったヨジロウの手をみると、つめが少しだけ長くなってて、カワグマの毛と思われるものがついてた。うわあ。つめをたててたのか。

 ヨジロウは川に手をつっこんで毛を洗い流してから、メロリの方を見た。

「メロリ。そこのヤツら守っててくれ」

「しょうち」

 短い会話だけして、ヨジロウがまた走り出そうとした。待って待って!

「ヨジロウ! 大丈夫? 腕、ケガしたんでしょ?」

 声をかけると、ヨジロウがちらっとこっちを見た。

「かすり傷だ。大したことない。それよりちょっとハデにやるから、お前らは巻き添えくらわないように、そのこのメロリ観音かんのんさまの後ろに立ってろ」

「メロリかんのん?」

 メロリのことだよね。かんのん? 観音かんのんさま? ほとけさまとかのあれ? え? メロリって仏さまなの?

「ミント!」

 もえちゃんに声をかけられてふりむくと、もえちゃんは増水した川の水ギリギリの、階段のところに心配そうに立ってた。川に入ってこっちに来ようか悩んでるみたい。

「おまえらはいいから、もえのところまで下がってろ」

 ヨジロウはそう言うと、飛び出して行ってしまった。

 とりあえず、もえちゃんまで川の中に入っちゃったら大変だから、ザブザブと音を立てながら階段まで戻る。

「おわっ」

 ナツメさんの声にふりむくと、ナツメさんの背中にまたメロリがおぶさっていた。というか、勝手に乗ってたっていうか。ナツメさんはしぶしぶメロリをおぶってこちらに歩きだした。

「ミント! さっきの動画でさ、カッパって出てきたよね?」

「え? あ。うん」

 もえちゃんは、わたしに手をかしてくれながら興奮こうふんぎみにそう言った。

「でも、メロリが、カワグマのものがたりって……」


『オオオオオオ!』

「きゃあっ!」

 カワグマの大声が響いて、わたしともえちゃんは肩をすくめた。

 カワグマは水しぶきとともに川の中から復活していた。めちゃめちゃ怒ってるのが、グルグルと、空気を低くふるわせるうなり声からありありと伝わってくる。

 ヨジロウは、相変わらずの悪役スマイルでにらみ返してる。

「さんにんとも。わたしのうしろに」

 ナツメさんが、ようやくメロリを階段の上に下ろして一息ついたところで、メロリがしれっと言った。

「な、なあ。お前、さっき浮いてたろ? なんでおぶさってくるわけ? 浮いて移動したらいいじゃんか」

 ナツメさんが、結構重かったのか、ぜえぜえと肩で息をしながら訴えたけど、思いっきり無視して、メロリは川の方に手をかざして、またふわりと浮いた。

 さっきのシャボン玉みたいな盾? バリア? が、メロリの手のひらの前にあらわれる。

 今度はどんどん大きくなって、ドームみたいになってわたしたちの周りを、ぐるりと囲んだ。半径一メートルくらいの、小さなドームに守られて、ようやく雨宿りできた。

「ね、ミント」

 もえちゃんがわたしを呼んだ。そうだ。話の途中だった。

「ミント、カッパって知ってる?」

「ううん、なんとなく。アニメとかで見たかなくらい」

「カッパってさ、妖怪ようかいってやつだよ。こわい話とか、昔話に出てくるやつ。UMA《ユーマ》っていうか」

 ひええ、こわい話は無理~。

「とにかく、見た目がさ、こう、緑色の小さい人間みたいなのに、カメみたいな甲羅こうらとか背負ってて、頭にお皿が乗ってて」

「お皿……?」

「くちばしがあるの!」

「くちばし……?」

 くちばしっていうと……あの、カワグマのクマっぽくない口元……あれこそくちばしなんじゃない?

「わたし、思うんだけど、カワグマって、もしかして……」

 もえちゃんがそこまで言ったところで、また大きな水音がした。

 カワグマが、また水しぶきをあげてヨジロウに向かっていく。

 ヨジロウは浅瀬あさせに立って、にやりと笑いながら体の向きを少しだけななめにして、ひざを軽く曲げた。

「さて。ひさしぶりだが。油揚げの代わりに頂いた、新しいふだの力、試してみるか」

 ヨジロウのその声に重なって、パチッパチッって音がして、ヨジロウの足が、金色に光り始めた。


 カワグマがヨジロウに迫る。

 ヨジロウが、水を蹴って高くねた。

 振り上げられた左足が、バリバリと音を立てて光り輝いている。

 花火……? ううん、これは――

 ドッゴオオオオオオン!

 ヨジロウの足が、せまってきたカワグマのお腹に、思い切り突き刺さると同時に、ヨジロウもカワグマも金色に光って、空に金色のイナズマが駆け上がった。

 金色の電気の波が、バリバリと音をたてながら、わたしたちの横を、突風のように通り抜けて消えた。メロリのバリアに守られてるわたしたちを残して、周囲の草や木々が、ときどきパチパチと静電気せいでんきを立てながら大きくゆれた。

 イナズマに切りかれた真っ黒な雨雲あまぐもが、散り散りにちぎれて、ずっと降り続いてた雨が、さらさらと弱まっていく。

 雲の切れ間から、わたしたちに光がふりそそぐ。

 雨が、上がっていく。


 カワグマは、もともと黒かった体をさらに真っ黒にして、ぷすぷすとけむりをあげて、川の中に倒れ込んだ。

 ヨジロウは何事もなかったみたいに着地した。もう足も光っていない。


「メロリ……カワグマ、どうなるの?」

 呆然とつぶやいたわたしの顔を、メロリがふりむいて、まっすぐに見た。バリアが消える。

「どうする、ミント?」

「え?」

「ミントは、どうしたい?」

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