シキガミとアヤカシ

 午後の授業を終えて、わたしともえちゃんは、学校のとなりにある神社の鳥居とりいの前に来た。鳥居の前に立ってスマホを取り出すと、ヨジロウ少年が現れた。

 誰にも見られてないか、どきどきしながら周囲を見回していると、ナツメさんが来た。


 神社の鳥居は、赤くて大きくて立派なんだけど、神社の名前が書かれた札とかは何もついてない。

 そのかわり、鳥居とりいのふもとに、市役所が設置せっちした史跡しせきあらわしてるっていう、背の低い白い木の看板が立ててあって、そこには「白花神社はっかじんじゃ」と書いてあった。


「ここって、少しこわくない?」

 わたしが言うと、もえちゃんは予想通り鳥居の中をのぞきこむ。

「この鳥居の先から、急に深い森みたいになってて、ここから先は違う世界! って感じがして、いいよね~」

「それがこわいんだけど」

「おい、それよりアヤカシの話だろ」

 ナツメさんがイライラしたような声で言ったので、わたしももえちゃんもつい姿勢しせいを正しちゃった。

「そうそう、それだった。ヨジロウ、教えて。アヤカシのこと」

 ヨジロウの方を見ると、ヨジロウも鳥居の向こう側を見つめてた。わたしたちよりも、もっと、どこか遠くを見ているような目で。

「ああ」

 そう言って、ヨジロウはわたしたちの方に向き直った。

「ナツメの父親が出会ったアヤカシは、まずまちがいなくカワグマだ」

「え?」

「かわ?」

「くま?」

 今のは、ナツメさん、もえちゃん、わたしの順の発言ね。くまって、もしかして、アヤカシとかじゃなくて普通にくまなんじゃ? この辺よく出るよ、野生のくま。

「それアヤカシじゃなくて普通にくまなんじゃないの?」

 ということで声に出して言ってみた。

「普通のくまは川の底に住んじゃいないだろ」

「川の底に住んでるの?」

「ああ。川の底に住んでいて、ときどき川辺に来ては、武器ぶきをぬすむ」

「武器って……あの、お話とかに出てくる、剣とか?」

「いや。あいつが好きなのは銃火器じゅうかきだった」

「じゅうかき? 消火器しょうかき?」

「いや、消火器って。鉄砲てっぽうとか拳銃けんじゅうとかじゃないの?」

 わたしとヨジロウのやりとりを真剣に聞いていたもえちゃんが、わたしの消火器発言でコケて、苦笑いを浮かべながら教えてくれた。

 そんな危なそうな言葉、わたしは普段使わないんだもん! うう……恥ずかしい。

「でも、父さんがなくしたのはカマだぞ。草刈り用のカマ。武器じゃない」

「カマは振り回せば人間を傷つけられるだろ」

 ナツメさんの質問に、ヨジロウは何だかすごく悪役みたいな笑顔で答えた。

「そりゃ……そうだけど……でも、どうして、川でケガして、カマ失くしただけで、そのカワグマってやつの仕業ってわかるんだよ」

「俺はシキガミだぞ」

 ヨジロウはえっへんと胸をはったけど、そもそもシキガミが何だかよくわかってないわたしたちにとっては、全然答えになってなかった。

「だから、ヨジロウ、そのシキガミって何なの?」

 わたしが口をとがらせて聞くと、ヨジロウは、ちょっとだけ寂しそうな顔をした。

「この時代には、やはりもうシキガミはいないんだな」

「え?」

 今、何だかすごく、悲しそうな声だったような……。

「シキガミはな。もともとはアヤカシだ。中には、人にがいをなした者もいる。だが、調伏師ちょうぶくしに出会い、その調伏師と共にることを決意したものは、アヤカシよりも上位の存在――シキガミとなる。そしてシキガミは、基本的に調伏師の命にしたがってのみ動く」

「ちょうぶく? ヨジロウの話って知らない言葉ばっかり出てくるね」

「ミント。お前が知らなすぎるんだと思っていたが、どうやら今の時代には無関係な言葉のようだな。大人でもきっと知らないんだろう。いいか、調伏師は人に害なすアヤカシを退治して従える力を持った人間だ。そして、俺を従えた調伏師は、今はもういないが、おそらくこの神社に何かをのこしている」


 ヨジロウがそう言いながら、鳥居の向こうをにらんだ。わたしたちも、つられてそっちをみる。

 大きく、高くそびえる木々に守られるようにして、薄暗うすくらがりの中に、古びたおやしろが見えてる。

 やっぱりこわい。

「俺を従えたのは、白花城最後はっかじょうさいごの姫――あんず姫だ。彼女は、俺たち――彼女のシキガミである七式シチシキを、死の間際まぎわはなった。そして、これからも白花はっかのさとをまもってほしいと言いのこした。俺たちはそれぞれバラバラになって、それぞれが思うように動いた。結果俺は、幕末ばくまつにあの、ミントのばあちゃんの家の向かいに封印され、社が壊されるまであそこに閉じこもっていたというわけだ」

「シチシキ? ヨジロウみたいなシキガミが、七人いたってこと?」

「そうだ」

「それを、その、杏姫さまって人が、調伏師で?」

 ん? えっと、よくわかんない……もえちゃんの方を見ると、またしても目を輝かせて拳をにぎりしめてた。

「つまり、七人のアヤカシを、調伏師の杏姫さまが倒して、自分の部下みたいにして、シキガミにしてたってこと? そして杏姫さまが亡くなるときに、七人のシキガミに、里を守るように命じて、ヨジロウたち七人は解散かいさんしたってこと?」

「まあそんなところだ」

「かっこいいい~!」

 もえちゃん、本当にこういうの好きなんだなあ。


 でも、この話、どこかで聞いたような……。

「あっ! ねえ、昨日、紫苑先輩が話してたんだけど、白花城のお姫様は、神様の使いの白キツネに守られてたって言い伝えがあるんだって。それってまさか……」

「ほう、言い伝えられてるのか。すばらしいな。間違いなく俺のことだ。あがたてまつっていいんだぞ」

 ひえええ~! 言い伝えの正体が目の前にいるとか信じられないんだけど!

 だけど! その言い方! イメージがこわれるよ~。

「昔はな、アヤカシもシキガミも、そこら辺に普通にいて、人間ともっとちかしい存在だったんだよ。あのせまい社に押し込められて、あそこからずっとあの通りを見てきたが、どんどん人間たちが増えて、アヤカシの匂いがしなくなっていった。二度と、ここから出ることもないんだろうと思ってたよ」

 ヨジロウ、何だか寂しそう。

「紫苑か、アイツ、そういう話好きだからな……今度ヨジロウと会わせてみたら喜ぶんじゃないか?」

 ナツメさんが言うと、ヨジロウはとたんにイヤそうな顔をした。

「お前ら以外の人間には、シキガミだと明かす気はないぞ」

「ええっ? どうして?」

 もえちゃんが何だかすごーく残念そうに言った。

「お前らの話を聞く限り、シキガミは忘れ去られた存在だ。異端いたんだ。杏姫とすごした時代に、人間が異端いたんに対してどういう態度たいどをとるかは痛いほど見てきた。俺はあれにさらされるのはごめんだね」

「いたん?」

「とにかく、お前たち人間の社会ってやつは、シキガミを忘れちまったんだ。今更目立つつもりはないんだよ」

 もえちゃんがパンと手を叩いた。

「確かに! 紫苑くんはお父さんが大学のセンセイだから、ヨジローくんのことを知ったら大騒おおさわぎにはなっちゃうかもだもんね! 下手したら、テレビとかネットにバンバン動画流されて、ミントの家にもマスコミが来たりして!」

「ええっ! やだやだ、そんなの困るよ!」

「変な騒ぎになって、ヨジローくん、警察けいさつにつかまったりして」

「そそそ、そんなあ」

 暗いオリの中に閉じ込められるヨジロウ(白キツネ)を想像して、何とも言えない気持ちになった。かわいそうだよ~!

「不思議発見ってことでみんなに話したい気持ちもすごーーーくあるけど、同じくらい、わたしたちだけのヒミツってことにしたいかも!」

「う、うん! そうしよう! わたしたちだけのヒミツにしよう!」

 うんうん! 全力でうなずく!

「紫苑に話すなってのはわかった。それで、なんでこの神社に行くんだ?」

 ナツメさんが言った。言われてみれば、たしかに……ヨジロウがシキガミになった理由とか、今回のアヤカシに関係あるのかな?


「俺はシキガミだ。調伏師の命令に従って動く。まあ、今も杏姫の最後の命令に従っていることにはなるんだが、むやみに力をふるうのは良くない。だから」

 そこまで言うと、ヨジロウは急にわたしの肩をつかんだ。

「なっなに?」

「ミントに、とりあえず仮の調伏師になってもらう」

 ……は? 今なんと……?

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