わたしのシキガミさま!

祥之るう子

迷子のシキガミさま1

 まっさおな空の下、きれいな紫色むらさきいろのお着物きものがゆれて、お坊さんがゆっくりとあたまを下げた。

「ありがとうございました」

 お母さんとおばあちゃんがそう言って頭を下げたので、わたしもあわててお辞儀じぎをした。

「あっ、ありがとうございました!」

 お坊さんは、わたしを見てにっこりほほえむと、車に乗って帰っていった。


「はあ~終わったわね。ミントも、おつかれさま」

 お母さんがにっこり笑ってわたしを見た。

「ミント、静かにおきょう聞けててお利口りこうさんだったねえ」

 おばあちゃんが玄関げんかんのドアを開けながら言った。

「もう、おばあちゃんったら、わたしもう中学生だよ! お坊さんのおきょうの間くらい、静かにしてられるよ!」

「あらあら、ミントったら、おじいちゃんのお葬式そうしきのとき、さっきのお坊さんに、お坊さんはどうしてみんなハゲなの? って大声で質問したのよ、おぼえてないの?」

「お母さんまで! 何回も聞いたよ、その話! 今はもうするわけないじゃん!」

 おばあちゃんもお母さんも、わたしのこと、いつまでも幼稚園児くらいに思ってるんじゃないかな、もう。

 この前中学生になったし、今日だって、小さいころにくなったおじいちゃんの法事ほうじだからって、ピカピカの制服を着てきたんだよ! 髪型かみがただって、学校に行くときみたいに低めのツインテールで優等生ゆうとうせいスタイル! 玄関にある大きな姿見すがたみかがみにうつる自分を見て、くるりと回ってみる。うん。それなりに見えると思うんだけどなあ。


 わたしは白羽しらはねみんと。中学一年生。

 今日は法事で、おばあちゃんの家に来てるの。

 さっきは、その法事が終わって、家の前でお坊さんを見送ってたところ。

 お母さんとおばあちゃんは、さっさと家の中にもどっていったけど、わたしはちょっと寄り道……。

 家の向かい側、道路の向こうを見る。

 今朝、朝早くに来たときからずっと気になってたの。


 お向かいの古いおうちがとりこわされているところ。


 今日は日曜日だから、工事もお休みみたいで誰もいないけれど、三角コーンで囲まれて「危ないから入ってはいけません」っていう定番の看板かんばんが置かれてる。

 看板の向こうには、ほとんど土台しか残っていないくらいまで壊されてしまった家が見えてる。

 前は、わたしの背より高いきれいな植木がぐるりとお屋敷やしきを囲んでた。生垣いけがきっていうんだよね。中のお屋敷やしきは、古い、時代劇じだいげきでおさむらいさんが出てきそうなくらいの和風わふう平屋建ひらやだてで、深い緑色のかわら屋根やねだった。門から中をのぞくと、いつも縁側えんがわに優しいおばあちゃんがニコニコしてて、横でネコがお昼寝ひるねしてるようなお家だった。

 その門のすぐ横に、道路を見守るみたいにそっとおいてある、小さなおやしろ

 今はもう門も生垣いけがきもなくなって「危ないから入ってはいけません」の看板のふもとに、ちょこんと取り残されてる。

 わたしは道路をわたって、お社の目の前に立った。

 身長一五五しんちょう ひゃくごじゅうごセンチのわたしのこしあたりまでしかない、ミニチュアの神社みたいなおやしろ。おばあちゃんは、お向かいさんの「家神いえがみさま」だって言ってた。

 二リットルのペットボトル一本分くらいの大きさしかない、小さなキツネさんの石像せきぞうが向かい合って建ってて、その奥に、キツネさんよりも背の低い小さなお家みたいなのがある。このお家が「家神さま」のお社。この辺の古いお家にはよくあるんだけど、ここみたいに、門の外にあるのは珍しいみたい。

 キツネさんたちの間には、おそなえ物を置く台。かわいい、桜の花みたいな絵がられてる。ちょっと消えかかってるけど。

 この台、以前は毎日かかさず、お菓子かしやお酒がおそなえされてたけど、このお家のおばあちゃんが入院してからは、もうずっと何も乗ってない。


 この家神さまの、小さなキツネさんがかわいくて、わたしはおばあちゃんの家に来るたびに、いつもここにお参りしてた。

 なのに今朝、おばあちゃんから聞かされたのは「この家神さまも一緒にとり壊されるらしい」という話だったの。

 そんなの、いや。いやだけど、子供のわたしではどうしようもない。この家に住んでいたおばあちゃんは先月亡くなってしまって、ひとり暮らしだったから、この家に住む人はもういないんだって。

 もうこの家に帰ってくる人もいないからって、親せきの人が壊すことにしたんだって。


 小さなキツネさんの前にしゃがみこんで、いつものように手を合わせてみる。

「こんなにかわいいのに、壊されちゃうなんて。かわいそう」

 思わず声にだしてつぶやく。

 そうだ! 無くなっちゃう前に写真、っておこう!

 ポケットから、入学祝いでおばあちゃんに買ってもらったスマホを取り出す。ピンク色でかわいい! ケースもピンクだよ!

 まだまだ使いこなせてないけど、写真を撮るくらいなら…っと。

 何枚か写真を撮ると、ポケットにスマホをしまって手を合わせた。

「今までありがとうございました」

 特に何かお願いしたこととかもないんだけどね。なんとなく!


「おい」


「わあっ!」


 何? 何? 急に後ろから声がしたんだけど!

 首をすくめてふり向くと…… あれ? 誰もいない?

「気のせいかな?」

 後ろには誰もいなかった。道路の向こうのおばあちゃんのうちの、居間いままどが見えた。お母さんとおばあちゃんがお茶を飲んでる。

「おい! どこを見てる!」

「ええっ?」

 やっぱり聞こえた! 

 あれ? 視界しかいの、下の方に、なんか白くてふわふわしたものが……

「えっええ~! かっ……!」

 かわいい~~~~~!! 足元にちょこんと、まっ白でお耳がおっきな……ネコ? ネコかな? とにかくかわいい生き物が座ってる! お耳がピンとたって、大きなシッポがゆらゆらゆれてる! キツネ? でもこんな街中にいるわけないし……犬? 犬かな? 大きさは家神さまのキツネさんと同じくらいだね。

 首にかかってる真っ赤なスカーフがかわいい! 

「どこから来たんでしゅか? まいごでしか?」

 思わずしゃがんで抱き上げると、なんとおもいきりほっぺに肉球パンチをされた。

「あいったあ!」

「お前、俺をなんだと思ってる!」

「ネコがしゃべったあ!」

 さけんでしりもちをつく。ネコちゃんは、するりとわたしの手の中から降りていった。

「ネコじゃねえ!」

 シャーッ! と全身の毛を逆立てて、謎のしゃべる動物さんが威嚇いかくしてきた。


「俺はヨジロウ。そこのやしろふうじられてたシキガミだ。ネコでも犬でもねえからな!」


「…しきがみ?」

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