失墜の始まり

「おい、この依頼少し報酬少なくないか?」


 そのころオーレンを追い出した“金色の牙”は三人で活動を続けていた。メンバーの一人がいなくなったというのは普通のパーティーであれば大事件だが、三人ともさして気にしていなかった。三人とも前衛が一人抜けたから募集だけかけておくか、という程度の軽い気持ちしか抱いていなかった。


  今もゴードンの選択で貴族が出した薬草採取の依頼を受けている最中だった。本来なら依頼を受けたら早速薬草採取に行くべきなのだが、ゴードンはわざわざ依頼人の屋敷に向かい、値切りならぬ値上げを行っていた。


「しかしその値段で依頼を出し、受注したと聞いているのだが」


 ゴードンの言葉に貴族は困惑していた。そもそもいくらSランクパーティーとはいえ平民のゴードンが男爵とはいえ貴族にため口で報酬の値上げ交渉を行うなど無礼極まりない。それでもゴードンが強気に出ているのには一応理由があった。


「まあいいけどな。俺たち以外にこの依頼が達成出来るパーティーがあると思うなら他を探せばいい。もっともその時に息子が生きているかは知らないが」


 そう、今回の依頼対象となっている薬草は“薄明草”と呼ばれるとても珍しいものだった。太陽の光を浴びると成長して“薄明草”としての薬効を失うが、月の光を浴びなければそもそも育たない。そんな特性から、そもそもそこらの冒険者では見つけることすら叶わないものである。

 そして男爵の息子は病で生死の境をさまよっていた。依頼を受けてくれるパーティーを厳選している余裕はない。それを知ったゴードンはすかさず報酬の釣り上げに向かったのである。金の臭いに関しては異様に嗅覚が鋭い男であった。


「ま、待ってくれ。交渉に応じないとは言っていない……」


 男爵は唇を噛みしめながらゴードンを呼び止める。

 貴族としてヤクザまがいの恐喝に屈するのは屈辱だったが、しかし今は息子の命の方が大事だった。


「そうか、それならそれなりの頼み方というものがあるだろう?」

「分かった、じゃあ五割増しでどうだ」

「おいおい、お前は息子の命が危ういのに金を惜しむのか?」


 ゴードンの言葉に男爵は歯を食いしばる。

 屈辱的な要求だったが、確かに彼の言う通り、命は金には代えられない。


「くそ……それなら報酬を倍だそう」

「お、話が分かる貴族様だ。よしお前ら、すぐに薄明草を見つけるぞ」

「分かった」


 ゴードンの言葉に二人も頷く。そして三人とも喜びいさんで屋敷を出た。


「へへ、オーレンのやつがいなくなったおかげで誰もゴードンさんのやることに文句を言わなくなって良かったぜ」


 ジルクはそう言って笑う。これまではゴードンが常識外れな行為をすると、すぐにオーレンが文句を言ったのでこのような非常識な行為は出来なかった。しかし今では誰も止めないので、文字通りやりたい放題である。


「本当だわ。にしても報酬を倍にするなんて、さすがゴードン」


 エルダも無邪気にゴードンの手腕に感心していた。


 これまでゴードンが一線を越えた行為をしようとすれば毎回オーレンが止めていたし、依頼人などに多少無礼な態度をとっても後でオーレンが謝りに行ったりしてどうにか悪評を抑えていたのだが、三人にとってそれはただのうざい行為に過ぎなかった。

 彼がいなくなった今もはや彼らの暴走を止めるものはいなかったが、それは彼らのむき出しになった欲望が周囲に晒されることを意味する。

 ”金色の牙”は文字通り金に目がくらんだ牙になってしまったのである。


 そんなことも知らず彼らは倍になった報酬の取り分と使い道についてあれこれ妄想しながら薄明草を採取して戻ってくる。探索自体は大変だったが、Sランクパーティーの三人にとっては大したことなかった。


 が、彼らが戻ってくると男爵の屋敷は異様な雰囲気になっていた。

 槍を構えた兵士たちの数があからさまに増えて屋敷を厳重に警備している。中には臨時で雇ったと思われるAランクの冒険者や傭兵らしき者も混ざっている。


「何かあったのか? まあ俺には関係ないことだな」


 そう言ってゴードンは薄命草を持って門をたたく。警備の兵士たちはゴードンが名乗ると中に入れた。


 三人が中に通されると、男爵は険しい表情で出迎える。そして元々の報酬で定められていた分の金貨袋を差し出す。


「さあ、薄明草を出してもらおうか」

「おい、二倍出すと言ったはずだが」


 ゴードンの方も男爵の意志を察して険しい表情になる。

 そして山賊のような柄の悪い目つきで男爵を睨みつけた。

 が、男爵の方も気丈にもその視線に抵抗する。


「あのような要求を飲めるか!」


 男爵が叫ぶと屋敷の警備をしていた兵士たちが周囲に集まってくる。まさか自分たちに対抗するために集められたとは思わなかった三人はさすがに動揺した。

 所詮即席の軍勢で質でも“金色の牙”を上回る者はいない。戦えば勝つことは出来るだろう。しかしここで戦えば必ず大事件になる。そして調査されればゴードンが依頼受注後に報酬を釣り上げたということがばれてしまう。


「ど、どうします?」


 すっかり弱気になったジルクが尋ねる。

 ゴードンはしばらく考えた末に舌打ちする。


「ちっ、これからはもっとうまくやるぞ。まあいい、とりあえずこれはやる」


 そう言ってゴードンは薬草が入った袋を投げつける。それを受け取った男爵は金貨袋を投げ返す。ゴードンは乱暴に袋を掴むと屋敷を出ていく。エルダとジルクも慌ててその後に続くのだった。


 しかしこの一件は始まりに過ぎなかった。納得していなかった男爵は“金色の牙”の悪評を流し、今後彼らの評判は下落の一途をたどることになるのである。

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