ヤンデレと一夜

 その夜、村長は俺たちを歓待するために宴を開いてくれた。もっとも、村自体が貧しくなっていたので宴といっても大したものは出なかった。

 代わりに村で楽器や踊りに自信のある者たちがかわるがわる芸を披露してくれた。食べ物はありあわせだったが、それでももてなそうという気配が伝わってきて楽しかった。


 宴会後、俺たちは村長の家の客間に案内された。村には元々宿が一つしかなく、そこは粗末な部屋しかないためだという。


「こちらの部屋をどうぞ」


 そう言って通されたのは広い部屋だった。ゆったりしたソファとテーブルがあり、きれいな絨毯が敷かれている。部屋の隅には広いベッドがある。村長家の客間だけあってそこらの宿よりもきれいな部屋だった。

 おそらく、中央から偉い役人が来たときなどに使っている部屋なのだろう。


「きれいな部屋だな」

「はい、村の恩人たるお二方には是非とも一番いい部屋を使っていただきたいと思っておりまして」

「こんなきれいな部屋を二部屋も貸してくれるなんて太っ腹だな」

「……」


 俺の言葉に村長は急に沈黙した。しかも額には汗がにじんでいる。

 それを見て俺はふと嫌な予感がした。確かにベッドは普通のものの二倍以上の幅がある。二人同時に寝ることも不可能ではない。


「あの、村長……」

「オーレンさん、せっかく部屋を貸してくださるのに失礼ですよ」


 俺がそのことについて言及しようとすると、にこにこと笑みを浮かべたシオンに遮られる。


「いや、でもお前、それはさすがにまずいだろ」

「え、何がですか? 何もまずいことなんてありませんよね」


 急にシオンが氷の聖女モードになる。別に氷属性の魔法が使えるとかではないはずなのに、周囲の気温が一気に下がったような気がする。


「そ、それではごゆっくり……」


 村長も何か良くない気配を感じ取ったのか、忍び足でその場を離れていく。

 待ってくれ、離れていくな。粗末でも何でもいいから一人部屋に泊まらせてくれ。

 が、そんな俺の願いもむなしく俺は目から光が消えたシオンと一緒にその場に取り残される。


「私とオーレンさんは付き合っているのに、同じ部屋で寝るのが何か問題があるんですか?」

「いや、そもそも付き合ってな……」

「何か問題があるんですか?」


 俺の声に被せるようにシオンは底冷えのする声で言った。


「そう言えば先ほどの宴会でも女の子が躍ってる時にじっと見つめてましたよね」

「違う! 男も女も関係なく俺はずっと見てた!」


「最初にこの村に来たときも華奢でおしとやかな女の子に声、かけてましたよね」

「それもたまたまだ!」


「そっかあ、そうですよね、私というものがありながらそんなことする訳ないですよね」

「お、おお?」


 後半の「そんなことする訳ない」に対して頷いてしまったが、前半に余計な内容がくっついていたような気もする。

 あと、抑揚のない声で今の台詞を言うのは怖いのでやめて欲しい。


「そうですよね。でしたら一緒の部屋に泊まるのも何も問題ありませんよね?」

「い、いや、それは……」


 俺はなおも口ごもるが、シオンは手の中に例の闇の魔力を発生させている。これで断ったら村娘や踊り子の件も本当だったと言われかねない。そしたらただでは済まないだろう……主に村長の家が。


「そうだな、同じパーティーだからな。一緒の部屋に泊まるのに何の不自然もない」

「もう、最初からそう言ってもらえれば良かったのに。オーレンさんは照れ屋なんですね」


 途端に闇の魔力も氷のオーラを全てが消滅して、シオンは天使のような笑顔を浮かべる。

 せめてもの抵抗として”同じパーティーだから”を強調して言ったが、シオンの耳には入っていないようだった。


「あ、ああ」


 何か面倒になっていて適当に受け答えしてしまったが、大丈夫だったのだろうか? 今のうちにこいつの認識を正しておくべきではなかったのだろうか。俺は不安になってくるが、そこまでする気力が湧かなかった。

 俺が観念して部屋に入るとシオンはよほど嬉しかったのか、鼻歌を歌いながら荷物を置いて広げ始める。俺も今の騒動で疲れたので腰を下ろす。


 するとこんこんと部屋のドアがノックされた。

 もう夜遅いというのに、一体なんだろうか。

 たまたま俺がドア側に座っていたこともあり、立ち上がってドアを開ける。


「誰だ?」


 ドアを開けると、そこに立っていたのは夜着に身を包んだ娘だった。俺が最初に声をかけた彼女で、俺の方を見ると少し頬を赤く染めて軽く俯く。


「あの、先ほどはそういうのはいいとおっしゃっていましたがオーレン様のためなら私……」


「エターナル・ダーク……」

「今日は疲れているから本当に大丈夫だ!」


 後ろから不穏な呪文が聞こえてきたので俺は叩きつけるようにドアを閉める。ドアの向こうから小さな悲鳴が聞こえてきたが、命が助かっただけ感謝して欲しい。


「あの、まさかとは思いますが……まさか私と別の部屋で寝て女を招き入れようとか思っていませんでしたよね?」

「誰がそんなことするか!」


「それなら良かったです。さて、疲れたのでそろそろ寝ましょうか。……これ以上変な女が来ても困りますし」

「ああ、寝よう」


 俺もシオンの相手に疲れたのは事実なので同意する。するとシオンは何のためらいもなく服を脱ぎ始めた。


「うおあわわっ」


 俺は思わず変な声を上げてしまう。


「ん、どうしました?」

「どうしましたじゃねえよ、いきなり服を脱ぐやつがあるか!」

「え、何でですか? 私たちの仲じゃないですか」


 きょとんとした表情でシオンが首をかしげる。

 俺は説得を諦めて顔を背ける。後ろからするするという衣擦れの音が聞こえてきて俺は悶々とさせられたが、どうにか着替えが終わるまで堪える。

 その後、俺も着替え終えてソファに横になる。


「……何でそんなところで寝てるんですか?」

「何でってベッドは一台しかないだろう」

「でもこれダブルなので大丈夫ですよ」


 正直半分ぐらいはそうなるような気がしていたのでもはや驚かない。


「大丈夫じゃないだろ! お前、男にそういうこと言うのはやめた方がいいぞ」


 俺は急にシオンのことが心配になってくる。ある程度感情の起伏が激しいのは個性だろうが、だからといってそんなことを俺以外の男に言えばどうなるか分かったものではない。


「別に他の男には言わないですが……」


 シオンは不満そうに小声でつぶやく。


「あ、もしかしてオーレンさんってすごく寝相が悪かったりします?」

「そ、そうだ、俺はすごく寝相が悪い。あとついでにいびきもよくうるさいって言われてるから、一緒のベッドで寝るのは無理だ」


 ちょうどシオンがいい感じの言い訳を提示してくれたので俺はそれに乗っかることにする。


「そうですか……なら仕方ないですね」


 思いのほか素直にシオンは引き下がった。確かにどれだけ好きな相手でも寝相といびきがひどかったら近くでは寝たくないだろう。


「じゃあおやすみ」


 そう言って俺はソファで目を閉じたのだった。しかし同じ部屋でシオンが寝ているという事実のせいか、なかなか寝付けなかった。やがてすうすうとシオンの寝息が聞こえてきて、ようやく俺の意識は遠のいていく。もしかすると無意識のうちにシオンより先に眠りにつくことに恐怖を感じていたのかもしれない。




 翌朝、目を覚ますとすでに修道服に着替えたシオンは部屋の隅で熱心に祈りを捧げていた。昨夜あまり寝付けなかったので眠い。


「おはよう……」


 俺は寝ぼけ眼であいさつする。


「あ、おはようございます」

「朝から祈りを捧げるなんて聖女は大変だな」

「いえ、これは自主的に祈ってるだけですよ」


「ちなみに何を祈ってたんだ?」

「殺すのはだめだと言われたので、“金色の牙”が死なない程度に酷い目に遭いますようにって」

「お、おう」


 今の一言ですっかり目が覚めてしまった。朝から恐ろしいことを言う奴だ。


「ところでオーレンさん、思ったより寝相といびきは大したことなかったですね。次の機会があったら同じベッドで寝ましょうね」

「え?」


 こうして波乱の一夜は終了した。今後は宿をとるときはきちんと複数の部屋があるかを確認しよう、と俺は心に決めた。

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