狼さんのお花

なみ

第1話

むかしむかし、町のはずれにすむおおかみさんは、ほかの動物たちから嫌われていました。


「かおがこわいわ」


「ああ、とっても」


「あのとがったキバをみたかい?」


「ええ、ふるえあがりそうなぐらいするどかったわ」


「いつ食べられるかとこわくてろくに眠れやしない」


「…………」


おおかみさんは、ほんとうはとても心やさしいおおかみでした。

 けれど動物たちはみんな、おおかみさんが近づくと逃げていってしまいます。


「キャー!」


「わー!」


 おおかみさんは、ただみんなと仲良くなりたいだけなのに。

逃げていく動物たちのうしろすがた。

 いつもたったひとり残されるおおかみさんは、とてもかなしい気持ちになりました。


「どうしてみんな、ぼくを見て逃げるの?」


 ぐすん。


 おおかみさんのなみだが、足にぽたりと落ちました。


 自分の足に当たったものがなみだだと気がつかなかったおおかみさん。なんだろう、と足元を見て、そこに一りんの花が咲いているのに気がつきました。

 ピンク色をした小さな可愛らしいお花でした。


「わぁ……キレイだなぁ」


 お花を見ていると、さっきまでの悲しい気持ちがすうと消えていくような気がします。

 おおかみさんは、お花を家へと持ちかえることにしました。


おおかみさんは、まいにち、まいにち、お水をやり、話しかけたりしながら、お花をとても大切にそだてました。


「おおきくなぁれ」


「おおきくなぁれ」


お花は、いつもおおかみさんの心のなかにあったさみしい気持ちやかなしい気持ちを消してくれました。


 そしてかわりに、しあわせな気持ちをおおかみさんの心にはこんでくれました。

「あぁ、お花ってとっても大好き」


 しかし、

そのころ町では、なにもしていないはずのおおかみさんを、こらしめようという計画がたてられていました。


「おおかみは近ごろ、花を大切にしているんだってさ」


「花?」


「じゃあ……」


 ごにょごにょと、計画のおはなし


ある日、おおかみさんは夕食にたべる魚をつるために、つりへとでかけました。


「お花さん、いってくるね」


 そのあいだに、町の動物たちはおおかみさんの家にしのびこみます。


「これだ」


「よし」


 おおかみさんがつりから帰ってくると、お花はぐちゃぐちゃになっていました。

 かわいらしいピンク色だったはずの花びらが、まっくろに汚れて床にちっています。


「お、お花さん!」


 お花のまわりには、町の動物たちの足あとがたくさん残っていました。


 たくさん、たくさん。

 たくさん、たくさん。

 たくさん、たくさん、おおかみさんは泣きました。


 ちった花びらを大事によせあつめ、おおきな声で泣きました。


 そして、

町の動物たちへの仕返しに、おおかみさんはみんなが大切にしているものを次々とこわしていきました。


「キャー!」


「わー!」


 動物たちのひめいが町中から聞こえます。


 けれど、

おおかみさんの心は、からっぽのまま。


「…………」


 町にいられなくなったおおかみさんは、山へとひっこしました。


 だけどもう、おおかみさんに「しあわせ」な気持ちがやってくることはありません。


「ぼくは、ひとりぼっちだ……」

それから毎晩、おおかみさんは泣きました。


「わおーん、わおーん」

もう戻ってはこない花を、


 おもいながら――。

もしも、あなたがどこかでおおかみの遠ぼえを聞いたなら、それはきっと「しあわせ」をなくしたおおかみさんがお花をおもって泣いているのでしょう。

あなたの「お花さん」は、なんですか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狼さんのお花 なみ @7GAJYUMARU3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ