Consultation

繋ぐ手がいつもよりも硬いと、僕は感じた。あるいは、僕が緊張しているせいかもしれない。


なんとなくカフェテリアで休憩、という気分にはなれなくて、その近くにあるベンチに腰掛けた。近くには太い柱が建っており、ちょっとした死角になっている。

隣り合わせで座ると、左手にあった暖かい感触は離れてしまった。

ちらりと覗き見ると、瑞希は俯いたまま、太ももに手を当てている。

いつも通りの表情。でもその唇はきゅっと真一文字に閉じられている。なにかを伝えたいけれど、それがうまく言語化できないような印象を受けた。


「いいんだ。いいんだよ、瑞希」

そうこぼした言葉に対して、瑞希はゆっくりと唇を開いた。

「ごめん、なさい」

ぽつりと呟かれたそれが、おとといの出来事を謝っているのだと気づくのにはそう時間はかからなかった。

「…嬉しかったよ、あれは。好きな女の子とあんなスキンシップを取って嬉しくないと言えるほど、僕は枯れちゃいないんだ」

そこまで口にして、僕達は今までこういう話をしていなかったことに気付く。理由は簡単で、そういう雰囲気になったのは、あれが初めてだったのだ。

「相川とは、あの後に話をした?」

ふるふる。どうやら、ちょっと気まずい雰囲気のままのようだ。

「もうちょっと。もう少しだけ、伝えてごらん。きっと、あっちもそう望んでる。悪いようにはならないし、しないから。…どうかな」


しばらく考えて、首を縦に振ってくれた。そして、おずおずと口を開く。

「葵は、内村と、はなす?」

「どうだろう。互いにちょっと斜に構えてカッコつけてる節があるから、あんまり語らい合わない気もする。…でも、いい機会だから、僕らも話し合ってみるのもいいのかもしれない」

「青春?」

「そう、青春青春。アオハルだね」

と茶化して、少し空気が柔らかくなったのを肌で感じた。


ぱん、と小さく手を鳴らす。

「さあ、今日も大詰めだ。もう少しだけテスト勉強をして、明日に備えよう」




なんだかんだ最終的には結構捗った日曜日を過ぎて、月曜日。

今日は4人で勉強会をする日だ。


授業を終えて、僕は席を立つ。向かうのは瑞希の席だ。

「今日は、どうする?」

そう聞くと、瑞希は少し考えて。

「沙羅と一緒に、お店に行く」と答えた。

「じゃあ、待ってる。ゆっくりおいで」

心配そうに、それでも力強い頷き。

多分瑞希たちは、大丈夫だろう。

そう考えて、僕は意識を切り替える。

ぐっと伸びをしている雅也の席へと向かった。


「雅也」

声をかけると、眠たそうな目をこすりながらこちらを向いた。

「どったの?」

ふと、昨日の出来事を思い出したからだろうか、僕は妙な緊張感を覚えた。

「問題なければ、直接店に行かない?」

そう問いかけると雅也は机の上に置いてあるスマートフォンをちらりと見て、おもむろに立ち上がった。

「オーケーだ。行くか」

これは、見抜かれてるな。

ニヤリと笑いながら歩き出す友人に対し、僕は隣で苦笑いを浮かべることしかできなかった。




「んで、あのあと姫とはどうした?」

雅也の事が大のお気に入りである母親による洗礼をひとしきり受けたあと、雅也は当たり前のように問いかけた。まったく察しがいい。

「昨日会ったよ」

そうか、と雅也。普段はぐいぐい来るくせに、こういう時ばかりこっちから振らないと話は進んではくれないらしい。

敵わないなと思いながらも、僕は言葉を探す。

わずかに悩んで、僕は直球でいくことにした。

「雅也はさ、相川と…そういう雰囲気になったりって、やっぱりあるの?」

「ある。さすがにこの前みたいに誰かに見られて、ってのはないが、それでも互いに歯止めがきかなくなって、というのは覚えがある」

淡々と雅也は言う。

「実際、タイミングが悪かったよな。でもわかって欲しいのは、沙羅が決してそういうことを嫌悪して言っている訳ではない事だ」

色情魔って訳でもないけどな、なんて茶化すが、至って真面目な顔で話す雅也。

「それは、分かるよ。あのやり取りの後にあんな情事を見せつけられたら僕だって文句のひとつも挟むよ」

「TPO、ってやつなんだろうな。まあ実際問題事に及ぶならそれなりの準備はしとけよ?いや本当に。責任なんて俺たちの歳じゃあ取れるわけがねえんだから」

「もちろん。流石に当然だよ」

「その当然がわからん奴もいるんだよ…まあ、なんだ。焦るなよ、葵。日和るのも良くないが、焦るのはもっと良くない。そういうの込みで、一ノ瀬とは話した方が良いのかもな」

そこまで話して、雅也はカップに口をつけ、眉をひそめた。どうやら、甘味を入れ忘れたらしい。

テーブルに備え付けられている角砂糖を3つほど放り込み、穏やかな顔になる雅也。

「俺から言えるのはそんなもんだ。大したことは言えないが、向こうは向こうでなんとかしているだろ。沙羅は俺と違って賢いからな。まあ、よく話し合うことは悪いことじゃない」


からんころんと、カウベルが鳴る。視線を送ると、どうやら女性陣が来たようだ。


「がんばれよ、色男」

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あしたの、いろ。うえを、むいて。 シアン @Azul8492

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