森の賢人、二刀を使う

「ぱ、ぱ、パクられた~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」

『馬鹿言ってる場合!? 戦いなさいよ!』

「お、お前、自分のなぁ! 作品をなあ! パクられたらなあ! 傷つくんだぞ!」

『そういうところが駄目なのよ剣術馬鹿!』

「俺の弟子でもないのに俺の技使うなんて死ねよぉ……うぅうぅうう……!」

『ちょっと! 剣気乱れてる!』


 武蔵は情緒不安定なオタクだった。

 特に自分の大切な作品とも言える二刀流を盗まれたとあっては、全ての心が殺意へと傾いていくのを止められなかった。

 そして、困ったことに、情緒不安定な時もそこそこ強かった。


「ゴリラァアアアアアアアア!」

『いけない……吉岡一門を皆殺しにした時と同じ……! 暴走しているわ……!』


 ゴリラの二本の刀の間合いのギリギリ外から、指先や手首を狙った陰湿な斬撃を繰り返す。繰り返す。めちゃくちゃに刀を振り回しているようにしか見えないが、その場に居たゴリラも、佐々木小次郎も、内心冷や汗をかいていた。


「アアアアアアアアアア!」

『戻ってきて武蔵! あなたが目指しているのは最強の剣豪で、最悪の殺戮者じゃないでしょ!?』


 二本の刀が有利に働くのは、相手が間合いに入ってきた時だ。一本の刀で受け止めて、もう一本の刀で相手に致命傷を与えることができるからだ。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

『武蔵、武蔵ーッ!』


 だから武蔵は間合いに入らない。自分が二刀流を極めているのだから、されれば嫌な動きくらいは熟知している。気持ち悪いオタク特有の知識マウントでゴリラを陰湿に攻め立て、親指、人差し指、中指、薬指、小指と刃が触れるか否かの距離を攻め立てる。ゴリラは松の木にぶら下がったまま武蔵のめちゃくちゃ(陰湿)な攻め口をしのいでいたが、耐えきれず木を踏み台にもう一度跳躍して別の木の上に移る。


「ムサシ、タタカエ」

「うるせえ! 降りてこい! ゴリラ切っても剣豪になれないんだよ! 俺は日本一の剣豪になりたいの!」


 そんな彼を現実に引き戻したのは、彼の相棒たる妖精のイオリではなく、ライバルたるゴリラのコジローの言葉だった。


「ゴリラではない。ササキコジロー、ケンゴー、だ」


 ――そうだ。佐々木小次郎。

 盗作のショックにより我を忘れていた武蔵だったが、思い出した。

 ――そもそもこれも、剣豪同士の果し合いだ。

 本当にござるかぁ?


「……ふふっ、貴様の二刀流、実に面白い。ゴリラパワーは燕返しだけでなく、俺の二天一流も新しい次元に押し上げる可能性があるという訳だ」


 武蔵がキレたのは、ぶっちゃけゴリラパワーの二刀流とか羨ましかったからだ。そこらの剣士のなんちゃって二刀流ならば一笑に付したことだろう。


「佐々木小次郎、まぎらわしいな、佐々木ゴリ郎。お前の甘蕉バナナ返しは破った。だが筋は良い。素直に負けを認め、二天一流を学ぶつもりはないか」


 ドムドムドムドムドム

 ゴリラはドラミングで返した。


『我を森から連れ出してくれた師の恩に報いねばならん。乗るわけにはいかんな』

「そうか」


 武蔵は櫂を膝で叩き割ると、改めて妖精の力でその周囲を覆い、刃へと変える。

 二刀流、二天一流だ。


「では」


 身体を開いた自然な構えで、ゴリラへと近づいていく。

 ――ゴリラ、その構えは知っている。

 ――ゴリラ、その技は知っている。

 ――ゴリラ、俺は知っている。

 

「勝負だ」

「ホウッ!」


 裂帛の気合と共に左右から挟み込むような甘蕉バナナ返しが放たれる。

 第一撃を受け止めることはできないだろう。重たいからだ。

 そして逸らした次の瞬間には、必殺の峰打ちが放たれる。ゴリラパワーだ。

 しかもそんな斬撃が左右同時に襲いかかってくる。絶体絶命だ。


「妖刀、二天一流」


 もう一度甲高い金属音が鳴り響いた。

 佐々木ゴリ郎は眼前の光景をにわかには信じられなかった。


「二本、構えるのは」


 ゴリ郎の握る二本の“物干し竿”が折れていた。

 “物干し竿”同士が、ゴリ郎の意思を無視して、高速でぶつかり合って互いを両断していたのだ。


「箸と同じだよ。つまめないじゃないか」


 武蔵は佐々木ゴリ郎に刃を突きつける。


「突き刺すばかりでは……あまりに能がないと思わないか」


 佐々木小次郎は眼前で行使された剣の奥義、その術理をしかと捉えていた。

 だが言えなかった。それがあまりに恐ろしくて。

 武蔵は自らが持つ二本の刀を使って、ゴリ郎の持つ刀の軌道を事前に誘導し、自爆するように仕向けていた。本来ならば直撃して真っ二つになるはずだった武蔵自身は、妖精の加護を用いて僅かに間合いをずらし、相手の刃から間一髪で逃れていた。相手の持つ刀すら自在に操る。それゆえの二刀流、二天一流。二とは即ち己と相手のことであり、自他を合一し自在に操ることこそが真髄だったのだ。


「も、もう良い! もう良い小次郎! この男には勝てん! この男は……この男は……! いかん!」


 目の前の若き剣客がどうしてそこへ至ったのか、どのようにそこまで至ったのか、小次郎には分からない。森の賢人と呼ばれるゴリラの知性を以てしても理解不能な剣術がどうして人間の達人に分かろうか。


「黙れクソジジイ。俺は今、この男と死合っている」

「マテ……」


 佐々木ゴリ郎、否、ゴリラは持っていた刀を捨てた。

 そして胸をダムダムダムと打ちながら、武蔵へと語りかける。


『我の負けだ。降参する。この首と引き換えに我が恩師の命まではとらないでほしい』

「降参は認めよう。だが首は要らん。俺と来い」


 握りしめた櫂の木刀を収め、佐々木小次郎の方を見る。


「勝負あったな、初代・佐々木小次郎」

「確かに見届けた。勝負有り、勝者……宮本武蔵!」

『やったぁ! 偉いわよ武蔵!』


 ゴリラはこれまで自らを育てた恩師に頭を下げる。


「アリガトウ、シショウ……」

「なに、良い機会じゃ。この男について、お前も自分の腕を試してこい」


 武蔵はイオリを肩に乗せてゴリラに声をかける。


「ほら行くぞゴリ郎、ゴリラの腕力で二刀を操れるなら試したい技がまだあるんだ」

『私のことは姉弟子と呼ぶように!』


 返事の代わりにドラミングの音が波に合わせて何度も響く。

 慶長17年4月13日。

 後に武蔵の夢を継ぎ、日の本一となるゴリラ剣豪、佐々木ゴリ郎が産声を上げた日であった。

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巌流島の決闘~ゴリラは燕返しの夢を見るか~ 海野しぃる @hibiki

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