第23話 盆と正月と誕生日

「なにか食べたいものある?」


 八宮さんと出かけた翌日のお昼ごろ。舞果が昼食のリクエストを尋ねてきた。


「軽いもので」

「軽いものね」

「保存の利くもので」

「なにそのリクエスト」

「とにかくそれで頼む」


 舞果は怪訝な顔をしたが、「じゃあちょっと買い物行ってくる」と出かけていった。


「よし……」


 いつもどおりなら三十分くらいで帰宅するはずだ。を試作する時間も充分にある。


 昨日のうちに買っておいたプレゼントと、の材料を部屋から持ってくる。


 俺は舞果の誕生日を祝う準備を開始した。





「ただいま……?」


 怪訝な顔で出かけていった舞果は、怪訝な顔で帰ってきた。


 それもいたしかたないことだ。なぜなら部屋中に、甘い匂いと焦げた匂いが立ちこめているのだから。


「お、おかえり」


 時間はたっぷりあるなんて甘い考えだった。試作は二回も失敗し、その結果がこの焦げた匂いである。これからはもう少しキッチンに立つことにしよう。


 しかしそのおかげで舞果が帰ってきたジャストのタイミングで作り終えることができたのだから、まあ良しとする。


「それ……」


 皿の上に三枚重ねになった、丸い、甘い、それ。


「ホッ――じゃない。ケーキ」

「なんで……?」

「だって誕生日だろ。……かなり過ぎてるけど」


 舞果はマイバッグを持ったまま、ぼうっと突っ立っている。


「どうした、ほら、座って。あ、手は洗ってな」

「うん……」


 食事の前、いつも舞果に言われることをお返ししてみたのだが、彼女は言われたとおり洗面所へ行き、手を洗い、テーブルにつく。


 なんか、いやに素直だ。ちょっと不気味に感じながら準備を進めようとしたとき、俺は大事なものを忘れていることに気がついた。


「あ! ロウソク!」


 なんか忘れている気はしていたのだが、誕生日パーティのメインイベントを担うロウソクをど忘れするなんて。


「これで許してくれ」


 と、俺は冷凍庫からカップのバニラアイスを持ってきて、ホットケーキの上に載せた。


「はちみつとバターもあるし」


 舞果の前に差しだす。しかし彼女はぽかんとした顔でケーキを見つめたまま動かない。


 ――なんかまちがってる……?


 他人から誕生日を祝われた経験のほとんどない俺は、正しい作法がよく分かっていない。


「ええと……。あ、そうか、こっちが先なのか?」


 俺はテーブルの下からプレゼントを出して舞果の前に置いた。


「開けてみて」

「うん……」


 言われるがままに包装を解く。


 中から出てきたのは財布。舞果はじっとそれを見つめたあと、俺の顔を見た。


 ――あれ? これもまちがい……?


 俺はしどろもどろで説明する。


「え、ええと……。お金がたくさん貯まるといいな、って感じ、なんだけど……」

「……」


 ――スベったか……?


 あまりのノーリアクションに不安になりかけたとき、


「う、うぐっ、ふぐぅ……!」


 舞果が手で口を押さえて泣きはじめた。


「な、なに!? どうした!?」

「う、嬉しくて……。か、考えてもなかったから……」

「え、ええ? でも泣くほどか? ただの財布だぞ?」


 舞果は首をぶんぶんと横に振った。


「『ただの』じゃない。わたしには」


 肩を震わせ、目をごしごしとこする舞果は、とても子供っぽくて、可愛らしくて、申し訳ないと思いつつも俺はちょっと笑ってしまう。


 舞果は涙声で言った。


「盆と正月が一緒に来たみたい」

「誕生日しか来てないけど」


 ――いや、待て。


『正月も一緒に過ごせたらいいな』なんて台詞、けっこう素敵じゃなかろうか。前は照れくさくて言えなかったが、今日は誕生日パーティだし、ちょっとくらい歯の浮くようなことを言っても許されるのではないか。


 しかしさすがに目を見て言うのは恥ずかしい。俺はせき払いをし、天井に目をやった。


「しょ、正月も、い、一緒に過ごせたらいいな……」


 言えた。俺は正面に目をもどす。


「ふぁい?」


 口いっぱいにケーキを頬ばった舞果が首を傾げた。もぐもぐと口を動かし、ごくりと飲みこむ。


「いまなんか言った?」

「うん? いや。おいしいかなって」


 俺はヘタレた。


「すごくおいしい! こんな、ケーキにアイスを載っけるなんて……、もう、天才っていうか……、盆と正月が一緒に来たみたいな」

「好きだな、盆と正月」


 舞果は歯を見せて笑う。あまりのいい笑顔に、俺も釣られて笑ってしまった。


 あいかわらず彼氏らしいことは言えないけど、こんないい表情を見れたんだからよしとしよう。





 その日の深夜。そろそろ眠ろうかと布団に入り、アラームの設定を確認しようとスマホを見ると、小説アプリの通知が来ていることに気がついた。


 俺は弾かれたように身体を起こし、アプリを立ちあげる。


 アプリの通知欄には『昔助けたいじめられっが絶世の美女になって恩返しにきた』のタイトルが。


 ――おお、まじか。


 嬉しいことは重なるものだ。


 ――ちょっと幸せすぎないか? 明日、マンションから出たとたんタンクローリーに轢かれて死ぬんじゃ……?


 こんなテンションが上がった状態で眠れるわけがない。俺は最新エピソードを読みはじめた。


 期待通りの、いや、期待を上回る面白さ。前から面白いとは思っていたが、最新エピソードは、偉そうなことを言わせてもらえれば一皮むけたような、そんな勢いみたいなものがある。


 一万字を超えるエピソードを読み終えた。


 最高だった、のだが。


 ひとつ気になったことがある。


 最新エピソードは、なかなか距離の縮まらない主人公とヒロインが、誕生日プレゼントを贈ることでなんとか関係を一歩進めようとする話だ。


 なんか、ごく最近、身近で聞いたことがある。


 いや、ラブコメで誕生日プレゼントのエピソードなんて王道だなんてことは分かっている。


 しかし主人公の、


『プレゼントの半分は気持ちだよ』


 という台詞や、そもそもとして、小学生のころに太っていた女の子が痩せてきれいになって――、というコンセプト。それぞれ単体で見ればよくあるパーツだが、すべて一致するとなると……。


 俺はゆるゆるとかぶりを振った。


 ――まあ、偶然だ。


 それに、作品が面白ければ、作者がどこの誰であるかなんて関係ないことだ。


 大きく伸びをして、布団にもぐりこんだ。小説を読んで気分が落ち着くどころかかえって気持ちが高ぶってしまったが、目をつむっていると、疲れが溜まっていたのかやがてとろとろとした眠気がやってきて、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。




 その日、夢を見た。俺と舞果が小説みたいに素敵な恋をする夢だ。


 誰かと心で通じあうなんて俺にとっては怖いことで。なのに夢の中の俺は、とても幸せそうだった。

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