第17話 意外とやらないやつ
放課後、待ちあわせ場所である公営スポーツセンターの駐輪場に着くと、舞果は柱にもたれて文庫本を読んでいた。
「また図書室で借りたのか? なに読んでるんだ?」
「変な音」
「はい?」
「そういうタイトル」
「有名?」
「まあ、有名」
ちょっと聞き覚えがない。
舞果はぱたんと文庫本を閉じ、鞄に仕舞った。
「じゃ、帰ろっか」
最近、このスポーツセンターで合流して下校するのが習慣になりつつある。放課後のこの時間、学校の施設を使わずにわざわざスポーツセンターにやってくる生徒は皆無だからだ。
マンションまで十分ちょっとの帰り道。体感は二、三分。同居していても、学校の制服を着て並んで歩くこの時間は、ちょっと特別な感じがする。
「今日の夜、晴れらしいし、お月見しない?」
「月見? なんで?」
「だって中秋の名月でしょ?」
「そうなの?」
「季節感ないなあ」
舞果は呆れたように笑った。
俺は夕空を見あげたが、建物の陰になっているのか、雲に隠れているのか、月の姿は見当たらなかった。
「よし、そうと決まれば買い出しね」
「いつ決まったんだよ」
「わたし、お団子とか食料品を買いに行くから、直司はホームセンターに行ってススキ買ってきて」
ワールドクラスのスルーをされた。
「え、ちょっと待って、ススキってどんなのだっけ?」
「店員さんに聞けばいいでしょ」
「いや、だって、忙しいかもしれないだろ」
「大丈夫だって」
「でも、なんかやってるかもしれないし……」
「そりゃやってるでしょ、仕事中だもん」
「聞かないで済むならそのほうがいいだろ」
「どんだけ人見知りなの」
「な、なんとでも言え。俺は絶対に聞かぬ、尋ねぬ、問い合わせぬ!」
「その男らしさで店員さんに話しかければいいのに」
ぼんやりとススキのイメージは浮かんでいるが、自信がない。俺は鞄からノートをとりだして、シャープペンで記憶の中のススキを絵に描く。
いや、描こうとした。
急に手が震えだし、線がうねる。
――まだ駄目か……。
俺はページいっぱいに大きく『ススキ』と書いた。
「よし、これで忘れない」
「はじめてのおつかいなの?」
「念のためだ」
「はいはい、お菓子とか余計なもの買っちゃ駄目ですからね?」
舞果は手を振り、スーパーのある方向へ歩いていった。
変な気を遣わせずに済み、俺はほっと息をついた。
――というか、けっきょく月見をすることになってるし……。
また舞果に振り回されている。しかし嫌なわけではない。なんならちょっと喜んですらいる。そして、ひとと関わることを楽しめるようになった自分に驚いている。ほんの二週間前では想像もしなかったことだった。
月見なんてやったことがないし、なにをするかもよく分からないし、なんだか地味なイメージしかないが、舞果とならきっと楽しめるだろう。
俺はススキを買い求めるためにホームセンターへ向かった。
植物だから園芸のコーナーにあるだろうと当たりをつけていたのだが、くまなく探してもそれらしきものはない。
見るに見かねたのか、店員さんのほうから「なにかお探しですか?」と声をかけてくれた。なんていいひとなんだろう。聞くと、園芸コーナーのススキはすでに売りきれてしまい、もしかするとお月見のコーナーに残っているかもしれないということだった。
果たして無事ススキを手に入れ、やれやれと店を出たところ、
「有永くん?」
と声がかかった。びくりとして振り向くと、そこにいたのは八宮さんだった。
「あ、ど、どうも」
彼女はころころと笑った。
「礼儀正しいね。でももっと砕けていいよ」
その砕ける塩梅が分からないのだ。目上や客相手なら敬語や丁寧語を使っていればいいが、同年代や年下は、馴れ馴れしくしすぎると気を悪くするのではないかと気が気でない。
そんな
「お月見するの?」
「あ、うん」
「ふうん……」
なにか考えるふうに顎に指を当てた。
「な、なに?」
「さっき、おやつを買おうと思ってスーパーに行ったんだけど、そこで小瀬水さんを見かけて」
「へ、へえ」
「白玉粉を買ってたように見えたから。小瀬水さんのうちでもお月見するのかなあって」
「まあ今日は中秋の名月だから」
「ちゃんと飾りつけまでするのってちょっと珍しいよね。わたしは、小さいころにおじいちゃんのうちでやったっきり」
「そ、そう? けっこうみんなやってるんじゃない?」
俺は初めてだが。
八宮さんはにっこりと笑った。
「そっか、そうだよね。ごめんね、引き止めて」
「いや、べつに」
「じゃあ」
と言って、八宮さんは店に入っていった。
「ふぅ……」
俺はため息をついた。じっとりと汗をかき、シャツが身体に張りついている。
「そういえば」
「はひっ!?」
安心しきったところに背後から八宮さんの声がかかり、俺は情けない声をあげた。
八宮さんは口を指で隠して笑う。
「驚かせちゃってごめんね。学校の近くにまた不審者が出たって、教えておこうと思って」
「同じ奴?」
「それは分からないんだけど、車の中から下校中の女子を観察してたんだって」
「ありがとう、気をつける」
話は終わったものと思ったのだが、八宮さんは立ち去る様子を見せない。
「な、なに?」
「連絡しないの?」
「誰に?」
「小瀬水さんに」
八宮さんがいなくなってから連絡しようと考えていた。彼女には、俺と舞果の仲を疑っている節がある。
「な、なんで?」
「仲、いいんだよね? 教えてあげたほうがいいと思うけど」
舞果とは友人関係ということになっている。であるなら、連絡をしないのはかえって不審な行動だったかもしれない。
「そ、そうだな。教える、うん」
慌ててスマホをとりだし、LINEを立ちあげる。
「じゃ、わたし行くね」
「うん、じゃあ、どうも」
と会釈すると、八宮さんは鈴が鳴るみたいに笑った。
「もっと気安くしてくれていいよ」
その塩梅が以下略。
「どれくらい砕けたらいい?」
ならばいっそのこと聞いてしまえばいい。コミュ強の八宮さんが出した答えならばまちがいないはずだ。
「どれくらい? う~ん……。――逆に、小瀬水さん相手だったらなんて言う?」
「へ? 舞果?」
予想外の質問返しに、俺は聞きかえしてしまう。すると八宮さんはちょっと驚いたような顔をしたあと、微笑んでこくこくと頷いた。
「舞果、って呼んでるんだ?」
「あ」
まったくの無意識だった。下の名前で呼ぶことをためらっていたころと比べれば進化したわけだが、それがあだとなった形だ。
「小瀬水さんが『じゃあね』って手を振ったら、有永くんはなんて返すの?」
「ええと……。『ああ』かな」
「じゃあそれで」
「で、でも失礼じゃない?」
「小瀬水さんには失礼じゃないのに? やっぱり特別仲がいいんだね」
大きな目をさらに大きくして、八宮さんは興味深そうに俺を見つめる。まずい、話せば話すほどどつぼにはまっていく。
「じゃあ、わたし行くね」
「あ、うん、どうも」
「じゃなくて?」
「あ。――ああ」
「合格」
八宮さんは人差し指と親指で丸を作って笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます