第3話 ゾンビ病

 全米で猛威を振るう「ゾンビ病」がいよいよ日本に上陸してしまった。


 病気や怪我で重篤な状態の人が「脳死」した瞬間、人間ではない凶暴な何かになってしまい、次々と人を襲うゾンビ病。ゾンビ病はウイルス感染症なので、ゾンビ病発症者に襲われて噛まれたり、引っかかれたりした人も脳死後にゾンビ病を発症する。


 ただ、「街中をゾンビが徘徊する」というのは映画や小説の中だけの話だ。ゾンビ病は人が脳死しなければ発症しない。だからゾンビウイルスに感染しても、感染者が生きている間は普通に日常生活を送れる。もちろん結婚して子どもを持つこともできるし、普通に年老いて「老衰を迎える人」もいる。ゾンビ病が発見され発症した人が確認されたとき、世界中が一時的にパニック状態となったが、それもほんの数日のことだった。人が死んでから発症する病気など、死ぬまでは怖くないのである。


 では、ゾンビ病の何が問題なのか。それはゾンビ病が人の「死に方」を変えてしまうことにある。ゾンビ病が蔓延した国では、人が死ぬ場合、必ず鉄格子のある部屋に監禁され、脳死後、ゾンビ病を発症した瞬間に火炎放射器で焼却処分される。いくらゾンビ病を発症した後だといっても、大切な家族や恋人が目の前で焼却処分されるのはさすがに見るに堪えないので、ほとんどの場合、死に際を大切な人に看取られることはなくなる。


 さらに「自死」などはもってのほかだ。ゾンビ病は検査を受けなければ感染者かどうか判別できないので、ゾンビ病の発症が確認された国では感染者かどうかにかかわらず「人の死に際」を政府が管理することになる。ゾンビ病は人類から「勝手に死ぬ権利」を奪ってしまったのだ。


 さて、そろそろ私の意識も朦朧としてきた。鉄格子の向こうでは全身を防護服につつまれた政府職員が、私に向かって火炎放射器を構えている。焼却されるのは死んだ後なので恐怖感は無いが、火炎放射器を見つめながら死ぬのはあまり気分が良いものではない。「ちゃんと死んでから燃やしてくれよ…」そんなことを考えていた私は、心臓の波打ちが徐々にゆっくりとなっていくのを感じた。しばらくすると心臓は活動を止め、その数分後に私は脳死を迎えた。


 結局、私はゾンビにならなかった。

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