第2話

 放棄された街、レッドゾーンと言われる壁の外は危険な場所と呼ばれるにふさわしい場所だった。


 所々でアスファルトを貫通した植物が街路樹のようにそびえたち。それだけではなく、コンクリートジャングルの壁にへばりついたツタが街を緑化していた。


 そのコンクリートの建物も所々ひび割れ、一部が倒壊してしまっている。また、窓や扉も損傷しており、中の床は苔と雑草に覆われていた。


「アールビー! 放電銃(アークガン)を使いな!」


 春子の命令により、アールビーは担いでいた円筒形の銃のトリガーを引く。


 すると3つのアンテナを組み合わせたような銃口から、まばゆい青の閃光が走り、空に浮かんでいるコウレイに直撃した。


 高電圧の電流を受けたコウレイは半透明のその身体をくねらせて、金属が擦れ合うような絶叫を上げる。


 効果を確認した春子も同じくアークガンを使って攻撃を始め、コウレイは更に身を悶(もだ)えさせた。


「いいよ。逃がすんじゃないよ!」


 コウレイはアストラル体という高圧縮のエネルギーを持つ魂だ。


 厄介なのはその存在だけではなく、触れた人間に害があるということだ。


 一度コウレイに人が触れれば肉体に宿った魂を弾き飛ばされ、生きながらの死人となる。また、その死人はコウレイゾンビと呼ぶ生き物となり、人を襲うようになるのだ。


 だから人は歳をとって死ねなくなった。だから人々に安寧(あんねい)の最後はなくなった。


 もし誰にも迷惑を掛けずに死にたいのなら、若いうちに病気や怪我で死ぬか、もしくは若くして自死するしかなくなったのだ。


「横道、そっちに行ったよ!」


 横道は言われるまでもなく、狙撃銃のスコープを覗く。


 その銃はまるでショットガンのような大口径で、青年である横道にも取り回しに不自由しそうなデカブツだった。


 それでも横道は狙撃銃を慣れた手つきで操り、自分に向かってくるコウレイに怯えた様子もなく、右手の人差し指でトリガーを絞り込んだ。


 狙撃銃の銃口から大きな弾丸、スラッグ弾が放たれる。しかし、それはただの鉛の弾丸ではない。


 コウレイにスラッグ弾が到達した瞬間、弾は外皮を脱ぐように破裂して、中身の電極を露出させた。


 そして放電、たちまちコウレイの身体を電流が襲い、コウレイは叫び続けながらを身を強張(こわば)らせた。


 だがコウレイの直進は止まらない。横道はコウレイに接触する寸前で横に転がり、コウレイは横道のいた場所を通り過ぎてから十字路を曲がっていった。


「大丈夫かい!?」


「いやー、あのまま進んで来ると思わなくってな。止められなかったわ」


 春子に心配される横道は転がって逆さまになったまま、返事をした。


「大丈夫なら先に行くよ」


 春子は横道の安否を確認すると、アールビーを連れて十字路を曲がる。


 横道も体勢を立て直すと、遅れて角を曲がった。


「や、止め! オアーーーッ!」


 角を曲がった横道の目に飛び込んできた光景は、後ずさりする春子とアールビー、それに電柱にぶつかって止まってしまった車両だった。


 車両には2人の警備兵が乗っており、コウレイに襲われている最中だった。


 どうやら、車は検問所から横道たちを追いかけてきていたらしい。


「――クソッ!」


「止めな、横道。手遅れだよ」


 車の乗員は必死に車外に飛び出そうとするものの、それよりも先に車の中へコウレイが侵入した。


 コウレイは車の外装などお構いなしに透過すると、2人の警備兵に触れた。すると、2人の警備兵は発作のように全身を揺すり始めたのだ。


「嫌だね。魂を身体から引っぺがされる様子っていうのわ。どんな痛み何だろうね」


 運転席と助手席の警備兵はひとしきり全身を震わせた後、止まった。


 けれども、その身体はもう人間の物ではない。目や眉毛、鼻や口や耳までもが福笑いの失敗作のように不均衡な配置にされてしまっている。


 例えば瞼(まぶた)や口は横に開き、鼻の穴は上を向いている。かと思えば、耳が鼻の位置にあったり、口が額に付いているのだ。


 部位の位置が変わったのは何も顔だけではない。手足の生え方も変わってしまい、一種の甲虫のような仕草であべこべになった手足を操っているのだ。


 1人は右手と右足が逆になり、節足動物のようなぎこちなさで歩き。もう1人は左右の腕が短くなって、愛らしくないペンギンのような姿になっていた。


 彼らはもう人ではなく、コウレイに触れられたコウレイゾンビになってしまったのだ。


「コウレイゾンビ2体追加かい。残業は好きじゃないんだけどねえ」


「なら俺が請け負うよ。コウレイは任したからな」


 横道は狙撃銃から弾倉を外して、薬室から薬莢を弾く。代わりに別の弾倉をはめ込むと、レバーをスライドして、弾丸を装填した。


 そしてコウレイと距離が十分開いているのを確認して、照準サイトの中にコウレイゾンビの頭部を映した。


「人殺しと言ってくれるなよ」


 横道は僅かに逡巡(しゅんじゅん)したが、ついに発砲した。


 今度はただの鉛玉が銃身内で加速し、初速400メートル毎秒の速さで放たれる。


 距離は100メートル以内、弾丸はほぼ垂直に額から侵入して、後頭部で爆裂した。


 もう1体の節足型のコウレイゾンビはペンギン型のコウレイゾンビの頭が半分吹き飛んだのを見て、身構える。


 それは本能的なものなのか、節足型のコウレイゾンビは狙いを絞らせないジグザグ走行で横道たちに向かってきた。


 同時に、コウレイの方も動き出す。今度はコウレイとコウレイゾンビ2体との交戦だ。


「アールビー! 横道! コウレイの足止めを頼むよ」


 春子はアークガンから、常時装備している実弾の拳銃に持ち替えて、コウレイゾンビに走り寄る。


 その走り姿は歳相応とは思えぬ、短距離走選手そのものだ。100メートル走を走らせれば13秒フラットくらいで走れるかもしれない。


「くらいなっ!」


 春子は拳銃を抱き込むような構え方をして、断続的に節足型のコウレイゾンビに弾丸を撃ち込む。


 ただそれぞれの弾は急所を外れ、効果的な威力は発揮されない。


 コウレイゾンビは身体に銃弾を受けているにも関わらず、接近してきた春子に襲い掛かった。


「おっと、レディーにお触りは厳禁だよ」


 春子は伸びてきた、あべこべの腕と脚のうち、腕の方を掴んで回り込む。


 そうして腕を捻(ひね)ると、節足型のコウレイゾンビは体勢を崩して前のめりに倒れこんでしまった。


 春子はそのまま節足型のコウレイゾンビの背中にのしかかると、拳銃の銃口を頭部に押し込んだ。


「次は賢く生まれてくるんだよ」


 春子は銃口をコウレイゾンビの頭に押しこんだまま、2発の弾丸を送り込む。


 弾を受けた節足型のコウレイゾンビも流石にそれが致命傷となり、弾を受けた反動で何度か身体を跳ねた後、静かになった。


 残すは、コウレイのみだ。


「建物側に抑えるぞ。アールビー、そっちに行け!」


 アールビーを移動させ、2人と1機で3方向からコウレイに電流を浴びせる。


 コウレイもこのフォーメーションにたまらず、身動きが取れないようだ。これなら、間もなくコウレイはエネルギーを失って消滅するだろう。


 そのはずだった。


「警告! 後方から別の高エネルギー体が接近」


 アールビーから警告が発せられたかと思うと、後ろ側の建物をすり抜けて別のコウレイが出現した。


「不意打ちかい! マナーがなってないね!」


 後方に出現したコウレイに最も近かった春子が危機を感じ、横に飛んで緊急回避をする。すると、先ほどまで春子のいた場所をコウレイの魔の手が通過した。


 2体のコウレイ、それも挟み撃ちの形。これは控えめに言ってピンチだ。


 そこで横道は、秘策を使うのを決定した。


「春子ばあちゃん、アールビー、あれを呼ぶ。後は任したぞ」


「ちょっと待ちな! まだ制御できてないんだろ。危険なことは――」


 春子の忠告も無視して、横道は身体を力(りき)ませる。


 狙撃銃を捨て、横道の顔が両手で覆われ、その身体からは空色の煙が立ち昇り始めた。


「形を与えてやる。こい、ノーヘッド!」


 横道が叫ぶと、その両目が生気を失う。代わりに横道の頭上に、半透明なシルエットが空間から滲(にじ)み出した。


 それはコウレイと全く同じ姿だった。唯一違うのは、そのコウレイは全身が白骨化していること。そして、そのコウレイの顔面以外の頭骨が欠けていることだった。


 ノーヘッドと言われたコウレイはぽっかりと穴の開いた眼窩で目の前のコウレイを見定めた。


 ノーヘッドがまず標的にしたのは不意打ちをしてきたコウレイだ。


 コウレイの方はノーヘッドに無反応なため、その無防備な横顔に、ノーヘッドの渾身の右ストレートが叩きこまれた。


 顔を殴られたコウレイは地面に倒れこむ。それでもノーヘッドは追撃を躊躇(ちゅうちょ)せず、コウレイに馬乗りになり、マウントを取った。


 そのまま骨の両腕で殴る殴る殴る殴る。コウレイの頭で地面にビートを刻むように、絶え間ない攻撃が続いた。


 打撃音は空気が破裂するような軽い音ではあるけれども、ノーヘッドの凶悪な連撃はコウレイの身体を消滅させるには十分だった。


 ノーヘッドに乗りかかられたコウレイの身体はついに、灰のように風に乗り、分解し始めた。そうなるとノーヘッドはやっと、そのコウレイを解放した。


 残るコウレイもノーヘッドの凶暴さにたじろいでいるようで、逃げられずにほんの少ししか離れていなかった。


 ノーヘッドは束ねられた亡霊が一斉に怨嗟(えんさ)を歌うような絶叫を上げ、残りのコウレイに突貫(とっかん)する。


 今度は顔面だけの口でコウレイの喉元を食らい、両腕で頭部と首から下を引き離そうと引っ張る。


 コウレイ側も何やら悲鳴を上げているが、ノーヘッドはためらいもせず、その喉元を食い破った。同時に、頭部と首から下が引きはがされた。


 そうなるとこちらのコウレイも、千切(ちぎ)られた紙を振りまくように崩壊しながら消え始めたのであった。


「さて、じゃあ起こさないとね」


 ノーヘッドはコウレイが全て消えたというのに、まだ次の獲物を探して周囲を見回している。


 それを察した春子はいち早く駆け出し、横道に向かっていった。


「起きんかい!」


 ノーヘッドが春子を見つけ、春子の身体を鷲掴みにする寸前、春子のドロップキックが横道の腹に炸裂した。


「ぶっごおおお!」


 春子の一撃を受け、横道はアスファルトの上を転がりながら目覚める。ただそれは下手すればもう一度昏睡しかねない打撃だった。


「くっそ! 起こすならもうちょい優しくしてくれっての」


「注文が多いねえ。小学生かい。自分でお目覚めできないからこうなるのさ」


 横道と春子がそんな他愛のない話をしている間に、ノーヘッドは項垂(うなだ)れていた。


 かと思えば、しばらくしてノーヘッドは他のコウレイと同じく、分解しながら消えていったのであった。


「疲れたねえ。それじゃあ、片付けて帰るとしようかい」


 その場にもうコウレイもコウレイゾンビもいない。そうなった以上、横道たちの仕事は終わった。


 春子は率先して後片付けを始めつつ、その場の誰よりも軽快な調子で笑ったのだった。

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