第37話

「……つまらないことさ。モニカ、おれは……」

 だが、そのタイミングで扉が蹴破られ、モニカもジェラールも表情を強張らせる。

「そこまでだッ!」

 躍り込んできたのは、ブリジット率いる王国騎士団だった。次々と剣を抜き、帝国の王子ジェラールに狙いをつける。

「ブリジット? あなた、どうして」

「離れてください、姫様! われわれはその男を捕らえるために来たのです!」

 ブリジットは怒り心頭に声を荒らげ、剣をかざした。

「ジェラール=サジタリオ! ついに尻尾を掴んでやったぞ。まさか、貴様がジェイムズ様を暗殺したとはな……」

 その言葉にモニカとジェラールは驚愕する。

「おれがきみのお父上を殺しただって?」

「な、何かの間違いよ! ジェラールがそんなことするわけ……」

 ジェラールがソール王国へとやってきたのは、二ヵ月ほど前。すでに父の急逝から一年が過ぎているため、それが暗殺だったにしても、容疑者に数えられる道理はなかった。

 にもかかわらず、ブリジットはジェラールを睨みつける。

「いつまでも帝国の言いなりでいるソールだと思うな! 連行しろ!」

 瞬く間に騎士団の面々がジェラールを取り囲んだ。これまでの屈辱を晴らそうと、帝国の王子を見据え、剣をぎらつかせる。

 ジェラールは抵抗せず、素直に両手を挙げた。

「きみたちの好きにするといいさ」

 帝国の王子は騎士団に包囲されたまま、連行されていく。

「ジェ、ジェラール!」

 それをモニカは必死に止めようとするものの、ブリジットに阻まれた。真正面から肩を掴まれ、はきはきと諭される。

「しっかりなさってください。姫様はあの男にいいように操られているのです」

「操るだなんて……違うのよ。ジェラールはもっと単純なひとで……」

「とにかく今夜はお休みください。お話は明日、伺いますので」

 やっと彼と想いが通じあえたと思ったのに。

 ジェラールは王国騎士団によって囚われ、地下牢へと監禁されてしまった。


                  ☆


 翌日、モニカは政務室で意気消沈する。

「どうしてこんなことに……」

 補佐官のクリムトのほか、今日はメイドのアンナも傍に控えていた。

「誰かに焚きつけられたのかもしれませんね。前々から、騎士団はジェラール様のやり方に不満を溜め込んでいたようですし」

「ブリジット様もジェラール様にはお怒りの様子でしたから……」

 モニカとて想像はつく。

 おそらく黒幕がほかにいて、ブリジットごと騎士団を利用した。サジタリオ帝国から今回の件を糾弾されたとしても、これなら騎士団の責任にできるという算段だろう。

 それは浅はかな考えであって、クリムトは肩を竦める。

「よほど『あと』がないのでしょう。理由はわかりませんが」

「ええ。焦ってるんだわ、きっと」

 とうとう『敵』は大それた行動に出た。ジェラールは窮地に立たされてしまったが、モニカたちにとっては千載一遇のチャンスでもある。

 ただ、ここで下手を打っては、それこそソール王国の危機を招いた。

「セリアスはどこにいるのかしら」

「わかりません。すでに殺された可能性も……」

 サジタリオ帝国がこの件を知れば、王子奪還の名目で軍を派遣してくるはず。ソール王国など一日で陥落し、帝国の支配下に組み込まれるのは、火を見るより明らかだった。

 一介のメイドに過ぎないアンナでさえ、双眸に力を漲らせる。

「帝国に気付かれる前に、ジェラール様をお助けしましょう。ジェラール様なら、ソール王国に便宜を図ってくれるはずです」

 ただ、女性として彼を信用しているようでもあり、モニカにとっては面白くない。

 この事件が片付いたら、引っ叩いてやるんだからっ!

 恋人の浮気癖に憤りつつ、モニカは城内の地図を広げた。ジェラールの捕らわれている地下牢は目と鼻の先だが、騎士団が監視の目を光らせているに違いない。

 城下に常駐している帝国軍は、まだ王子が拘束されたとは知らない様子だった。

「帝国軍に知られてもまずいわね」

「はい。僕たちだけでジェラール様を奪還するのが、理想ですが」

 幸いにして、城の地下牢には秘密の抜け道がいくつか存在した。本来は王族が脱出するためのもので、レガシー河まで続いている。

「とにかくジェラールを助けるのが先決ね。あたしなら、彼のもとまで行けるわ」

 モニカは意を決し、地図のうえでルートを見据えた。

「おひとりで大丈夫ですか? 隠し通路とはいえ、例の暗殺者がまた……」

 無論、この道のりが安全という保障はない。クリムトは冷静に状況を読んでいた。

「ジェラール様が監禁されたのは、セリアスさんが行方不明になって、すぐのことです。タイミングがよすぎるとは思いませんか?」

「そうね……最悪、あたしがおびき出されるなんてことも」

 帝国の王子を捕らえたにしては、ソール城は落ち着いている。ブリジットの独断専行も前から予定されていたようで、貴族の間にさほどの驚きは走らなかった。

「……やっぱりあたしが行くわ。あたしでないと、開かない扉もあるはずだから。クリムトとアンナはみんなの注意を引いててちょうだい」

「わかりました。ですが、ご無理だけはなさらないでください」

 モニカたちは作戦を今夜に決め、ルートを確認しておく。

 味方が少なすぎるわ……。

 頼れるのはクリムトと、メイドのアンナだけ。

ブリジットには再三説得を試みたものの、取りつく島もなかった。それこそジェラールの処刑も躊躇わない勢いで、騎士らも彼女の反乱に賛同している。

「あたしたちで止めなくっちゃ」

「はい。帝国に勘付かれる前に、僕らで解決しましょう」

「微力ながら、わたくしもお手伝いを……」

 クリムトは遠方の領主貴族らに働きかけることとなった。時間は惜しいが、城内の人間は誰が敵かもわからない。また、帝国軍に悟られるわけにもいかなかった。

アンナには城下の民と連携し、万が一に備えてもらう。この状況では騎士よりも、買い物の際に会っているような民のほうが信頼できた。

 作戦はまず、モニカがジェラールを城の地下牢から救い出すこと。そして城下に潜伏しつつ、状況次第で帝国軍と合流するか、レガシー河から街を離れる。

「僕は城に残ります。あとあと、こちらとの連携も必要になるでしょうから」

「あなたこそ無理はしないでね」

 決行は今夜。そのために王女は政務室で仮眠を取っておく。

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