第23話

 青い空で夏の太陽がさんさんと輝く。

 ソール王国はレガシー河の流域にあり、夏は蒸し暑いものとなった。気温自体は三十度前後なのだが、湿度が高いため、空気がじっとりと蒸せるらしい。

 補佐官のクリムトが政務室の窓を開け放つ。

「すっかり夏ですねえ。暑いからって、お腹を冷やさないでくださいよ、モニカ様」

「わかってるってば。デリカシーがないわね、んもう」

 モニカのドレスも夏物となっていた。

 離宮ではプールも解放され、令嬢らが毎日のように水遊びに興じている。ソール王国では古くから水泳が盛んで、競技なども充実していた。

 ただし男子にとっての水泳はもっぱら鍛錬であり、レジャーとして楽しむのは女子、と相場が決まっている。男性と同等でいたがるブリジットを、プールなり河なりへ連れていくのが、この時期ならではの娯楽でもあった。

「アンナとは仲直りできたんですか?」

「ええ。まあ……」

 モニカは頬杖をつきながら、アイスティーの氷を眺める。

 メイドのアンナとはあの夜からずっとぎくしゃくしていた。挨拶程度はできるようになったものの、まだまだ他人行儀に距離を取られる。

 幸い妹のセニアはサジタリオ帝国で手厚い歓迎を受けているようだった。手紙にも帝国バレエを鑑賞した際の喜びが綴られている。

「帝国は涼しいんでしょうね……」

「その代わり冬は苛酷だそうで。緯度はソールと変わらないんですけどねえ」

 つまりジェラールはモニカとの約束を守り、セニアの保護に尽力してくれたのだ。その代償として、モニカは彼をいっそう楽しませなくてはならない。

 クリムトが自分の分のアイスティーを飲み干す。

「どうです? 政務も落ち着いたことですし、週末は別邸で過ごされては。ついでにアンナやブリジットも誘って、気分転換されるとよいでしょう」

「……いいかもしれないわね」

 最近はジェラールの無茶もなりを潜め、国政のほうは順調だった。アンナとの関係修復はもちろんのこと、気を張りっ放しでいるブリジットのためにも、息抜きしたい。

「あなたも来るでしょ? クリムト」

「勘弁してくださいよ。女子の旅に男がひとりで混じって、どうしろと」

「付き合いが悪いわね」

 幼馴染みのクリムトには断られてしまった。実際のところはインドア派で運動オンチのため、アウトドア全般を嫌っているだけに過ぎない。

「まあいいわ。あなたもたまには仕事を忘れて、休暇を楽しんで」

「はい。それでは別邸の手配だけしておきます」

 相槌を打ちながら、モニカは誘うべき相手がほかにいることに辟易とした。


 週末のレジャーに誘われ、ジェラールは素直に感激する。

「レガシー河で水遊びだって? もちろん行くさ!」

「喜んでもらえて何よりだわ」

 さすがにソール王国の王女として、彼を誘わないわけにはいかなかった。城の者もモニカとジェラールは睦まじい恋仲にあると噂しており、注目されつつある。

 だが、これはモニカからの『奉仕』でもあった。

「み、水着はこれから買いに行くのよ。ブリジットと一緒にね」

「へえ……」

 セニオの保護の条件として、モニカはその身体で彼を楽しませる、と約束している。水着の購入を仄めかすのも、モニカなりの誘惑のつもりだった。

 それがわからないジェラールであるはずもない。

「少しは利口になったようだね。……期待していいのかい? モニカ」

「え……ええ。セニアの件だってあるもの」

 セニアのことで念を押してから、モニカはジェラールの部屋をあとにした。

 水着だなんて、どうしようかしら……。

 男性のために水着を選ぶなど初めてのことで、モニカひとりでは見当がつかない。これ以上アンナを巻き込みたくはないが、事情を知る彼女を頼りにするしかないだろう。

 それにジェラールとの約束を除けば、楽しみも多い。


 久しぶりにモニカとアンナは息を合わせ、意固地な仲間を引っ張っていた。

「ごごっ、ご容赦ください、姫様! 水着など一生着ないと申しあげたはずです!」

 ブリジットは並木にしがみつき、離れようとしない。

「騎士団長にしては往生際が悪いわよ? あなた」

「わたくしもモニカ様も水着になるんですから。ほら、ブリジット様も」

 女だてらに騎士の名誉を重んじるのが、ブリジット。そんな彼女を裸に剥いて、女を強烈に自覚させてやるのが、夏の醍醐味だった。グラマラスなプロポーションの持ち主であるため、水着を着せるのが面白いせいもある。

「騎士服と同じ青色なら、そんなに抵抗もないでしょ?」

「き、生地の面積が問題なんです!」

ブリジットは今にも悲鳴をあげそうな調子で、用心棒にさえ縋った。

「セリアス! 黙って見てないで、貴公もなんとか言ってくれ」

「……諦めろ」

 セリアスは腕組みのポーズのまま、眉ひとつ動かさない。

「大体、貴公はどうしてついてきたのだ? おっ、女が水着を買うんだぞ?」

「だから、俺は外で待つ」

 彼はモニカ王女の護衛に徹していた。それがジェラールの配慮だからこそ、モニカもセリアスを疎まず、ジェラールの要求には従っている。

「一時間は掛かるわよ? あたしたち」

「適当に涼んでいるさ」

 セリアスに見捨てられ、ブリジットは大通りのブティックへと連行される羽目に。

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