第22話

 サジタリオ帝国の王子にもかかわらず、彼はソールの城で悠々自適に寛いでいた。

「こんなに朝早くから、おれに会いに来てくれるなんて、嬉しいね」

「相談したいことがあるの」

 ソール王国の王女として、この交渉だけは成功させなくてはならない。ドレスを握り締め、モニカは精一杯の言葉を絞り出した。

「あたしのことはあなたの好きにしていいわ。だから――」

 話を聞き終え、ジェラールは不敵にはにかむ。

「なるほどね。それは構わないけど」

 その手がモニカの頬に触れ、少しずつボディラインを降っていった。ドレス越しに美乳で指を立て、モニカに『奴隷』の立場をよりストレートに自覚させる。

「ただし、次はきみがおれを満足させるんだ」

「……あたしが?」

「ああ。でないと、誠意が感じられないからねえ」

モニカの選択肢は限られていた。

 サジタリオ帝国の王子とソール王国の王女の力関係はすでに決している。そのうえでモニカが彼に頼み事をするのだから、彼の要求は受け入れざるを得ない。

「本当はオレなんかに頼りたくないんだろ? ソールの姫は気丈でいらっしゃるからな」

「挑発には乗らないわよ。あなたも皇族の矜持に懸けて、誓ってちょうだい」

 ジェラールの奴隷となること。

 女ではなく一匹の牝となって、彼を楽しませること。

 いずれ彼とは愛のないセックスを――。女としての幸せは諦めるしかなかった。


                  ☆


 週末、妹のセニアはまだ困惑していた。

「お姉様……本当にわたしだけ、サジタリオ帝国へ?」

「ええ。」

 すでに帝国の馬車は準備を終え、城門の向こうでセニアを待っている。突然の別れには家臣らのほか、ブリジットも集まり、モニカに異論をまくし立てた。

「今一度お考えなおしくださいませ、モニカ様! セニア様を帝国に預けるなど……」

「城下の民も動揺しますぞ。いくら同盟関係にあるとはいえ」

 とりわけブリジットはジェラールの前でも遠慮せず、はっきりと言ってのける。

「これでは人質も同然です! 姫様!」

 しかしモニカ王女は周囲の反対を意に介さず、妹の頭を撫でた。

「関所まではジェラールが送ってくれるわ。帝国でもいい子にするのよ」

「お、お姉様……」

 幼いセニアなりにも事情を察してはいるのだろう。

ソール王国の第二王女が母と姉のもとを離れ、サジタリオ帝国に滞在する。それはブリジットの言葉通り『人質』を意味した。

「姫様、これではあまりにも」

「お母様も了承したことなの。ブリジットも抑えて」

 やがてセニアは渋々と馬車に乗り、ジェラールの帝国軍とともに城を発つ。ブリジットは屈辱に震えながら、それを見送っていた。

「なんたることだ……セニア様の御身が帝国の手に……!」

 モニカとて妹の明日を思うと、不安で胸が張り裂けそうではある。

 その一方でセリアスはまんじりとせす、モニカに慰めの言葉を掛けた。

「あれでいい。王国にいるよりは安全だろう」

 レオン王が拉致されたのは一年前。これはソール国内の何者かが企て、おそらく軍神を軍事力とするため、水面下で着々と計画を進めてきた。

だが、その計画はジェラールの介入によって変更を余儀なくされたはず。本当の敵はジェラールの動向に焦り、今に手段を選ばなくなる可能性が高かった。

 祖父の話の通りであれば、王家の血は大量に必要となる。最悪、レオン王とモニカ、セニアのうちの誰かが謀殺されるかもしれなかった。

 敵の正体がわからない以上、まだジェラールに預けるほうが安全と言える。

「あたしにもっと力があったら……」

 そう漏らすと、セリアスは肩を竦めた。

「信頼できるのは、自ら鍛錬で得た力だけだ。そうでないものは破滅をもたらす」

「経験があるみたいね。あなたはあたしの味方なの? 敵なの?」

「……俺としたことが、しゃべりすぎたな」

 六月の雨季も明けた朝。

 ソール王国に穏やかではない夏がやってくる。

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