第12話「努力」

息を切らし、あの場所に着くと、君は此方を向いていた。


「どうした?美海」


君は、また白く発光していた。何故か泣きそうで、下を向く。君の足音がだんだんと近づいてきた。そして私の目の前でその足が止まる。



「美海。大丈夫だよ」


そう言って君は大きな手で私の頭を撫でた。少し顔を上げると君は海を見ながら言った。


「美海に何があったかわからないけど、逃げていいんだよ。下を向いたっていいんだ。勉強だって、人間関係からだって、もう逃げていい。ほら、君の居場所はここにあるから」


私が顔を上げると君は海を指していた。海に視線を向けると月が私達を照らしていた。


「優陽、質問していい?」

「うん。いいよ」


君はまだ海を見ている。


「もし、努力して、努力して、それでもいい方向に進まなくて、下へ下へ沈んでしまったら、優陽ならまだ努力を続ける?それとも諦める?」


君は少し考えてこう答えた。


「俺は誰かの力を借りるかな?だって、努力するのはやりたい事があるからだと思うし、やりたい事はなくても、やりたい事を探しているんだと思う。

勉強だって将来、自分がやりたいことが出来る様にみんな大学を目指すんじゃないのかな?自分に見合ったところだっていい。無理に上を目指さなくたっていいんだ。

人は目標がないと目指したりしないよ。だって、押し付けられてやるのなんて楽しくないからね。何か言われても、どれだけ否定されても、僕は努力し続けると思う。

もしも、進めなくなったとしても、それが本当にやりたい事だったとしたら、俺は誰かの手を借りると思う。わからないことがあったら誰かに訊いてみたり、参考書に助けてもらったり。一人でやれる事っていうのは限りがあるからね」


「そうだよね…」

「うん」


少しの間沈黙が続いた。私が君に本音を話すかどうか迷っていたからだ。その間も君は、ただ静かに海を見ていた。


「あのね優陽」

「うん」

「私、今おばあちゃんと住んでるんだ。お母さんとお父さんは東京に住んでる」

「そっか」

「うん。私さ、中学受験にも高校受験にも失敗したんだ。中学の時は滑り止めしか合格しなくて公立の中学校に行った。

高校でも、都立に合格できなくて私立でこっちの高校を選んだ。親は偏差値が高い高校じゃないと許してはくれなかった。高い方がいいから。その方がお前のなりたい職業になれるからって。

確かに私は医療関係の仕事に就きたいって思ってる。その分努力が必要ってことも知ってる。でもだからって頭がいいわけじゃない。

それなのに、中学受験に落ちて、親からの圧力が強くなった。内申、テストの結果。平均九十点以上じゃないと許してもらえない。オール五に近くないと怒られる。

自分が一番わかってた。親に言われずともこのままでは駄目だってこともわかってた。だから人一倍頑張った。それでも高校受験に失敗し、親からは見放され、おばあちゃんの家に逃げてきた。馬鹿みたいだった。自分が…自分の努力が馬鹿みたいだ…全部全部意味がなかった。あんなにも努力したのに。あんなにも頑張ったのに。」


私の目から涙が溢れてきた。拭っても拭っても溢れてくる。


「全部吐いていいんだよ」


君の優しい声に促されるように本音と涙が溢れていく。


「今日だって忙しいくせに、電話かけてきて、勉強してるかどうかしか訊いて来なかった。

だったらもっとちゃんと自分の娘のこと見ろってんだ。頭、勉強と仕事の事しか入ってないんか。勉強がなんだ。成績がなんだ。もうやりたくないよ勉強なんか」


不思議と親への不満と自分への不満が零れてしまった。私は君が困っていないか君の顔を覗き見る。


「美海。もういいんだよ。頑張ったね。疲れたね。休んだっていいんだ。勉強から離れたっていいんだ。やりたい事やったっていい。

でもね一個否定させて。君は馬鹿なんかじゃないよ。誰も君の努力を認めなくても、俺は知ってる。君の本音も君の努力も。

だから、自分を卑下しないでほしい。努力は報われないし、努力し続けて何かになることだって殆どない。

でもね、努力をしても出来ない事は誰かの力を借りたっていいんだ。努力は一人でやる事じゃないよ。誰かの力があって達成できる事だってあるんだ。

だから頼っていいんだよ。一人で無理しなくていいんだ」


君は私の目を見て言った。私の目は君の目から逃れられず、ただ耳から君の言葉がすんなりと頭に入ってくる。


やっと。努力が報われたと思った。普通の人だったら勉強の努力が報われるのは受験でのことだろう。


でも、私は今報われたと思った。今まで、努力してきて、報われず、努力する意味がわからなくなっていた私に君は私の答えをくれた。そして私が欲しかった言葉をくれた。


人それぞれかも知れないが、努力していればいつか報われるという意味がやっとわかったような気がする。努力して受験でそれが報われずとも、続けていれば報われる時が来るのだと。


何故なら私は君に出会い、報われたと感じたのだから。努力を続け、受験に落ち、今の高校に入学し、君に出会えたこと。


もしも、受験に合格していたとしたら君に出会えず、ただただ、努力の意味がわからず勉強し続けていただろう。努力を続けていれば自分の努力を認めてくれる誰かがいるのだ。


結果が報われずとも、自分が報われたと思う瞬間が報われたということなのだろう。


たとえ、自分の努力が誰にも認めてもらえず、結果が出ないとしても、私は誰かに助けを求めよう。一番信頼している人でも誰でもいいのだから。


「ありがとう、優陽」


私は心底から君にお礼を伝えた。

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渚冱 @naginagisa_0902

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