17.会長、誤解

放課後、廊下を歩いていると生徒会室のドアが開いていることに気付く。


前を通りすぎる時に何気なく開いたままのドアから生徒会室を覗くと、今日は生徒会の人が集まって会議をしていた。


生徒会室が生徒会に使われてるの始めて見た、なんて失礼なことを思いつつ、普段はきっとドアが閉まってたりするんだろうと思い直す。


中では中央の机を囲んで何かを話し合っている。


一番奥の席に座る会長は、凛としてやぱり生徒会長然とした雰囲気を纏って話をまとめていた。


そしてその最中だというのに、俺に気付いた会長がこちらに手を振り、それに気付いた他の人も視線を向ける。


それを見た俺は慌ててドアからフレームアウトしてその場を離れた。




「無視するなんて酷いじゃない」


校舎を出てから正面にある校庭に視線を落とし、一郎いちろうが部活に汗を流している姿をなんとなく眺めていると、後ろから声をかけられた。


周りには帰宅する生徒の姿があり、別れの挨拶をかわす声が聞こえてくる。


「生徒会はもう終わったんですか?」


横に並んだその女性に、顔を動かさずに声を返す。


「ええ、今日は連絡事項の確認だけだったの。ってそうじゃなくてね」


少し怒ったような口調をする会長だが、俺にも言い分がない訳じゃない。


「あんなことしてると、俺と付き合ってるって誤解されますよ」


という俺の指摘に、会長が余裕を見せるように笑った。


「私はそれでも構わないわよ」


「そういう冗談は嫌いです」


実際そんな気もないだろうに、噂が流れても会長は困らないんだろうか。


「それじゃあこうして話しているのも迷惑かしら」


「会長と話すのは嫌じゃないですよ」


会長は魅力的な人だし、だからこそそういう冗談を聞きたくないという気持ちがある。


「よかったわ」


短い返事で言葉が途切れ、会長が薄く笑う。


視線の先では野球部が守備練習から打撃練習にメニューを変えて、あいも変わらず青春の汗を流している。


その様子を眺めながら、ふと思ったことを質問した。


「会長は、どうして会長をやろうと思ったんですか?」


「どうしてかしらね、周りにやってみないかって薦められたからかしら」


「嫌じゃなかったですか?」


「ええ、なる前も嫌ではなかったし、なった後も大変ではあったけれど楽しかったわよ」


それは会長の性格ゆえなのか、それとも本人の資質ゆえなのか。


両方かな?


「勉強との両立は大変じゃなかったですか?」


「私、成績ではあまり苦労したことがないの……」


「えぇ……?」


聞くと学校のテストくらいなら授業を聞いているだけで余裕だそうで、羨ましいと思う前にドン引きしてしまった。


それくらい勉強ができる人の話は聞いたことはあったけど、まさか実物を目にすることになるとは。


それにしても本当に、会長は優秀なんだなあ。


川上かわかみくんは成績は?」


「聞かないでください」


一応空のおかげでそこまで酷い成績ではないけれど、この人の前で披露したくなるような秀でたものでもない。


「今度勉強を教えてあげましょうか?」


その誘いにどう答えるか迷って……、


「危ないっ!」


金属バットの甲高い音と共に校庭から聞こえた叫び声に驚いて視線を向ける。


その視界の上隅に白球が飛んでくる。


庇うように会長を抱き寄せて、体を前に出す。


そしてこちらへ真っ直ぐ飛んできた球に集中して、そのまま左手で掴んだ。


「いっっっっっっっっ」


硬球の運動エネルギーがそのまま手のひらに直撃して、叫びそうになるのをなんとか我慢する。


つーか、マジで痛い。


「川上くん、大丈夫!?」


慌てた声と共に顔をあげる会長に、笑顔を作って見せる。


「ええ……、会長こそ怪我はなかったですか?」


「私は平気よ」


答えた会長が、今度は硬球を握った俺の手に視線を向ける。


「手を見せて」


その球をどかして俺の左手を触って怪我がないか確かめる感触がくすぐったい。


「ひとまず、骨に異常はなさそうね」


確かに手のひらはかなりジンジンしているけど、動かした感じ酷い痛みはない。


フライ気味の打球だったおかげで、そこまで勢いがなかったお陰だろう。


「よかった……」


安堵する会長につられて俺も急な展開から頭が落ち着いてきて、周りの様子に気付いた。


庇うように抱き締めている俺と会長。


触れそうな距離にあるお互いの顔。


正門の前で少なくない人通り。


当然のように周りから集中する視線。


それが意味するところに気付いて俺は慌てて体を離した。


「す、すみません」


離れて冷静になると、至近距離で見た会長の顔と、密着してシャツ越しでも柔らかい体と、優しい香りが感覚として残っていて、顔が熱くなる。


それに黙った会長も少しだけ顔が赤いような……。


「大丈夫かー?」


なんて考えを打ち切るように、校庭からの聞き慣れた声。


一郎じゃねえか……。


なにか文句を言ってやろうかと考えて、やっぱりやめてボールを一郎のグローブに投げ返す。


実際に打ったのが一郎じゃない可能性もあるし、会長が無事だったならそれでいいか。


それより早くここを離れたい。


「帰りましょうか、川上くん」


「ええ」


少し距離を開けて、なるべく俺たちはただの知り合いですって見えるように装って、視線が集まるその場をあとにする。


まあそれがどれだけ成功したかは怪しいもんだけど。


思い出してみると、誤解されたら困るなんて言った俺が噂の元凶になった現状に、しばらく恥ずかしくて会長の顔を見れなかった。

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