第9話『怖スギ薬局』
「というわけで、訳分からんけどマジでブチ切れてて下手したら刺されそうなんだ」
「それは……ご愁傷様」
「ネムくん、ラートム……」
決死の逃亡劇の末、俺が辿り着いたのはとあるファミリーレストラン。駅近くで立地条件は商売においては最高、のはずなのに席はガラ空きスッカスカという不思議なファミレスだ。
窓際の席に二人で座っていた校倉と
「……頼むよ助けてくれ匿ってくれぇ! マジでアイツの目ヤバかったんだって! リアルにキチってたから! イラストで描くなら目の中グルグルだったから!」
「でも、自業自得じゃん。ネムくんが
「本当に見てたわけねぇだろ! あのキ◯ガイの妄想だよ! 勘違い甚だしいわい!」
まあでも、可愛い子いたら普通に目で追っちゃうし、目が合っていたというのもあながち間違いではないのかもしれない。
にしてもそれで俺が騎刄ちゃんのことを意識していると騎刄ちゃん本人に捉えられてしまったのは不服極まりないが。
「だけど、ストーカーモノってすごく興奮するわよね。わたしもショタにストーキングされて、逆に襲いかかってやりたいわ……♡」
「ゴトアラ、ショタコンなんだ」
「ま、まあ恥ずかしながら、そっちの
「真顔で語る夢じゃねぇ……」
お前の夢全部伏せ字だし。コンプラ違反でコイツ
「てかお前ら危機感が無さ過ぎる! 俺の話聞いてたか? 騎刃心那は完全にお前ら二人のことも敵視してるんだぞ?」
「ヤンデレって話のキャラとして見てる分には笑えるけど、実際に関係してくると怖いねー」
「いや、アイツをただのヤンデレだと思うな。アイツはな、純粋にヤンデレなんだよ」
「不思議ね。良い意味の言葉のはずなのに後に続く言葉のせいで猛烈に怖くなるわ」
と口では言いつつも、大して怖がっている様子はない五十嵐。呑気にカプチーノなんか飲んでいらっしゃる。
よし、本当に刺されそうになったらコイツをシールドにしよう。五十嵐なら心臓刺されそうになっても奇跡的に乳首に貼っつけていたピンクローターに刺さって助かるみたいなギャグで済ませられるだろうし。
「まったく、迷惑なもんだぜ勘違いで恋されるなんて」
「ネムくんのクセにモテ男みたいなこと言うね」
「しゃーねぇだろうよ! ただ目が合ってただけで両想いだの運命だの思われてたらキリねぇじゃん! あー、思い出すだけでも鳥肌が立つ……頰を染めながらの怒涛の勢いで話し始めるとことか、全然話通じないとことか、さも当然みたいにストーカーしてること暴露してくるとことか。特にあの目の奥の奥まで俺を見つめてくる表情が一番ヤバかったな。アレはマジでトラウマもんだ」
「それって、そんな顔?」
五十嵐はカチャンと小さな陶器のぶつかり合う音を立ててカップを置き、俺の真後ろ、つまり窓の外側を指差す。
まさかとは思いつつも、ぎこちなくゆっくり後ろを振り向くとそこには……。
「あははは〜。麻耶くんみいつけたぁ!」
「キャァァァァ!!」
血走った目をした騎刃ちゃんが窓ガラスに張り付いていた。思わず俺も人目を憚らず絶叫してしまったが、幸いにもガラ空き不人気店のこのファミレスにおいてそんなことを気にする必要は永遠の0だ。
にしても、こんな恐ろしいみいつけたは初めてだ。スイちゃんも泣いちゃうよ。怖スギ薬局ポイント100万倍! 付け過ぎやで。
「いらっしゃいませー。何名様で――」
「あそこの三人の知り合いですぅ!」
「あ、そうですか……」
食い気味に俺たちを指差して言う騎刃ちゃんに、店員さんの顔が思っきし引き攣った。頼む頼む、お願いだから入店拒否されろ。
がしかし、そんな叶わぬ願いを祈っている間にも騎刃ちゃんはてとてと距離を詰めてくる。俺の真正面、五十嵐の隣の席に勢いよく座ると、ニコニコ笑顔で猫撫で声を出した。
「
「は、ははは。そんなわけないだろー? 騎刃ちゃんの圧がすごくて驚いちゃっただけだよー」
「その言い訳もどうかと思うけどね」
「はっきり言えばいいじゃん。ヤンデレだしストーカーだしで超怖いから付き合いたくないって」
「おぉーい二人とも!?」
バカなのかコイツらは。自分たちも騎刄ちゃんから勝手に恨みを買っていることを理解していないのか?
「ヤンデレ? ストーカー? なぁにそれ〜? 心那のことぉ?」
「話の流れ的にそうしかあり得なくない? 他の誰かのこと言ってるように感じた?」
おいおい、なんで校倉さんちょっとどころじゃなく喧嘩腰なの? いつも通りポケーッと面倒臭そうにしていればいいのに、余計拗れるじゃねぇか。
まさか、俺を助けてくれようとしてるのか? だとしたら、出来ればもう少し穏便に収拾がつくようにしていただきたいんですけど……。
「心那別に病んでないし〜、ストーカーしたこともないよぉ? 校倉ちゃん、そんなひどいこと言わないでほしいなぁ」
「ひどいことは言ってない。私はただ第三者として見ての世間一般論を言っただけ。自分が周りからどう思われてるか考えた方がいいよ」
「え〜、どうして? 心那は好きな人のこと知りたいなぁって思っただけなんだよぉ? 全ては愛のため、そこに悪いことなんか一つないもんっ!」
「意味分かんないし。愛だかなんだか知らないけど、ポッと出のヤンデレストーカーにはネムくんのこと分かんないよ」
「だから病んでないしぃ、ストーカーなんてしてないってばぁ。幼馴染だかなんだか知らないけどぉ、ずっと一緒だからってなに、麻耶くんのカレシヅラ〜?」
「……」
「……」
視線で火花を飛ばす校倉と騎刃ちゃん。熱い、アツいぜこのヒロイン同士の闘い! どっちが勝ってもいいからとりあえず俺が謎にモテモテみたいな構図どうにかしてくれ。居心地悪くてしゃーない。
「……愛のぶつかり合いって、イイわぁ……♡」
「どこにエロス感じてんのお前」
「片や幼馴染という最強ヒロイン枠、片やその枠を奪いにポッと出てきたヤンデレストーカーという強烈キャラヒロイン……激アツじゃない!!」
「他人事だなー……」
一個ツッコミ入れると調子乗ってどんどんボケだすから、今度からツッコむのやめとこ。コイツが絡むと『ツッコむ』という言葉すら下ネタに聞こえてくるから恐ろしい。
「とにかく! 心那と麻耶くんはもう運命共同体っ! ソウルメイトなのぉ! 今さら離れることなんてできないもんっ! 第三者さんは黙っててよぉ!」
「あっ、ちょっ、騎刄ちゃん……当たっとりますが……」
席を立ち上がり、俺の真横にまでやって来ると、騎刃ちゃんは俺の腹部に頰を擦り付けるような形で抱き着いてきた。それによって騎刄ちゃんのカイデーなパイオツが俺のショータンなチンソーにふにふに当たっており、実に危険な状態です。誰が短小粗チン野郎だ。
とその時、突然校倉がガタガタッと派手に音を立てて席から立ち上がった。
一体全体何事かと校倉を見上げてみると――。
「ひぇっ……!?」
――つい小さな悲鳴が漏れ出てしまった。と言うのも、校倉がとんでもなく怖い、具体例を挙げるとするならばまさしく般若のような顔で騎刄ちゃんを睨んでいたのだ。
表情筋が乏しいことで有名な校倉が、こんなにも表情を変化させるとは……。珍しいどころの騒ぎじゃない。騎刃ちゃん、君の行いは校倉滅入莉のアイアンフェイスを崩したで賞にノミネートとなりました。
が、校倉はすぐにハッと我に返り、普段通りの無表情……に少し怒りの混じったような顔で椅子に座りなおした。そして呆れたようなため息ひとつ、気だるそうにその重い口を開く。
「はぁ……まあ、付き合っといて損はないんじゃない? ネムくん前に言ってたじゃん、男の価値はどれだけの女と関係を持ったかだって……童貞のクセに」
「う、うるせぇ! 俺はこのまま学年1位の成績キープして良い大学入って超大手企業に勤めて、ほんでバチェラーシーズン20ぐらいに出演するからもういいの!」
俺の人生設計、完璧過ぎるぜ。このライフプランに
「ていうか、なんだよさっきの顔。お前そんな表情パターンあったのね」
「……うっさい///!」
「イデッ。……なぜ照れるし」
ゴスッと、笑えないくらいには強めの校倉の拳が俺の左肩にジャストミート。どうやら先ほどの般若フェイスは校倉にとって恥ずかしいものだったらしい。普段から顔の変化を指摘され慣れてないからだろう。なんだそれ俺だってされ慣れてねぇ。
そして五十嵐、その訳知り顔でニヤニヤしてる感じクッソ腹立つからやめろ。
「とにかく騎刄、ネムくんから離れて」
「えぇ〜、やっと念願の麻耶くんへと辿り着いたんだよぉ? 簡単には離れられないもーん」
「あー、うざったい……!」
「あっ! ちょっと、何すんのぉ!」
痺れを切らした校倉が騎刄ちゃんの手を掴み、無理矢理立たせようとする。対抗する騎刄ちゃんだったが、小柄の極み乙女な騎刃ちゃんは平均の極み乙女の校倉に力で敵うはずはなく、俺の下腹部から引き剥がされたのだが……。
刹那、校倉の動きがピタッと止まった。所さんもびっくりするほど目が点になり、一箇所にその視線が注がれる。
俺も五十嵐も、その視線につられて校倉の凝視する部分に目を向けた。そしてやはり、俺と五十嵐も校倉と同じようにそこを凝視したまま固まってしまう。
何と、騎刄ちゃんの手首には痛々しい切り傷があったのだ――“アサヤ”という名前の形に……。
「「「…………」」」
「えへへ……メンヘラで、ごめんヘラ///」
「いや笑えねぇから! むしろこのタイミングそれチョイスは怖いから!」
絶句する俺たち三人にこれでもかと眩しい笑顔を見せつけてくる騎刄ちゃん。左手首に刻まれたその痛々しい文字と、その表情のミスマッチに俺は鳥肌が立ってしまった。もう少しで飛び立っていけそうなくらいには、ゾクゾクッとしてしまった。
なるほど。純粋にヤンデレでストーカーというだけでは飽き足らず、騎刃心那という少女はいわゆる“メンヘラ”でもあるようだ。
恋は盲目とはよく言ったものだ。さすがの俺もこれは看過できない。手首にいくつも赤い線があるような写真をツイッターに載せる輩がいたところで、俺には関係ないしどうぞご勝手に的な意見しか浮かばない俺ではあるが、その傷に俺が関係しているとなるとそうもいかない。
親からもらった大事な身体だとか自分を傷付けるなんてことするなだとか綺麗事を抜かすのは大嫌いで柄じゃないのは自分でも分かっている。けれど、これは注意せざるを得ない。
「あのよぉ騎刃ちゃん、思うんだけど――」
「――あなた、もっと自分の身体を大事にしなさい!!」
ドンと激しくテーブルを叩いて俺の言葉を遮り、五十嵐は立ち上がった。予想外の展開に俺も校倉も騎刃ちゃんも、目をパチクリとさせるだけで何も発することができない、させてもらえない。五十嵐からはそんなオーラが発せられているように感じた。
おーい五十嵐あんまさーん? あんた、ド変態キャラと真面目キャラの境界線があやふや過ぎやしませんかー?
「その身体は、あなたのお母さんがお腹を痛めて産んだものなのよ? それをたかだか恋慕の情で傷付けるなんて、そんなことして何になるの!?」
「だ、だってぇ……心那、麻耶くんへの思いの強さを自分で感じたくて、それで……」
「そんなことして、
キッと睨みつけられ、騎刄ちゃんはしゅんと小さくなる。すごい、俺との会話は沖縄の方言とか津軽弁ばりに通じなかったのに、五十嵐の言葉には素直で従順だ。
勝ち負けなんてないけど、真面目の皮被ったド変態に劣っているような気がしてなんか悔しい。
「恋すること、人を愛することは何も悪いことじゃないわ。でもね、愛する者のためだからって倫理観を忘れちゃダメ。やって良いこと悪いこと、その判断はあなたにもつくはずよ」
「う、うん……」
「それなら、合歓木くんにちゃんと振り向いてもらえるようにするにはどうすればいいかだって、きっと分かる。だからね、自分の身体を傷付けるのはやめにしましょう。傷付くのは、あなただけじゃないかもしれないんだから」
「うっ、うぅ〜……グスッ、ご、ごめんなさい……っ! 心那っ、自分のことばっかりでぇ……っ」
「いいのいいの。間違いはふるさと、誰にでもあるんだから」
聞いたことあるセリフをドヤ顔で述べながら、泣き崩れる騎刄ちゃんを自身の胸に抱き寄せる五十嵐。その
「うふ///。カワイイ女の子とハグ……そっちに目覚めちゃいそうだわぁ♡」
「……」
今回は出番も多くておいしい役回りだけかと思いきや、結局オチ要員として扱われる五十嵐さんなのであった。
いや、オチを担えるというのも捉えようによっちゃ美味しいと言えば美味しいのかもしれない。俺は別に欲しいとは思いませんが。
△▼△▼△
翌日。平穏も平穏、「ここは平安の世か!」というツッコミを入れたくなるくらいには何事もなく一日が終わった。まるで昨日の騎刄ちゃんの一件が夢のようだ。
……いや、やっぱそれは嘘。強烈過ぎて夢とか思えない。
そんな昨日の騎刄ちゃんの一件は、五十嵐の
「心那、あんな真剣に怒ってもらえたの初めてだったんだぁ。それで、自分でもびっくりするくらい響いちゃって〜」
「ふーん……」
「そんなわけでぇ、五十嵐ちゃんのおかげで心那は心を入れ替えたのですっ!」
「そっかー、それは良かった」
「だからね? 心那、ここに“アサヤ”ってタトゥーを掘ろうかなぁって迷ってるんだけどぉ〜」
「絶対やめろ! てか全く改心してねーじゃねぇか!」
騎刄ちゃんは何故か、帰路を辿る俺と校倉にくっついてきていた。
いやまあ、来るのは別に構わないんだけどね、昨日の今日で復帰早くね? むしろストーカーしてることが俺たちに知られて逆にオープンになってる節がありますし。開き直るなよ。
あとタトゥーは重いって、愛が重いよ騎刄ちゃん。リスカがダメならタトゥーでっていう考えが出るあたり、さてはチミ五十嵐の言葉全然響いてないな?
「えぇ〜、だめ〜? いいアイデアだと思ったんだけどなぁ」
「……何がどういいアイデアなのか分かんないんだけど」
「あー、また校倉ちゃんが文句つけてきたぁ! 麻耶くんどうにかしてぇ〜」
「おい校倉、騎刄ちゃんに楯突くなって。クソめんどいから」
「あぁ〜ん麻耶くんまでひどいっ!」
と結局ベタベタされてしまい、鼻の下がどうしても伸びてしまう俺にゲシゲシ足蹴りを喰らわしてくる校倉。そこまで痛くないうえにご褒美過ぎて余計鼻の下が伸びてしまう、どうもドMです。
にしても何なんだろうかこの状況は。これじゃまるでラブコメの主人公だ。しかも一番さぶい王道真っ直ぐな感じの。いや決して王道ラブコメが面白くないとは言ってないよ、王道があってこその今のちょっと逸脱したラブコメが成立しているわけだし、王道こそがナンバーワンかつオンリーワン、俺たち若輩者は意見することもできないのであり、なんかスーパーオタクモードの校倉みたいになってしまった。
そうこうしている間に俺たちは駅の前にまで歩いてきた。騎刄ちゃんは電車通学らしく、名残惜しそうな顔で俺から離れると、「じゃ、またねぇ麻耶くんっ」とひらひら手を振る。
「あ、それと校倉ちゃん!」
「……なに?」
くるっと華麗なターンを決め、騎刄ちゃんは校倉を向く。サチサチの実を食べ、面倒ごとを察知する能力を手にしている校倉は、露骨に嫌そうな顔で首を傾げた。
しかし騎刄ちゃんはその顔を気に留めることなく、ニンマリ不敵な笑みを浮かべると、ビシッと校倉を指して言った。
「麻耶くんは、ぜーーったい渡さないからねっ!」
そんな捨て台詞を残して、今度こそくるりと踵を返していった。
「「面倒なヤツと知り合ってしまった……」」
このハモリは至極必然だったと思う。
【第10話へ続く】
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