第8話『恋文って言い方、なんかイイよね』

「やべぇ……。校倉あぜくら、マジやべぇよ……」


 この日、俺は久々のラブコメの予感に胸を高鳴らせていた。いや、何度も言うが別にコメディは必要ないんだけれどもね。ラブだけあればそれで俺は十分満足……。だけど、自分のラブする人と笑い合うコメディな毎日という意味であればラブコメと表現せざるを得ないか。

 まあとにかく、それは登校して靴箱で靴を履き替えようとした瞬間のことだ。シューズを取ろうとした俺の手は、そこに入っていたものを目の当たりにし、ガッチリ固まった。


「見ろ! ラブレター入ってる!!」

「……あ、そう」

「反応うっすぅ!? おまっ、このご時世にラブレターだぞ! 恋文だぞ!?」

「うん、そーだねー」


 と相も変わらずクソどうでも良さそうな校倉さん。多分俺も校倉の立場だったらクソどうでもいい反応すると思うからもちろん咎めはしない。

 俺はその可愛らしい柄が描かれた封筒を手に取ってみる。裏返すと、そこには小さく丸々っとした“THE・女子の字”で『麻耶あさやくんへ』とある。君と出会い〜、君とゆく〜、ハッピぃエンドのその先へ〜。あ、どうもサイゲの犬こと合歓木ねむのき麻耶あさやです。マヤって書いてアサヤって読みます。ここらで改めて自己紹介しておかないと名前忘れられそうだったんでしました(謎報告)。

 うん、やっぱりどう見てもラブレター、紛うことなき恋文だ。貰ったことなど過去の人生で一度もないけれど、それ以外の何でもないだろう。というかそう思いたい。


「ヤバい。……え、これマジでヤバくね?」

「……ネムくん。幼稚園児とか小学生がなんでムカつくし腹立つのか分かる?」

「そりゃあ、俺と校倉は小さい子供を可愛がるというごく一般的な人間の心を持ち合わせてないからだろ?」

「それもあるけど、一番の理由は語彙力がないクセに……というか、語彙力ないからこそわーわー同じことしか言わないところだと思うんだよね。言ってること一緒でさ、同じ言葉ずっと繰り返して喚き散らかしてるのって、見ててなんかムカつくじゃん?」

「うん、なるほど?」

「今のネムくん、それだよ」

「……」


 要するにウザいって言いたいんですね。遠回し過ぎるんだよ、スッと言やぁいいじゃん。急いでないんだったら無理に回る必要ないと思うよ俺は。

 ていうかそれもあるんだ……。合歓木ジョーク略してネムジョークのつもりだったんだけど。


「おはよう二人とも。今日は早いのね」

「おっはーゴトアラ」

五十嵐ごとあらし……。悪いが、俺はもうお前との遊びには付き合ってられねぇ」

「どういう意味……?」

「これを見ろ!」


 先日十八禁コーナーへと足を踏み入れていた五十嵐の目の前に、バーンと俺宛てのラブレターを見せつけてやる。

 すると五十嵐は一瞬畑を荒らすカラスが地主のスリングショットを喰らったかのような顔をしたが、すぐに訝しげな目で首を傾げた。


「それ、実は隣の靴箱に入れ間違えたってオチじゃないの?」

「そんなくだらないどころかくだっちゃう冗談は抜きだ! 見ろここに書かれている名前を!」

「マヤくんへ……?」

「ア、サ、ヤ! お前さては俺の名前ずっとマヤだと思ってたな!?」

「そ、そそっ、そんなわけないでしょ!? わたしはがっ、学級委員長なのよ!? クラスメイトの名前は全員覚えてるわっ!」

「にしては動揺がすごいけどねー」


 校倉は呑気なことにあくびがてらツッコミを入れてくる。コイツ、あくびとツッコミを重ね合わせるなんて、やりおるマンだぁぁー!


「でもゴトアラの間違いは仕方ないよ。アサヤとマヤってどっちか分かんないもんね。ミスターマックスとマックスバリュぐらいややこしいもん」

「それ誰が分かるんだよ……」


 あとそのややこしさはまた別の感じだと思うんですが。


「とにかく! これは紛れもなく俺宛てだ。俺に想いを馳せるいヤツがこの学校にいるわけだ!」

「露骨にテンション上がっててウザいわね」

「まあウザいのはいつものことだけど、今日はいつにも増してウザいね」

「なんだってお前ら〜、友達の妹が俺にだけウザいって〜? 誰が彩羽やねーん!」

「言ってないし、しかも妹ポジだし」

「ごめんまったくついていけないんだけど……」


 大丈夫だぞ五十嵐、ついていけない方が普通だから。何なら俺も自分で言っててよー分からんけん。ほら、分からな過ぎてどっかの方言出ちゃった。

 てか話が逸れまくりだ。今回の本題は俺へのラブレターでしょ? なんでミスターマックスとマックスバリュとか友達の妹が俺にだけウザい話になっちゃてんだよ。

 このままテキトーな会話をしていても埒が明かない。俺は封を手でキレイに切って、中に入っている手紙本文を取り出した。

 二つ折りにされている一枚の紙。そこに俺への愛が込められているというわけだ。


「………………」

「ネムくん、読み終わった?」

「あぁ……。……惚れた、付き合うわ」

「早ぁ!? そして惚れやすっ!!」


 五十嵐のオーバーな芸人リアクションはさておいて、いやはやなんて素晴らしい世界なんだ。俺が珍しくそう言うんだ、セミオも思わず漏らしてしまうこと間違いなし。

 おのれ涼介ェ、俺はもう山田担から担降りしたんだ。なのに、あんな演技見せられたらっ、もう一回応援せざるを得ねぇじゃんかよ!

 我ながら話の飛びがすごい。ともあれなんて素晴らしい世界なんだと思ってしまう気持ちに嘘はない。こんなド腐れ外道の俺を好いてくれる人がいる、その事実だけで俺の毎日はもう「ハピネス! ハハッ!(ミ◯キー)」だ。


「ちょっと見して」

「あ、おい!」

「……『麻耶くんへ。

突然手紙なんてごめんなさい。あなたのことを好きな気持ちが強くなるあまり、今にも爆発しそうだったのですが、直接言うのが恥ずかしくて手紙にしました。

私は麻耶くんの全てが好きで好きでたまりません。

優しいところも、勇敢なところも、頭が良いところも、スポーツ万能なところも、とにかく全てが大好きです。

お話ししたいことがあるので今日の放課後、体育館の裏に来てください。

麻耶くんのことをいつも思っています。』だってさ……」

「ふーん……。なんか、何とも言えな過ぎてコメントしづらいわね」

「マジ“ふーん”としか言いようがないよね」

「お前らはラブレターに何を求めてるんだよ」


 校倉の読み上げた俺へのラブレターの内容に、二人とも何故か首を傾げる。

 まったく、どちらもラブレターなんて書いたことないクセに。一体どんな内容なら満足いったんだ。


「いいか? この子はなぁ、すっげぇ恥ずかしがり屋さんなんだよ。でも俺への気持ちは溢れ返りそうなほどに膨れ上がっているんだ。好きな気持ちを伝えたい、けど恥ずかしくて直接は無理。そんな葛藤の末にたどり着いたのが、この恋文ってわけだ!」


 健気でとてもいじらしいではないか。岩柱風に言うなれば、『あぁ、てぇてぇ(尊い)』だ。

 だがしかし、俺の力説虚しく女性陣の顔は何故か引いていた。


「さすがにキモいよネムくん」

「ちょっと妄想し過ぎよねー」

「おいお前にだけは言われたくねぇな」

「んで、今日の放課後行くの?」

「あたぼうよ! 健気なこの子を待たせるわけにはいかねぇ!」

「どんな人が来るかも分からないのに、よく行く気になるわね? ウソ告の可能性だってあるのに」

「いいか五十嵐。俺にはな、ウソ告でイジってきてくれるようなクソウザい友達はいねぇんだよ」

「……なんかごめんなさい」


 謝るな五十嵐、泣きたくなるから。ぼっちボケとして上手いこと拾ってくれた方がまだマシだったよ。

 だがしかし、五十嵐の言い分は一理ある。どんな人が来るか分からないのは、確かに少々怖いところではある。

 行ってみたらとてつもねぇブスがやって来るとか、見るに耐えないブスがやって来るとか、目も当てられないブスがやって来るとかエトセトラ。もうブスじゃなけりゃとりあえず何でもいいようん。


「ちなみになんだけど合歓木くん、好きな女の子のタイプとかってあるの?」

「ガッキーと、あとは吉岡里帆かな? はぁ……俺、源星野に産まれたかった」

「多分っていうか100パーゴトアラは顔の好みじゃなくて性格とか内面とかそういうこと聞いてると思うよ」


 みくりさ……否、滅入莉さん、冷静かつ的確なアドバイスをいただき誠に恐縮です。……俺もガッキーに耳元で「イチャイチャしないの?」って言われてぇ。


「うーん、タイプか……。あんま考えたことないけど、好きになってくれた人がタイプかな!」

「渋谷のギャルかよww」

「滅入莉ちゃん、その発言は全渋谷ギャルを敵に回しちゃうから撤回しようね?」

「あーそうか。ギャルって言っちゃ悪いよね、ギャルってちゃんと言わないと白ギャルとか清楚ギャルまでそのくくりに入っちゃうしね」


 多分っていうか100パーゴトアラはそういうこと言ってるんじゃないと思うよ。チミ、なんか勝手に納得しちゃってるみたいですけど。


「まあ俺はタイプなんてさほど気にしねぇってことよ。今回は特に顔が重要だな、可愛いかブスかちょいブスか。匿名で書いてきてるわけだし、誰なのか分からねぇ。となると全く知らないヤツって可能性もある。その場合、俺が付き合うかどうかの判断基準は顔しかないわけだ。だからゲスいようだけんど、結局顔次第なんだよなぁ」

「思考は安定のド腐れ外道だけど話の筋が通ってて困るわ……」

「仕方ないよ。ネムくん、ド腐れ外道のクセして小賢しいことにハイスペックだから」


 早く放課後になってほしい――その考えしか頭にない俺は、呆れ顔の二人など気にもしないのであった。




 △▼△▼△




 来て欲しくない時にはやけに早く感じるクセに、待ち遠しい時は逆に恐ろしく遅く感じるのが“時間”というもの。50分の授業を六つこなせば終わりだと思ってみても、やっぱり放課後は遠かった。

 しかし現在時刻は午後3時半。帰りのHRも終わりかけだ。

 これが終われば俺は爆速ダッシュで体育館裏へと向かい、そして晴れて今朝のラブレターの子と結ばれる。もう頭の中ではずっとパパパパーンとメンデルスゾーンの結婚行進曲が流れっぱなしだ。


「はい。じゃあ号令!」


 担任が言い、五十嵐のかける号令でHRは幕を閉じた。俺は置き勉しまくってグッディの司会者ばりに薄い黒カバンを引ったくり、体育館裏へと直行。教室を出る時、校倉と五十嵐が何やら話し込んでいたようだけど、気に留める必要もないだろう。

 いやしかし、ちょっと待てよ。

 逸る気持ちによって俺はクイックシルバーに負けじと高速で体育館裏へと走っているが(雲泥の差)、俺は急がなくてはいけない立場なのだろうか。どちらかと言えば、相手よりも遅く来るべきではないだろうか。

 相手にとってしても、来てくださいと手紙に書いたのに先にいられると、なんかその色々と準備ができないだろうし。それに「コイツめっちゃ張り切ってね?」と思われるのも癪だ。実際張り切ってますけどもね。

 だが、結局俺のその思案は全て無駄になった。

 と言うのも、体育館裏には俺にラブレターを書いたであろう人物がすでに待っていたのだ。

 こっそりひっそりと体育館裏を覗いてみると、制服の上からジャージを着た女子生徒が一名。当然ながら後ろ姿だけではまだ判断がつかない。でも可愛いオーラはある。

 やべぇ、なんか急に緊張してきた。ドキドキが、動悸が止まらねぇ!


「こ、こんにちはー」

「ひゃぅっ!?」


 なんと声をかけるべきか迷った末、俺は無難極まりない普通の挨拶を繰り出す。と同時に女の子の肩がビクッと大きく震え、可愛らしい声音が漏れた。

 後ろ姿からのオーラはめっちゃ可愛くて、声も可愛い。順調だ、このまま何事もなく可愛くあってくれ。


「あっ、あぁっ、麻耶くん!?」

「えっと。手紙くれた子って君ですよね?」

「は、はいぃ!」

「その……なんでこっち向いてくれないんですか?」

「す、すみません! 恥ずかしくって、顔がみみ、見れないんですぅ!」

「そ、そっかー」


 えぇ〜、何その恥ずかしがり屋キャラ、超好き。イイよね照れ屋って、顔赤くなるのマジ可愛いよね。


「けど俺、本当に申し訳ないんですけど君が誰だか見当付いてないんですよね。出来れば顔見してほしいなぁ、なんて……」

「わ、分かりました。じゃあもう、勢いで一気にいきますぅ……っ!」

「一気に? それってどういう――」

「――ぇぇい!!」


 俺が問いかけようとした瞬間、女の子は思いっきり身体を回転させてこちらに振り返った。

 振り返った際、小柄な身体に対してかなり主張の強いお胸がたゆゆんと大きく揺れ、視線がそこだけに一点集中釘付けガン見になりかけたが俺は何とか踏みとどまる。

 それよりも、今は朝から問題視していた顔面偏差値についてだ。イイトコメガネを装着し、まずは見た目からチェェーック。

 ツヤのあるキレイで真っ黒い髪はいわゆる姫カットのショートボブ。柔らかくおっとりした印象を持たせるたれ目。ジャージの袖からちょこっとだけ指先を出している俗に言う萌え袖スタイル、なのだがあざとい感じはしない。全体的に溢れ出る隠し切れないロリータ感、いや、胸のデカさも相まって誰が何と言おうとこの子はロリ巨乳、しかも合法。

 うん、ぱっと見の見た目に関しては悪いところはない。むしろ高評価だ。

 さて、問題であり本題の顔はと言うと――。


「……結婚しよう……」

「へ?」

「あっ、いや何でもない何でもない!」


 ――文句無しに可愛いかった。クソブサイクオチが一瞬脳裏によぎらなかったかと問われれば首を縦に振らざるを得ないが、これはその逆をいって無茶苦茶可愛い。

 良いように言えば癒し系、悪く言えば合法ロリ巨乳、小動物を愛でる気持ちで可愛がれるし性的な目で見ればちゃんと欲情できる。こんな良い物件、あのピタットハウスでも用意できない。


「あ、あのっ! ここに来てくれたってことは手紙、読んでくれたんですよね〜?」

「あ、はい。読みましたよ。ありがとう、ラブレターとか初めてだったから普通に嬉しかった」

「ホントですかっ!?」

「うんホントホント。嬉し過ぎて授業全然集中できなかったから」

「よ、良かったぁ……! 変に思われたらどうしようって心配で心配で……」


 心底ホッとした顔の女の子。安心してなのか表情がより一層柔らかくなったように感じる。

 いやー、普通に可愛いなぁ。何でこの子俺のこと好きになったんだろ。そもそも俺この子の名前すら知らねぇし。


「あっ、ごめんなさい! ここ……私、まだ自己紹介してませんよね」


 ハッと思い出したような顔をして、女の子は顔を上げた。そして手を自分の豊満な胸に置き、ニコッと笑う。


「私、騎刄きば心那ここなって言います! 騎士の“騎”に刃物の“刃”で騎刄です! 2年1組ですっ!」

「騎刄ちゃんか。今さらだけど、初めまして」

「あ、はいっ! 初めまして〜!」

「てか2年1組ってことは同い年じゃん。それなら敬語はやめにしない?」

「そ、そうですね……あ、じゃなくて、そうだね。えへへ///」


 照れ笑いを浮かべ、頬を赤く染める騎刄さん。何だよその笑い方、反則級に可愛いんですけどぉ!

 おっといけないいけない。今はまだ平静を保つんだネムくんよ。元号は令和になっても、心だけは平静であるのだ。


「あ、それと騎刃ちゃん、いつも自分のこと心那って呼んでるでしょ?」

「へぇぇっ!? な、なんで分かったの!?」

「いや、さっきから『ここ』って言いかけちゃってるからさ」

「う、うぅ……。高校生にもなって自分のこと名前呼びは引かれるかと思って……///」

「ははっ。大丈夫だよ。俺別に気にしないし」

「ほ、本当ぉ? 麻耶くん、自分のこと名前呼びの女の子、本当に嫌いじゃない?」

「う、うん。本当だよ」


 詰め寄ってこられたことで急に距離が近くなり、少したじろいでしまう俺。何と言ってもその巨乳の圧迫感が凄まじい、押し潰されてぇ。

 ……こんなこと言うとまた気持ち悪がられるから前言撤回しておこう。押し潰されたくはない、ぱふぱふされたい。


「やっぱり、麻耶くんは優しいなぁ。心那、なんだぁ。誰にでも分け隔てなく優しくて、それなのに飾らない麻耶くんが」

「直接言うのは恥ずかしいからって理由で手紙にしたのに、結局面と向かって言うんだ」

「えへへ……///。心那もよく分かんないけど、いざ顔を合わせてお話したら、なんかさらっと言えちゃった」


 そっかぁ〜それは良かった。だよね、俺ってマジ優しいよね。しかも飾ってなくてカッコいいよね。


「嬉しいなぁ、憧れの麻耶くんとこんなにお話できるなんて思ってもみなかったから〜。ラブレター、書いてみるもんだねっ!」

「そだね。そうじゃないと俺、騎刃ちゃんのことずっと知らないままだっただろうから」

「あはは。そんなわけないですよぉ、いつかちゃんと出会うことになったよ〜」

「そ、そうかな?」


 なんだか会話が少し噛み合ってなかったような気もするけど、まあまだ会って話して数分だ。こういうすれ違い通信もあってしょうがない。

 俺が久々に3DSでルイージマンション2をやりたくなっていると、てとてとっと歩み寄ってきた騎刄ちゃんがおずおずといった調子で口を開いた。


「ところでさぁ、麻耶くん。今日来てもらったのは、その、麻耶くんに聞きたいことがあって……」

「ん、なに?」


 ついにきたか。とぼけてみたけれど、何を聞かれるかは察しがつく。

 今彼女はいるのか、そしていないのであれば付き合ってくれないか。きっとこういう内容のはずだ。

 逆に他に何がある? 自惚れんのも大概にしろと思われているかもしへないが、ラブレターを送られて今ここに呼び出されているわけだから、むしろそれ以外に思い付かない。


「え、えっとね……」

「うん」


 胸の高鳴りを抑えるように、騎刄ちゃんは深く呼吸する。

 俺は校倉みたいなSではない。ゆえに女の子を急かすようなマネはしない。ゆっくりでいいよ、緊張するもんね告白って、俺したことないけど。

 しかしながら、次に騎刄ちゃんの口から放たれた問いかけは、俺の予想していたものとは180°以上に違うものだった。やっぱり自惚れでした。


「いつも麻耶くんにくっついてるあの女って、何なの?」

「……あの女? もしかして、校倉のこと?」

「いつも一緒に帰ってる、眠そうな目をした、あの可愛い子」


 あぁ、それなら確チャン校倉だ。例のド腐れ外道と俺を揶揄した彼女と別れてから校倉とはほぼ毎日一緒に帰宅してるし、それプラス眠そうな目したヤツとなると校倉しかいない。

 と言うか校倉と五十嵐以外に俺近辺にいる女がいないわけで、選択肢は初っ端かららんま1/2、いちご50%なのだ。


「校倉は幼馴染だよ。家が隣同士で幼稚園――」

「――に入る前からの付き合いなんでしょ〜? “ネムくん”“あーちゃん”って呼び合う仲だったんだよねぇ?」

「いや俺が校倉のことあーちゃんって呼んでたのは小1までだから! 今は違うから……って、何でそのこと知ってんの!?」

「そりゃあ知ってるよぉ。心那、好きな人のことはなんでも知りたいからとことん調べ上げるもん!」


 いや、だとしても小1の頃のことを一体どうやって調べ上げたというんだ。俺が恥ずかしくなって名字呼びにしたら何故か校倉がめちゃくちゃ不機嫌になって、意地でも私は呼び方変えないと言い今の今まで変わらず“ネムくん”と呼んでいるというサブエピソード、どこかの誰かが特筆しない限り誰も知らないはずだ。

 どうなってるんだ騎刄ちゃんのリサーチ力……。とことん“調べる”ならまだしも“調べ上げる”って、なんか怖い。


「校倉滅入莉とは、幼馴染以外に何の関係もないんだよねぇ? 実は付き合ってるとか、男と女の身体の関係だったりとかぁ」

「ちょ、ちょっと待って! 今日俺をここに呼んで話したかったことって、それなの? 校倉のことについて?」

「うん、そうだよぉ?」

「つ、付き合ってくださいとかそういう話ではなく……?」

「え〜? 何言ってるの麻耶くん。心那と麻耶くんは運命の赤い糸で結ばれてるんだから、それは当然でしょぉ? 心那が手紙出した時点で察してよぉ」

「は?」


 何を言っているんだ? 俺と騎刄ちゃんが付き合うのは当然だって言っているのか? 運命の、赤い糸で結ばれているから?

 俺のコイツヤバいかもしれないセンサーが徐々に働き始めた。ヤバいのベクトルに関してはまだ調査結果は出ていないが、候補として挙げられるのは“ガチもん電波女”か“勘違いストーカータイプ”だ。


「じょ、冗談やめてよ騎刄ちゃんー。運命の赤い糸ってなんだよ〜」

「冗談? 心那、なぁんにも面白いこと言ってないよぉ?」

「……デスヨネー」


 一縷の望みに懸けて騎刄ちゃんに笑いかけるも、騎刄ちゃんにはドチャクソ真剣な顔で首を傾げられてしまった。

 こうなると、候補のどちらかと言うより“ガチもん電波系勘違いストーカータイプ女”説がかなり濃厚になってくる。


「ね、ねぇ騎刄ちゃん。ちなみになんだけど、俺のことどこで好きになったの?」

「えぇ〜? だから、優しくてなんでもできて〜」

「そうじゃなくて! ……で好きになったの?」


 俺が食い気味に言うと、少し困ったような顔をしたのちに、ゆっくりと口を開いた。


「もちろん、1年生の入学式だよ」

「入学式……?」

「覚えてないかなぁ? 階段でつまづいて落ちそうになった心那のこと、麻耶くんが助けてくれたじゃん!」

「あ、あぁ! あの時の女の子、騎刄ちゃん!?」

「そうだよぉ! 麻耶くんてば、やっと思い出してくれたっ? 心那ね、それから麻耶くんのことすっごい意識するようになっちゃったんだぁ。麻耶くんも麻耶くんで心那のこと意識してくれてたよね。心那が麻耶くんのこと見てたら麻耶くんもこっち見てて目が合うことが何回もあったでしょぉ? こんなに目が合うってことは、心那だけが好きなんじゃなくて、麻耶くんも心那のこと好きで、心那たちが実は両想いなんだなって気付いたの。心那ね、その時に『あー、きっとこれが運命なんだなぁ』って思ったんだぁ。麻耶くんが心那のこと助けてくれたのは、運命の赤い糸で結ばれてたからなんだって納得できたの。それに麻耶くんがあの変な女と付き合ってた時も、麻耶くんよく心那と目が合ってたよね。運命の人は心那なのにどうしてあの女と付き合ったのって、その時は心那すごく悲しかったけど、麻耶くん優しいからあの女の告白断れなかったんだよね? だからいっつも心那のこと見てくれてたんだよねぇ? 表面状はあの女と付き合ってるけど、心那のことはちゃんと想ってるからねって、心那に伝えてたんでしょぉ? 心那、嬉しかった。今は離れているけど、心は繋がってるんだって思えたからっ!」

「…………」

「……それなのに、それなのにそれなのに! 麻耶くん、今度は校倉滅入莉とばっかり一緒にいるようになったよねぇ!?」

「…………」

「心那、ぜぇーんぶ見てたんだよぉ? 麻耶くんのこと、1年生の時からずっとずっとずっとずっとずっと、ずぅぅっと! だから知ってるよ!? あの女と別れてすぐ校倉滅入莉とお寿司食べに行ったのも五十嵐あんまとえっちな遊びしてるのも頭打って保健室で寝てたら女子が身体測定しに来て隠れてたことも校倉姉妹と遊びに出かけてたのも! なんで!? なんで心那をのけ者にするのさぁ!! 麻耶くんひどい! ひどいよぉ!」


 ……うん、この子普通にヤバいわ。

 それを察した瞬間、俺は爆速ダッシュで踵を返した。

 触らぬ神に祟りなしとは言うけれど、すでに触っちゃった場合はどうしたらいいんでしょうか。




【第9話へ続く】

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