第4話『反省の色無し!』

 2年4組の教室の窓際の一番後ろの席、そこが俺の今の席だ。そして何を隠そうその前の席が我が幼馴染、校倉の席。

 いやはやこれはもう運命としか言いようがないでしょう。クラス替え後初の席替えで、くじ制にも関わらず前後の席同士になったのだ。もうこれは赤い糸通り越して命綱かなんかで結ばれているに違いない。俺が落ちたら校倉容赦無く綱切りそうだけど。


「いや〜、春はいいねぇ。ポカポカしててホント眠くなるわ。まさに春眠暁を覚えず、処処啼鳥を聞く、夜来風雨の声、花落つること知る多少だなぁ」

「それ、途中で分かんなくなって分かんないんかいって私も分かんないけどツッコミいれるパターンだから。全部言う人そうそういないよ?」


 俺の窓を開けてポカポカ陽気を浴びながらの孟浩然作『春暁』の暗唱に、冷静なツッコミを入れてくる校倉。相も変わらず眠そうで気怠そうな顔だ。

 それもまあ仕方がないと言えば仕方がない。校倉は低血圧という大敵と毎朝戦闘しているのだから。わたくしはあなたがどんなに遠いところへいくさに向かわれたとしても、絶対に待っております。だから、どうか生きて帰ってきておくんなまし……。


「あ、そういやこないだ借りた“スト◯ボ・エッジ”、6巻まで読んだぞ」

「えっ、マジで!? 感想は!?」


 と校倉はさっきまでのローテンションは何処へやら、分かりやすく表情を明るくする。でも分かるよ、自分のオススメしたものを見てもらえるのって嬉しいよね。俺は校倉が常人と同じ感性を持っていてくれて嬉しくもあるし、なんだかホッとするよ。

 ただしかし、俺はこれでも普通にマンガやらアニメやら名の知れたラノベやら結構オタッキー(死語)な趣味に理解のある方だ。よって有名作品はかなり抑えていると自負している。

 そんな俺の初少女マンガの感想と言うと……。


「控えめに言って、平たく言えばって感じだな」

「……えっと?」

「あの蓮くんの彼女……モデルの、麻由香だっけ? アイツが徐々にラブよりもジョブの方に意識が向いていく感じが上手いこと描かれてんだよなー。マネージャーから仕事関係のパーティーに行かないかって言われて、蓮くんとのデート予定日なのにそっち優先しちゃうとことか、雑誌の占いで恋愛運より仕事運見ちゃうとことか、あぁこの女はもう気持ちが恋よりも仕事に向いてるんだなぁ、みたいな。性格悪い感じになっちまうけど、蓮くんと別れた時、やっと別れたかーってなった」


 俺が恥ずかしながらいつぞやの校倉のように長々とマンガ談義してしまうと、校倉はポカンとした顔で固まってしまった。

 がしかし、すぐにハッと我に返り、何やら目元をウルウルさせ始めた。


「ネムくん……私は、ネムくんを信じてたよっ!」

「お、おぉっ? そうか、そりゃどうも?」

「私は信じてた! ネムくんは救いようのないド腐れ外道だけどっ、きっと少女マンガの素晴らしさは分かってくれるって……!」

「うん。そんなに泣きながら言うことでもないんじゃないかな?」

 

 いやホントに、そこまでボロボロ涙流す必要はないんじゃない? 俺が少女マンガの良さを理解できたらそんなに嬉しいかね。

 あと周りからお前何女の子泣かせてんのみたいなホワイトアイが降り注いでる気がするので、迅速に涙を引っ込めてもらえると助かります。それにその自然でナチュラル(同義)なメイクが落ちちゃうよ。


「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくる」

「おぉ。早よ行ってこい」

「うん……」


 おそらくメイク道具の入っているであろうポーチを片手に、校倉はとててっと教室を出て行った。

 最近の女子高生は男子の知らないところで努力しているのね、ホント感心しちゃう、背負い投げ〜。……いや、ここはスッカラケッチ〜の方がいいのか? うーむ、美のカリスマの言うことは俺にはさっぱりだ。あの人見た目の調子良い時と悪い時の差すげぇよなー。


合歓木ねむのきくん」

「え、あ。……おはよう五十嵐ごとあらし


 IKK◯語録についてしんかい6500が潜れる深さよりも深く考え込んでいたところで、誰かが俺を呼んだ。

 声のした方を向くと、そこには例のド変態学級委員長、五十嵐ごとあらしあんまが立っていた。なんと声をかけるべきか迷ったものの、無難に朝の挨拶を繰り出しておいた。


「あなた、今日は来るの早いのね」

「あー、今日は校倉が早起きしてたからな」


 日常的に遅刻ギリギリの俺と校倉は一緒に登校している。それもこれも全て校倉がお寝坊さんなのが原因だ。置いていけばいいじゃないかという意見もあるだろうが、家が隣同士で学校も一緒、小中とそうしてきたのに今になって別々というのも虚しい。

 てなわけで俺は健気にも、自分も遅刻するかもしれないリスクを背負いつつ、校倉のモーニングルーティンが終わるのを待っているのである。人の朝支度見て何が楽しいのか俺にはまだ理解できません、あとバッグの中身な。あくまで個人の意見なんで悪しからず。


「合歓木くんと校倉さんって……付き合ってるの?」

「んにゃ、幼馴染だよ」

「あぁ、そうなんだ。なるほどそれで……」

「それでって?」

「合歓木くん、教室では校倉さんとばかり話しているように思ってたから」


 いやうん、それは俺が友達いないからなんだけどね。他に話す相手いないだけなんだけどね。


「ところで……」

「ん?」

「さっき校倉さんと何か話してたみたいだけど、昨日のこと言ってないでしょうね……?」


 “訝しげな視線”、“疑いの目”、その類のものが俺に突き刺さる。おそらく彼女が俺の元までやってきたのはこれを聞くためだったのだろう。本題はコレだったわけだ。

 むしろ、それ以外に俺に話しかけにくる理由が見つからない。……自分で言っておきながら、なんか悲しくなってしまった。でも幸せなら、オッケーです(ドヤ顔サムズアップ)。


「あぁ、当たり前だろ。俺は約束は守る男だ!」


 これは嘘ではない、単なる正当防衛だ。だって俺言ったら五十嵐に殺されちゃうからね。昨日あんな目されたら嘘でも言ってないよって言うしかない。

 第一、俺には校倉以外に五十嵐の秘密をリークするような相手がいない。要するにクラスに校倉以外話す人がいないから五十嵐の秘密について喋る以前の問題なのだ。


「そう、それなら良いんだけど……」

「心配すんなって。俺は人の趣味には寛容なタイプだ。五十嵐の秘密の趣味も悪くはないと思うぞ」

「あ、ありがとう……///。合歓木くんって、優しいのね」 


 だろ? 合歓木麻耶あさやって男は外面そとづらは優しいんですよ、外面は。根っこの部分はまあ、すこーしだけ捻くれてるとは思うけどね。

 しかし、普通に褒められてしまうとちょいとばかし面映ゆい。普段から校倉にクズだのゲスだのド腐れ外道だの言われている俺にとって、「合歓木くん優しいのね」という言葉はどんなハニートラップよりも効果覿面てきめんなのだ。

 それがクラスの女子(かなりの美人)ともなれば、効果は倍増。高度に訓練された俺でなければ一瞬で恋にズドンしていてもおかしくはない。

 そうなんだよ、五十嵐って普通に美人さんなんだよな。綺麗な黒髪のポニーテール、凛としていてキッとした迫力ある整った顔立ち、出るとこ出てる引き締まった身体。昨日のアレを知らなければ、真面目で和風美人という最強委員長キャラの完成だった。

 創作では可愛ければ変態でも好きになれるが、リアルではそうともいかないのだ。俺もパンツ付きのラブレター貰いてぇ……。


「まあなんだ、俺はいつまでもお前の味方だから――」

「ネムくーん、昨日言ってた五十嵐委員長がド変態って話なんだけどさー……あ」


 校倉ぁ、気付くの遅いよェ……。遠くから見て分かるだろ人がいるの。俺がクラスの人間と喋ってることなんて滅多にないんだから、察してくれよ。


「……」

「……」

「……合歓木くん?」

「……何でしょうか」

「昼休み、時間あるわよね? ていうか、無いとは言わせないから」

「はい……」


 こちらを見ずに用件だけ述べた五十嵐は、すたすたと自分の席に戻っていった。やべぇ、一度も振り返らねぇ。ぜってぇブチ切れてんじゃん。

 いやー、まさか前日知った秘密をその日に暴露してそれが翌日にバレるとは思わなんだ。ホント、世の中なにが起こるか分からないね! 極論、死ぬのは明日かもしれないわけだ。だからみんな貯金なんかせずに日本の経済クルクルしていきましょうや。

 刹那、俺の席の前で立ち尽くしていた大戦犯がしゃがみ込み、俺の顔を覗くようにして言った。


「ネムくん、悪りぃw」

「てめ全く反省してねぇな!?」


 それもまた校倉らしいと言えば校倉らしい、なんて俺も甘くねぇからな?




 △▼△▼△




 待ち遠しい時は長々と感じる時間も、来て欲しくない時は不思議とすぐさまやって来る。

 現在昼休み。今朝に五十嵐の怒りを買ってしまった俺は食堂にやって来た。食堂内を見渡してみると、やはりそこには五十嵐の姿がある。

 と言うのも、4時間目の授業が終わった瞬間、五十嵐は俺にだけ分かるように目配せし、ここに来るよう指定してきたのだ。


「合歓木くんひどい……。ひどすぎるよ……!」


 そして今、目の前に座る五十嵐は、目尻に涙を溜めながら俺を責め立てている。昼食を食べに来ている多くの生徒たちから、俺に白い目がガンガンそそがれていて、非常に帰りたい。

 目の前で女の子が泣き泣き話してるこの感じ。何だろうね、ここ数日の間におんなじような光景見た気がするんだよね。


「何回も頷いて、言わないって約束してくれたじゃない! それがどうして翌日に校倉さんの耳に入ってるわけ!?」

「それは、まあ……ごめん」

「わたしこれからどんな顔して学校に行けばいいの!? 同性の校倉さんにまで知られて、きっとこれからどんどん情報が漏洩していくに違いないわ」

「いや、校倉にはちゃんと言わないように言っておくから」

「それでも漏れて広まっていくのがこういう秘密でしょう!? もうわたし、誰も信用できない……」


 頭を抱え、“THE・絶望”といった様子の五十嵐。それを見て、流石の俺も若干、微々たるものではあるが、申し訳程度には申し訳なくなってきてしまった。

 が、しかし――。


「合歓木くんのこと、信じてたのに……」


 その言葉が、俺に火を付けてしまった。


「あのさぁ」

「な、なによ?」


 俺の声の刺々しさを察したのか、五十嵐は警戒心をマックスに首を傾げる。

 そんな五十嵐に、俺は少しだけ顔を近付けて口を開いた。


「信じてたのにって……ンな簡単に信じる方が悪いんじゃないんですかね?」

「……へ?」

「だからー、たかだか1、2回喋っただけの人間を信用したお前にも非があるんじゃねーのって言ってんだよ!」

「し、信用してあげたわたしにどうして非があるのよっ!」

「あーあーあーその考え方がもうダメだ。どんだけ平和ボケしてんですか委員長さん? あんたアレだな、余裕で開運グッズ買っちゃうタイプだな」

「え゛!?」


 どうやら図星のようだ。“え”に濁点まで付いているのだから間違いないだろう。


「ずっとウジウジウジウジもう俺にどうすることもできない文句ぼやきやがって。それを俺が聞いて何か現状改善できんのかってんだよ! 何が『どんな顔して学校行けばいいの』だよ……俺が知るか! 今俺に文句言うくらいなら校倉に言わないでくれって頼み込めよ! 頼み込んでもダメそうなら金使え金!! 本気でバラされたくなけりゃそれなりの対応しろ!」


 俺の怒涛のごとき逆ギレに、五十嵐は目をパチクリさせる。

 俺はトドメの一撃を喰らわせるべく、一度言葉を止め、呼吸を整え。


「そもそもの話、人に言われたくないようなやましいことをやってたのはどっちだ? 俺じゃねぇ、お前だ!」

「……ぐ、ぐぅ」


 笑ゥせぇるすまんばりに“ドーン!”と指を指して言ってやると、五十嵐はぐうの音しか出すことができなかった。

 ふっ、いい気味だ。言われたくないようなことだと分かってんならやらないでおけば良かった話。結局のところ今回の全ての根源は五十嵐本人にある。

 なので俺の校倉へのリークはあくまでその派生であり、罪にはならない。俺は無罪放免、勝訴の紙をバーンと報道陣に見せつけてやれるわけだ。


「最っ低……! あなた、優しさのカケラもないのね!」

「はぁ? なーんで俺がお前にそんなこと言われなきゃならないわけ? 遠吠えはいいからさっさと負けを認めてご退場願いまーす」

「こっ、このド腐れ外道! 信じらんない!」


 いつかも聞いたその悪口を浴びせられ、五十嵐は足音荒く食堂を出ていった。一人残された俺は天を仰ぐようにしてため息を吐く。はぁーあ、疲れた。

 俺だって知りたくて知ったわけじゃない。それをあんな風にボロカス俺のせいにされるというのは、器の小さい俺にとって許容しがたいわけで。はらたつー(とくダネ風)してしまって、反論せざるを得なかったわけだ。

 まあ校倉は他人のこと興味無いし優しいから俺のように他の誰かに言っちゃうということは絶対にない。俺も校倉以外に話すヤツいねぇし、これ以上広まることもないだろう。

 バレてしまったのは彼女にとって最悪の事態だったかもしれないが、俺にバレただけまだマシだったな。


「ネムくん……」

「おぉ校倉。どうした?」


 いつの間にか後ろに校倉が立っていた。俺は天を仰ぐのをやめ、身体ごと校倉に振り返る。

 すると校倉は、いつもの無表情を珍しく複雑な顔に変化させていた。けど複雑だし微妙な変化だから全然感情が読めん。


「信じてたって、私も今日使ったんだけど」

「あぁ、聞いてたのか……。うん、確かに校倉も使ってたな。でも、校倉は別だ! 俺も校倉のこと信じてるしな!」

「そっか……。なら、いいや」


 俺の言葉を聞いて納得してくれたのか、普段通りのフラットな表情に戻ってくれた。

 せっかく食堂に来たし、なんか食べてから帰るか。俺はそう考えて、席を立ち上がった。

 いやはやそれにしても、言いたいこと言いまくって相手を丸め込ますのはスッキリするなー。今日の昼食はいつもより美味しくなりそうですw。




 △▼△▼△




「合歓木くん、ちょっといいかしら」


 事が進展したのは、その日の翌日の朝のこと。教室に入るやいなやのことである。

 進展と言うか、俺としては完璧に終了したもんだと思っていたわけなのだが、唐突にくだん五十嵐ごとあらしが俺に話しかけてきたのだ。

 やべぇ、一体何を言われるんだろうか。怒っていることは確実だろうし、俺今度こそ刺されるのかな。すでに登校している教室の数人の方々、救急車呼べる準備だけはしといてもらっていいですか?


「わたし、いつか合歓木くんに認められるようなちゃんとした人になるから」

「…………はい?」


 意味が分からない。昨日の今日でこの女は一体何を言っているんだ? 俺に認められる? マジで何の話?


「昨日の合歓木くんの言葉、やっぱりどれだけ思い返しても辛辣で血も涙もないようなひどい言葉だった」

「あ、あぁ。そうだよな、すまん……」

「でもね、わたしこんな性格だから小さい頃から馬鹿みたいに真面目に生きてきて、誰かに注意された記憶なんてないの」

「へ、へぇ〜……」


 昨日の食堂のアレ、もしかして俺からの注意と捉えちゃったんですかね。だとしたら良いように捉えられすぎなんだけども。

 それが良いことなのかそれとも悪いことなのか。分からない、まだ判別がつかない。ここから五十嵐がどう話を展開してくるかマジで検討がつかない。

 シュッシュッシュッ、こっちはシャドーで準備万端、どこからでもかかって来い。


「だからね、その……わたし嬉しかった! 初めて本音をぶつけられたような気がして、すっごく胸に響いたの!」

「ふーん。そうなんだ……」


 な、なんて角度からの攻撃だ。予想外過ぎるぜ。

 ガードもままならなかった俺は五十嵐のその熱意のこもった言葉、キラキラと輝き一直線に俺を見つめる目、そして一歩詰め寄ってきた瞬間フワッと香った謎の柑橘系の匂いに何の対応もすることができなかった。何の匂いだコレは……俺を錯乱させるための毒か何かなのか。

 長い黒髪はポニーテールに結われていて、それが揺れるたびにほわほわ甘い柑橘系の匂いが香る、パチパチとまばたき揺れる睫毛まつげは長く、目鼻立ちはくっきりしていて、美人の要素をいくつも兼ね備えている。あっれぇ何これ、この子普通に可愛いんですけどー。


「ありがとう合歓木くん。わたし、反省したの。あなたのおかげでようやく変われそうだわ」

「そ、そっか。そりゃ良かった」

「うん。だからね、まずはやる場所を変えてみようと思うの」

「や、やる場所?」


 ふにゅん……。


 刹那、そんな効果音が付きそうな柔らかいモノが俺の胸板下辺りに優しく押し付けられた。

 こ、この女、校倉の数倍はあるゾ……!(意味深)。いや違う違う落ち着け、校倉が主張控えめなだけであって五十嵐のコレおっぱいは女子高生にしてみれば普通のはずだ。うんうん、普通普通、一般的だ。だから収まれ我がムスコよっ!

 と言うか何なんだこの状況は。何故五十嵐が俺にこんなに接近して胸を押し付けてきているんだ。後ろは壁、前には女体、逃げ場がねぇ。


「はいコレ、あなたに託すから」

「え、ちょコレなに?」


 突然、俺の手に何かが置かれた。五十嵐の手を経由して手渡されたそれは、小さくて丸い形をしている。五十嵐が密着しているせいで手触りでの確認しかできないが、何やらボタンらしきものも付いていて、何かを操作するリモコンのようだ。

 だから俺は何の気なしに、カチカチっとそのボタンを押してみた。

 その瞬間――。


「ンッ、アッ♡」


 ――目の前の女から、いやな声が漏れた。否、いやらしい声が漏れ出てきた。クソつまんねぇ。

 要するに五十嵐がいきなり喘いだのである。それもかなり扇情的で艶やかに。


「もう……合歓木くんってばいきなり過ぎよぉ……ンッ。えっち……♡」

「お前、まさかコレって……!」

「今わたしが付けてるローターの、遠隔操作リモコンよ……っ! はぁはぁ……ンンっ、ヤバい、もうダメイっちゃう♡」

「待て待て待てもうダメじゃねぇよ!」


 俺は急いで逆側のボタンを連打。すると密着していた五十嵐越しに伝わってきていた微かな振動は止まり、五十嵐の喘ぎも止んだ。

 ふぅ、危ねぇ危ねぇ。危うく女の子をイカせちまうところだったぜ。……なんだこのモノローグ、どこのヤリチ◯だ。


「あぁん、もうちょっとだったのにぃ……。合歓木くん、もしかしてSなの? 寸止めプレイなんて、わたし初めて……♡」

「違ぇよ!!」

「とにかく、そのリモコンはあなたに託すわ。……、一緒に楽しんでいきましょうね」


 それだけ言い残して、五十嵐はようやく俺から離れた。そしてスタスタと自分の席に戻っていく。

 すでに登校している数人のクラスメイトが不思議そうな目を俺と五十嵐、交互に向けているが、俺は呆然としてしまってそんなこと気にする余裕はない。

 ……五十嵐あんま、真面目な学級委員長の皮を被ったただのド変態。まずった、変なヤツと関わりを持ってしまった。


「ネムくん、大丈夫? 顔青白くなってるよ?」


 校倉の心配する俺の顔色とは対照的に、五十嵐の顔は赤く、それはそれは赤く火照っていた。

 うん、とりあえずこのリモコンは早急に捨ててしまうことにしよう。




【第5話へ続く】

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