第2話

この春から凛の通うこととなった私立翔陽学院大学はそこそこ名の知られた大学である。凛自身は勉強が人一倍得意だとか、勉強が大好きだとかそういった優等生というわけではなかった。実際、まともに一般入試による受験をしていたら受からなかったかもしれない。偏差値から考えればギリギリのところだったわけだ。


そんな大学に無事合格できたのもひとえに高校時代の恩師の熱心な指導と推薦のおかげであろう。推薦入試により運良く入学できたことは喜ばしいことである。


何故、この大学を選んだのかと問われれば明確な答えは持ち合わせていない。ただ昨年の夏のオープンキャンパスに訪れたとき、先輩たちが生き生きとして輝いて見えたからだろう。自分もここに通えばそんな人達のようにキラキラした何かが見つかるかもしれないとそう感じたからだ。


キラキラとかワクワクといった青春めいた物に憧れ、気がつけば進路希望の用紙の第一志望の欄に私立翔陽学院大学と書いていた。幸い親に反対されることもなく、ギリギリのラインではあったが担任からもお許しを得て、それなりに努力する覚悟をした。

あとは成り行きとばかりに推薦、ダメならセンター、そして一般と勉強を重ねたのである。そして合格をもらい、晴れてこの大学の生徒となったわけだが、入学式は思いがけない再会と出会いが重なり、あまり実感を得るには至らなかったのが正直なところだ。


入学式が終わり、晴れて翔陽学院大学の生徒として迎えられた新入生たち。


何かを得るためにここにやってきた。何者かになるためにここに立つ。そういったフワフワしたやる気が漲り、漠然とした期待で満たされた風船の様に何処までも昇って行けるような気さえする。誰も彼もこの学び舎で学んだ先にある輝かしい未来を疑いもしていない。


今はそれが正解なのだろう。凛自身も不思議と不安はない。今ここにあるべきなのは希望だけなのだろうとすんなり納得できた。


◇◇◇


入学式を終えた新入生を待っているのはサークルや部活による熾烈な勧誘合戦である。大学の書類やら何やらが入った封筒片手に先輩の熱烈な歓迎とともにキャンパスのあちらこちらにあるブースへと新入生が引きずりこまれていく。訂正。案内されていく。


凛もまた例外ではない。剣道部やアメフト部、漫研によく分からない名前のサークルから声をかけられ、色々見て見たいのでというテンプレを駆使しながら、興味のないものから逃れていく。


「また来てねー!うちらはいつでも大歓迎だよー」


まだ何も知らぬ若者たちが、煌びやかなJDたちに釣られてひとり、またひとりとサークルへと入会していく。


「はーい!2名様ごあんなぁーい」


特に知り合いもおらず、何も決めてはいない凛はそんなやり取りを無関心に眺めていると、自分とまったく同じ様なことを口にする人物が現れた。


「ギラついてるな。どのブースも獲物を見る目で見てるよな。マジで」


それは自分が呟いたのかと錯覚するぐらいに今の凛の気持ちをずばり代弁していた。


彼も新入生なのだろう。凛と同じように真新しいスーツに身を包み、入学式で渡された封筒を抱えている。クセのある短髪に凛より頭一つくらい高い身長。左耳にはピアスと、いかにも強面な風貌で苦手なタイプだ。


つぶやきには同意するが、関わりたくない気持ちが勝る。その場を立ち去ろうと半ば踏み出した足を程なく止めることになった。先程の見た目DQNが凛の肩を叩いたからだ。


「さっき入学式で前の座席にいたよね君。もうサークルとか決めたん?」


初対面とは思えないくらい距離感が近い。気さくで社交的。パーソナルスペースが狭く、コミュニケーションに迷いがない。


話しかけられて無視するのは流石に失礼なので足を止め、振り向いた。


「いや、まだ決めてないよ。ごめん、後ろの席は見てなかった。えっとはじめまして、俺は彩峰凛。社会学部。そっちは?」


「おっと、すまん。入学式でずっと見てたから知り合いになった気でいたわ。加藤時雨。おんなじ社会学部の一年ね」


第一印象とは違い、割と普通に話せるやつだとわかり、安心した。にかっと見せる笑顔がどこか人懐っこい印象で心の中でDQNとかいったことを謝罪する。


「なんかせっかくだから新しいこととかしたくない?面白そうなサークルとかねぇかなって思ったんだけど、先輩たちガチじゃん。ちと、こえーんだわ。今までのとこ。彩峰君よかったら、一緒に回んね?」


「りんでいいよ。俺もひとりだったからその方が心強いかな」


「オケ!俺の事もしぐれでいいわ。んじゃ、適当に回るか」


自然とすぐに打ち解けた見た目DQN。訂正。派手な加藤時雨とサークルを見て回ることとなった。


一人より二人のほうがきっと楽しいだろうと素直に思えた。新しい環境が凛を大胆にしたからかもしれない。

何はともあれ、人づきあいという点をあまり得意としない凛にとって、すぐに友達や頼れる先輩が出来たことはとても運がいいといえた。


◇◇◇


大学という場所は学び舎であると同時にあらゆる感性が集まるコミニュティだ。それを示すように文系、理系問わず多くの部活やサークルが乱立している。中にはなにこれみたいなものも多いが、どれも活気に満ちている。


その中で一風変わったサークルを発見した。サークルに割り当てられたブースの看板には「賢人会」とだけ書かれ、どんな活動をしているのか示すものは全く見当たらず、何これと疑問符が浮かぶ様なものだった。


「賢人会?」


名前からもまったく活動が分からない。MENSAみたいに天才しか入れないみたいなサークルなのだろうか。サブカル系や色モノサークルもいくつか見て回ったがここは謎すぎる。


「なんか面白そうじゃね?ちょっと覗いてみようぜ」


時雨は謎のサークルにもまったく動じた様子はない。凛からしたらこんなのはサークルの名を語ったやばい新興宗教か何かじゃないかと勘ぐってしまうくらいに怪しいのだが。


「いやー、大丈夫か。これ?なんか怪しいヤツな気しかしないけど」


「大丈夫だって。やばかったらすぐ逃げればいいし。な、ちょっとだけだからさ」


こいつはきっと心霊スポットとかでもノリで乗り込むタイプだなとゴリ押しする友人に溜息をもらした。


「わかったよ。なんかあったら時雨を囮に逃げるからな」


「おい!助けろよ。そこは!」


そんな冗談を交わしながら謎すぎるサークル〈賢人会〉のブースを覗いてみると中は割りと普通の見た目のブースだった。屋外ブースなためテントの中に会議机といくつかのパイプ椅子、そしてドリンクサーバとパソコンが2台。


「誰もいないな。休憩中とか?」


「さぁ。わかんないけど誰もいないなら時間の無駄だしほか行くか」


「そやな。ほかに行くべ。面白そうだったんだけどなー」


友人のぼやきはともかく、よく分からない場所から離れられると胸を撫で下ろす凛。


結局なんのサークルか分からないまま、無人の〈賢人会〉ブースを後にしようと入り口を見るとそこに二人、やべぇ奴が立っていた。


ひとりは狐面に和装という出で立ち。もうひとりはスーツにフルフェイスヘルメット。背格好からおそらくふたりは女性だろう。両者ともかっちりと着こなし、スタイル抜群なのだが、見た目がやばい。


凍りつく凛と時雨。


意を決して凛が叫んだ。


「俺たちはサークル見学に来ただけなんで!すみませんでした。失礼します!」


そう言って入り口を塞ぐ二人組の脇を横切ろうと瞬間───


「まぁ、そう言わずお茶でも飲んでいきなよ」


狐面の女性は素早く凛と時雨の肩をつかむと女性とは思えない力で引き止めにかかる。


ヘルメットの方はその場所から動く気配がなく、ただ事態の推移を見守っていた。


こうして凛と時雨の逃走は失敗に終わった。


◇◇◇


今の状況を一言で表すならカオスである。 よく分からないサークルのブースで不審者たちに捕縛され、パイプ椅子にこしかけ、お茶を飲む。


狐面の女性はお茶を紙コップに四人分注ぐと凛たちの対面に腰を下ろした。


ヘルメットの女性は何故か凛の隣。


(逃げ道を塞ぐ気だ。どうする)


(俺に聞くな!なんかあったら怨むからな。時雨)


コソコソとそんなやり取りをするふたりを見ながら、ふたりの女性が被り物を外した。


ゴト。


狐面とヘルメットを置く音で姿勢を正す凛と時雨。凛の口からは怯えた声がもれる。


「そんなに怯えなくても何もしないよー」


そう言ってお茶を啜る女性。狐面を外した相貌はとても可愛らしく、和装なのでお茶を飲む仕草がこれまた良く似合う。紙コップだが。


ヘルメットを被っていた女性もまた、狐面の女性にならい、お茶に口をつける。毒は入っていないのだろうか。


本気でそんなことを思ってしまう。だが出された物に口を付けないのも何だか悪いので、凛もまた乾いた喉を潤した。


便宜上、ヘルメットの方をヘルメットの君、狐面の方を狐の君と呼ぶことにする。


ヘルメットの君は凛たちと同じ新入生。狐の君は三年生でこのサークルのメンバーらしい。

狐がヘルメットを連れてきたという状況に遭遇した構図になる。それこそ狐につままれた気分である。


「入学式で隣だった人だよね。私のこと覚えてる?」


彼女は糸くずを取ってくれた美少女だったのだ。登場時のインパクトが強すぎてすぐに思い出すことが出来なかった。


「君たち知り合い?」


それをきき、何やら狐の君がにやにやとこちらを見ていた。完全に何かを邪推してる顔である。


「たまたま入学式に席が隣合って、彼女が僕についてた糸くずを取ってくれたんです」


それを聞いて殺される心配はなさそうだと警戒レベルを一段引き下げた時雨。それを見てまだ怯えていたのかと呆れる凛。


個性的な面々との出会いが凛の新たなスタートを賑やかなものに変えようとしていた。

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