第三章 腐海に眠りしパンドラの箱 第一話

 かぎあなに鍵を突っ込んで、ガチャリと回す。

 押し開けたドアの中は、真っ暗。

 両親はいつも通りの休日出勤で、午後十時を回っても、帰っていない。

 パチンパチンとろうから順に電気をともしていってから、彼は肩にかけていたリュックをやや乱暴にゆかに落とし、リビングのソファにしずみ込むようにこしを下ろす。

 さっきから引っ切り無しにふるえ続けるスマホの音が、うつとうしかった。

 どうせクラスの連中が、体育祭とその打ち上げの余熱に任せて他愛もないメールを延々と送り合っているのだ。

 しばし通知をオフにしようとスマホを手に取った彼は、クラスのグループのすぐ下に、ここ数年起動していなかったトークグループの新着表示があることに気付いた。

 いぶかしみながらも、タップする。


 Wing『神月、野田の赤白帽ぬすんだでしょ? 見てたよ』


 盗んだ、というおだやかでない単語に、息をのんだ。

 呼びかけられた相手からの返信は、その二分後に届いている。


 神月『その名は二度と呼ぶな』

 神月『盗んでないし。落ちてたのを保管してただけ』

 Wing『落ちてたんじゃなくて置いてたんでしょ? あいつがさがしてた時も知らんぷりしてたじゃん』


 そこまで読んだところで、ちょうど新しいメッセージが着信。


 神月『痛いかつこうで目立ってほしくなかっただけ。帰りに落とし物ボックスに届けたし、盗んでないから』


 ああ……と、共感とあんとほの暗い快感が入り混じった、複雑な感情が胸に広がった。

 わずかにためらった後、彼もメッセージを入力、送信する。


かくしたくなる気持ちわかる。ヒーロー部だっけ? あいつらマジうざい』

 Wing『それな。自分も神月を責める気はないし。むしろよくやったw』


 すぐさま返信が来て、ホッとすると同時に何とも言えないなつかしさに包まれた。

 口元をゆるませながら、まっていたうつぷんを晴らすように文字をつづる。


『痛くて見てられないよね。かんちがい集団、調子乗りすぎ』

 Wing『あいつらがなんかやるたび、ぞわぞわする。しやりようせいきゆうしたいレベル』

 神月『マジでごうもん……見てるこっちが、しゆうしんに殺される』


    ***


「お前たち、そんな装備でだいじようか!?」

「「「「「大丈夫だ、問題ない」」」」」

 野田君の呼びかけに、声をそろえて返答する部員一同。

 エ、エルシャダイ……! また懐かしいなパート2。


 場所は部室の前。

 みんなマスクとエプロン、さんかくきんを身に着け、雑巾やはたき、ほうき等をまるで武器のようにビシッと構えてポーズをとっていた。

 今日はヒーロー部創立およそ一周年、ということで、節目のおおそうをすることになったのだ。

「ファーストアニバーサリーでやることが大掃除って……」

「寒くなると水仕事はつらくなるから、今がベストシーズンではあるよ」

 ぼやく厨君に、実感がこもったコメントをする九十九君。


「じゃあ、せんとう開始ー!」

 ドアを開けて、野田君を先頭に、ぞろぞろと中に入っていく。

 みんな体育祭の準備でいそがしかったから、部室に来るのは十日ぶりだった。

「久しぶりに見ると、すげー散らかってるっスね……」

「エントロピーは増大する……」

 虎之助君がぜんとしたように言い、中村君がまゆを寄せながらつぶやく。

 慣れてしまって気づかなかったけど、いつのまにか床にもたなにも物が溢れかえっていた。

 さて、どこから手を付けたものか……。


「掃除の基本は上から下、奥から手前だけど、まずは溢れてる物を全部入り口前に集めよう」

 部室に入って四分の一ほどのフローリングスペースに新聞紙を広げながら、そんな指示を出したのは九十九君だ。

「収納場所がないから散らかるんだよ。収まりきらないものは捨てるか、各自持ち帰ること」

 なるほど、さすが日常的に家事をやってるだけあって、ツボをわかってる感じ。

 ちなみに彼が愛用しているかつぽうは、二年前の誕生日に美琴ちゃんチョイスで姉妹弟きようだいのみんなからプレゼントされたものなんだって。厨君情報。


 てなわけで、まんや雑誌、筋トレ道具、ぬいぐるみ等、床に落ちてるものを移動する作業から始める。

「なに、これ……」

 小さな手帳が落ちていたので開いてみたら、


『見つめたオマエのひとみBlueブルーどこまでもんだ秋の空

 Ohオー Sky-blueスカイブルー Babyベイベー 切ないね Bluesブルース ひびき合うTruesトウルース……』


 なんかヤバい詩が書いてあった。

「ああ、それは俺のポエム帳だ」

 ずかしがる様子もなく名乗り出たのは厨君。

「見つけてくれた礼に、読む権利をやろう。自分で言うのもなんだが、けつさくぞろいだぜ」

「いりません」


「おっ、しゆけん発見! 懐かしいな~、こうかん祭の時買ったんだよな!」

「あのクイズ大会では竜翔院がだいかつやくだったよな」

「フッ、くらの山ではギルディバランが復活しかけて、ずいぶんとエネルギーをしようもうしたがな」


「これは……七夕フェスタの時に配ったビラだな」

神輿みこしを作ったり屋台をほうじよしたり、なんだかゆうきゆう昔の記憶メモワールのようじゃ……」

「あの時の兄貴とたたいたたいはサイコーに熱かったぜ!」


「こっちは去年の文化祭の劇の台本だね。オレの馬の名演、部長に絶賛されたっけ。ただ舞台いたたたずむだけでしばを支配してるって──」

「わ~、懐かしい。一位が取れてすごくうれしかったよね。あの後すぐ演劇部にも部員が入って……って、だよ、みんな、めっちゃありがちなトラップにはまってる!」


 ついつい思い出話にひたってしまっていたところから我に返り、再び作業にもどるけど──

「うわ、お宝発見♪ んー、どこがいいかな~」

「高嶋君、見つけたポスターをかべるのは後にして!」

「えーと、次は線Cを山折りにして……」

「野田君、雑誌の付録のロボを組み立ててる場合じゃない!」

「くっ、やはりこの絵師は、神……!」

「莉夢ちゃん、BL読み始めない!」

 油断するとすぐみんな遊び始める。


「つーか木下、お前、どんだけ私物を持ち込んでんだよ!」

 虎之助君がてきする通り、部室の奥の一角はいつしか莉夢ちゃんの商業BLや同人誌が高層ビル群のように積み上げられ、うっかり足をみ入れたら多大な精神的ダメージを受けかねない、ある種のかいとなっていた。

「ふん、仕方あるまい、今日だけはわらわの宝物にれることを許可しようぞ。みなの者、さっさと運び出すがよい」

「てめーも働け!」


 大量のBL本のかげには、答案用紙、DVD、まさかのガスマスクなんてのも落ちていた。

 野田君がゴミ捨て場から拾ってきた品らしい……なんでもかんでも拾ってくるんじゃありません!

 そして、そんな腐海の一番奥から姿を現したのは、小型の段ボール箱。

「なんだっけ、これ?」

「あ、あれだ、『なんでも箱』。前は忘れ物や置き場所がない物、持ち主がわからない物はとりあえずここに入れることにしてたんだよ」

 高嶋君の説明に、そういえばそんなのあったなと一同、うなずく。

 BLの山にもれてすっかり存在を忘れていたけど……段ボールの一番上には、だれかのパーカーがかぶせてあった。この箱もひとまず入り口のところに運んでおくことにする。



 ゆかに物がなくなると、分担して窓や壁、ドア、本棚、照明などの掃除にとりかかった。

 私はカラーボックスを担当。動かしてみたら裏側にほこりがいっぱいまってて、さらには昨年度の節分に豆まきした時の豆がすうつぶ、転がっていて、ビックリした。

 あの時ちゃんとそうしたつもりだったけど、まだこんなところに残ってたんだ……。


「このガラスも空良ちゃんの心のようにくもりなくとうめいに……って思うのに、なんかけば拭くほどよごれる気がするよな~」

ぞうきんはどうしてもあとが残りやすいからね。窓拭きにはこれがオススメ」

 顔をしかめる高嶋君に、九十九君がリュックから青い布を取りだしてわたす。

「マイクロファイバークロス。水拭きだけでれいになる。拭き方はコの字をえがくようにしていくとムラがなくなって効率的だ。最後はこっちのかわいたクロスで仕上げをするとピカピカになるよ」


「拭いても拭いても消えないこのシミは、よもやこの部屋の以前の持ち主ののろいとえんこんみついたものだから、か……?」

「壁のシミはじゆうそうを水にかして拭き取ると落ちやすい。重曹も持ってきてるよ」


「零、サッシのみぞのゴミを取るいい方法ハウツーってないか?」

「そういう時はこれ──マ●イ棒! 割りばしの四分の三に古着を巻いて輪ゴムで留めただけだけど、細かいすきの掃除にめちゃめちゃ便利なんだ。あと、ゴムパッキンのカビはカビ取りざいつけた後キッチンペーパーとラップでみつぷうして二、三十分放置すると、取れにくいカビも綺麗に落ちるから」


 リュックから便利アイテムを次々と出しながらよどみなく応じる九十九君に、「おお~」と周囲から尊敬のまなしが注がれた。

「すごいぞパープル、掃除の達人!?」

「よっ、家事のエキスパート!」

 飛びめ言葉に、フフンと鼻高々になる九十九君。

「まあお前たちとはごろけんさんちがうっていうか? 別段これくらい大したことじゃないけど……」

 ほおを染めながらハンディーモップで本棚の上をはたいていたら、不意に細長いものが彼のかたにボトリと落ちてきた。

「ギャアアアア、なんだこれなんだこれ!?」

 取り乱しながら九十九君が床に投げつけたのは──へびがら!?

「なんと……」と莉夢ちゃんが目を丸くする。

「以前、しろがねを連れ込んだ折、だつしていたのじゃな……」

「お前、好き放題やりすぎだろ!」


    ☆★☆


 そんなこんなでトラブルはありつつも、九十九君のオカン力に助けられながら一通り掃除はしゆうりよう

 あぶれていたものも、捨てるものと持ち帰るものに分類し、すっきり整理せいとんされてピカピカになった部室で──

「あとは、これだけか……」


 部員たちの視線が集まる先には、『なんでも箱』が置かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【最新刊発売記念!新章1巻試し読み大増量!】厨病激発ボーイ/藤並みなと 原案・れるりり(Kitty creators)、著・藤並みなと/角川ビーンズ文庫 @beans

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ