第17話 厳格な父を持つ剣道場の娘さんはお金にお困りのようです。


「よし。出来上がりっと」


 ベーコンエッグとサラダを三人前。

 内、ふたつはサランラップを敷いてっと。


「……ふぅ」


 にわかに信じられないが、あの女。泊まったんだよな。

 一泊だけのパジャマパーティーならまだしも、この家に住まうつもりで……。


 いやはや。さすがにまずいよな。

 親御さんの元へどう帰せばいいのかを真剣に考える必要がある。


 呑気に朝ごはんを作っている場合じゃない。


 なんて思っていると──。


「あっれ〜。いい匂いじゃなぁ〜い。卵料理かしら?」


 まさかのシンフォニーが現れた⁈


 嘘だろ? 今何時だ? ……まだ6時30分をまわったところじゃないか。こんな朝早くに起きて来るってことは……。


「もしかして、学校に行くのか?」


 いや! もしかしなくてもそうだろ! 

 俺はなにかを誤解していた。家出をしているとは言っても学校へはちゃんと行っているんだ!


 であれば、話は大きく変わる。


 今はただ、親子喧嘩をしているだけ。とかそんな感じの緊急性をそこまで要さないやつ!


「は? 学校? 行くわけないでしょ〜。天界の聖騎士学校を首席で卒業した学園始まって以来の才女であるわたしが、どうしてノーマルヒューマンの世界で学校に通わなければならないのよ。愚弄するのも大概にしなさいよね。まっ、今のは昨日のコロッケに免じて、聞かなかったことにしてあげるわ〜。感謝なさーい」


 だよな。世の中そんなに甘くない。そういえば、この間も似たような淡い期待をしたっけ。


 ……はぁ。


 に、しても。朝から、このノリはキツイな。

 可愛い可愛い小学三年生のカリンが言うならまだしも、こいつは俺と大差ない年齢だからな……。


 構うのはやめだ。


「ああ。そうかよ。俺は忙しいんだよ。用がないなら邪魔すんな」

「は? 用ならあるわよ? 用もないのにあなたの顔を見に来るわけがないでしょう? 本当におめでたい脳みそをしているのね」


 言いながら朝食に作ったベーコンエッグをじーっと見つめていた。


 ……ったく。腹の虫が鳴いて起きて来たってわけか。だったら素直にそう言やいいのに。


「それ、お前の分だから勝手に食っていいぞ」

「あら。そうだったの? イケ好かないノーマルヒューマンのくせに分だけは弁えているのね。なにを言われるわけでもなく、崇めるべき至高の存在であるわたしに朝食を用意したこと、褒めて遣わすわ」


 ……もういい。朝は忙しいんだ。構うな。


 ニッコニコの笑顔でダイニングテーブルに座ると、小さな声でそれでいて体は深く、感謝を込めるように「いただきます」をした。


 やはり厳格な父に育てられた剣道場の娘ってところだろうか。

 ふざけたことばかりを言うわりには、礼儀作法というか……。なんかそういうのは体に染み付いているっぽいんだよな。


 まぁ……。せっかくだし俺も朝食にするか。


 食べているときのこいつは静かだしな。







 +++


「ごちそうさま。本当にあなたって料理得意よね〜。ついついうっかり、お店に入った気分になってしまうのだから、不思議だわ」


 う、うん。時間がない中で作ったベーコンエッグをこんなにも褒めてくれるのだから、悪い気はしない。むしろ嬉しいし、作り甲斐もあるってものだが……。調子が狂うんだよな。


「あら。あなたも食べ終わったのね。それなら洗い物をするからよこしなさい」


「お、おう。……頼んだ」


 口は悪くて厨二病だけど、悪い奴ではないんだよな……。だから余計に対応に困る。


 とりあえず、こいつが洗い物をしてくれている間に食後のコーヒーでも淹れるかな。……二人分。






 +++


 そんなこんなで不思議なもので──。

 一緒に朝食をとり、一緒にコーヒーを飲んでいた。


 カリンが学校に行かなくなってから、朝は一人が当たり前になった。

 ……だからなのか、不思議と要らないことを言ってしまう。


「そういやあれだぞ? べつに食べ終わってすぐに洗い物をしなくてもいいんだぞ? 昨日はたまたまそうだったというか、カリンは……ご飯を食べ終わるとすぐに自分の部屋に行っちまうからな……」


「あら、そうなの? カリンの部屋よりもここのほうが広くていいのにね?」

「そう思うか? だったら…………あ、いや。なんでもない」


 ……なにを言おうとしているんだよ、俺。


「途中まで言いかけて口をつぐむのは失礼よ?」

「いや。いいんだ。本当に……。なんでもないんだよ……」


「あら、そう。まっ、この非礼は美味しい卵料理に免じてなかったことにしてあげるわ。感謝なさーい」


 ……うん。構うのはやめだ。朝は時間がないんだよ。そろそろ洗濯機が回り終わるから干さないとだし、ゴミ出しだってしないとな。今日は月に一度の危険物の日だ。


 なんて思っていると、シンフォニーにしては珍しくも、少し申し訳なそうに口を開いた。


「で、要件なのだけれど。……お金を貸してほしいのよね。200円」


「……は?」


 今なんて言ったんだ? 聞き間違えたか?


 俺がそんな顔をしていたからなのか、シンフォニーは続けて話した。


「えーとね……。昨日の夜に、カリンと今後について話し合ったのよね。その結果、やっぱりお金は必要だってことになったのよ。わたしと違ってカリンは元々この家の子だから、生まれながらにして穀潰しになれる権利があるけれど、わたしは違うでしょう?」


 ご、穀潰し?! なにを言いだしているんだこいつは!


 あっ……! そういえばカリンも似たようなことを言っていたな。……そうか。お前の仕業だったのか……。とんでもない言葉を教えやがって。だからカリンは色々と気にして、家のものを食べようとしないわけか……。


 ……それにしても、穀潰しってなんだよ。


 確かにお前の年齢でプー太郎なら、言われても仕方がないかもしれない。

 厳格な父を持つ剣道場の娘なら尚のこと。けど、カリンは九才だぞ? どこの世界に子供相手に穀潰しって言う保護者が居るんだよ! 居てたまるかバカヤロウ! しかも穀潰しになれる権利ってなんだよ! 


 まあ、でも。こいつだってまだ未成年。子供だ。それは俺も同じ。いくらなんでも、たとえ親であっても穀潰し呼ばわりは酷過ぎるよな……。


 なんだかこいつが厨二病に目覚めて家出をしてしまった理由の一端を垣間見ている気がする。


 剣道場の娘でいることに、疲れてしまったのだろうか。


 だから厨二病を拠り所にしているのだろうか。


「ねぇ、聞いているのかしら? 200円を貸してほしいのよ」


 うん。とはいえ、おかしいな。

 聞き間違えではなかったということか……。


「まぁ、べつに構わないが。なにに使うんだ?」


 子供におこづかいをあげるのとはわけが違う。そもそもこいつは子供であって子供ではない。


「それについては、使い道を言ったら貸してくれないってカリンが言うのよね。だから、ね? なにも聞かずに貸してくれないかしら?」


 おいおい。そんなことを言われたら貸せるわけがない。……とは思うも、200円。


 駄菓子屋……。とかか? カリンも一枚噛んでいるみたいだし。それならべつに……。う、うーん……。


「はぁ。仕方がないわね。今回だけ特別に聖X騎士団、団長であるわたしが頭を下げてあげるわ。共に戦地を戦い抜いた友のためならば、たとえ愚かなノーマルヒューマンであっても、頭を下げることを厭(いと)わない。まっ。墓場に入るそのときまで、生涯の幸せな思い出として末代まで語りなさい。誇っていいわよ? だから早く貸しなさいよ」


 言っていることは相変わらず意味不明だけど、どうしても必要なお金っぽいな。


 プライドの高いこの女が200円のために頭を下げるなんて余程のことだ。


 なにより。べつに駄菓子屋で友達と遊ぶために200円が必要だっていうのであれば、快く渡すんだけどな。


 そもそもカリンの毎月のお小遣いは500円だ。それをあの夏の日から、一度も受け取っていない。


 ……あぁ、そうか。そういうことなのだろうな……。


 だからお金の使い道を知ったら俺が貸さないって思っているのか。


 ……やるせないな。そんなの、あるわけがないのに……。

 

「わかった。べつに返さなくていいからな」


 財布の中から百円玉を二枚取り出すと、シンフォニーはバサッと奪い取り、横髪をかき上げた。


「フンッ。これがこの世界の通貨なのね。普通に鉄くずじゃない。まっ、恩にきるわ〜。これでもう、あなたに用はないから去っていいわよ〜」


 なっ⁈


「で・も。騎士団長として、ノーマルから施しを受けるなんて生きながらにして死んでいるほどの恥だわ。だからこのお金は100倍にして返してあげる」


 ……ったく。どこまでも厨二病なやつだな。


 ひと言「ありがとう」って言えば済む話だろうが。


「あぁ、そうかよ。俺は忙しいんだよ。用が済んだならもういいよな」


「ふんっ。まぁ、次からは穀潰しではなく正当な権利として、あなたの作る美味しいご飯を食べさせてもらうわ。覚悟してなさい。ちなみにわたしは鳥の唐揚げが好きよ?」

 

 って、やば! もうこんな時間じゃねーか!


 構うのはやめだ。まじで高校に遅刻しちまう。


「ちょっと! 話は最後まで聞きなさいよ! 手羽先でもいいのよ? 焼き鳥でも!!」







 +++


 このとき、お金の使い道を聞かなかったことを後悔する。


 俺はてっきり駄菓子屋で遊ぶものだとばかり思っていた。


 まさかにも宝くじ売り場のスクラッチを買って、一攫千金を企んでいるとは思いもしなかったんだ。


 カリンは僅か九才にして、働かずにしてお金を得る、間違った手段を覚えてしまう──。


 レオナ・ル・なんちゃらー。


 この女は、とんでもない豪運の持ち主だったんだ。

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世界一可愛い俺の妹(小学三年生)が『異世界帰り』を自称した。そして右手に『ドラゴン』が眠っているとまで言い出した。……う、うん。中二病に目覚めちゃったかな? 兄として、そっと寄り添ってあげよう おひるね @yuupon555

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