第10話 ふたつのランドセル(前編)


 翌日、学校帰りにスーパーに寄り、久々にお菓子売り場にも足を運んだ。目的はもちろん、カリンのお菓子入れをパンパンにするため!


 あぁもう! 溢れんばかりに詰め込んでやる!


 “こんなに買ってきてバカじゃないの?

 なら……ひとつだけ。”


 とか言うかもしれないし!


 邪神龍チョコは欠かせないよなぁ〜。あと邪神龍ポテチもな! 


 お菓子を選んでいると、ランドセルを背負った女の子二人組がお菓子コーナーに入ってきた。


 何やら意味深な会話が聞こえてきたので、気付いたら俺は聞き耳を立てていた。


「ねぇしずくぅ〜、少しだけ行こうよぉ!」

「だめ。先生も言ってたでしょ」

「でもさすがに二週間はおかしいって」

「ねえこの話何回するの? 先週から陽菜ひなはそればっか」

「だって夏休みの後半から会ってないし。全部予定キャンセルだよ? 学校に来なくなったのが二週間なだけで、それ以上だもん」

「……だとしても、先生が行っちゃダメって言うんだからダメなの」


 随分深刻な会話だな。かれこれ一ヶ月も会えてないのかぁ。大丈夫かよ。なんか色々怪しいだろ。


 それにしても雫ちゃんに陽菜ちゃん。聞いたことあるような名前だな……。


「もう雫には言わない‼︎ わたし今からカリンちゃん家行っちゃうもん」


「ガハッゴホッ」


 むせてしまった。

 渦中の人物はうちの妹かよ!



「なんか危ないよあの人。さっきからチラチラ見られてた気したし」

「うん。いこ」


 ど、どうする。こんなチャンスもうないかもしれない。カリンのことが知りたい。……知りたい。


 でも、カリンに隠れてこんな勝手、許されるのか……。いや、このまま放っておけばうちに来てしまう。かも、しれない。


 来られるのはまずい!


 そ、そうだ。これはカリンのため!


 ──およそ、間違った判断だとわかっていても止まることはできなかった。



「あぁっと! ちょっと待った!」


「大声出しますよ?」


 とても鋭い返答だった。

 ジト目がクールなこの子は、えっと確か……雫ちゃんだったかな。


「待て待て。俺はカリンのお兄ちゃんだ!」


「えっ! カリンちゃんのお兄さん⁈」


 目をキラキラさせて近付いてきたこの子は陽菜ちゃんだな。


「陽菜。騙されちゃダメだよ」

「ううん。運動会のとき見た気がするもん。カリンちゃんのお兄さんってこんな感じの人だった!」


 うんうん。俺も言われてみれば、カリンの近くに陽菜ちゃんみたいな子が居たような気がする!


 ……たぶんな。たぶん。


「陽奈。この男の顔を良く見て。どこにでも居そうな顔してるでしょ? だから気のせい」


 雫ちゃん……か。

 この子はしっかりしてるなぁ。きっと、俺のことを不審者か何かと警戒しているのだろう。これだけしっかりしてれば親御さんもさぞ安心だろうな。


 とは言え、うちのカリンだって負けてないけど。へへへ!


「危ないよ。ニヤニヤしちゃってるし」

「でも、悪い人には見えないよぉ! カリンちゃんのお兄さんだって言ってるし!」


 ハッ‼︎ いかんいかん。


「雫ちゃんはしっかり者だなぁと思ってね!」


「初対面でいきなり、“ちゃん”呼びとか引くんですけど。そもそもなんでわたしの名前知ってるんですか?」


「えぇっとね。カリンからよく聞かされてたからね。俺はお兄ちゃんだから。名前くらいは知ってるさ!」


「ふぅん。どうだか」


 そう言うと雫ちゃんは嫌悪にまみれた蔑んだ視線を向けた。上から下まで物色するように見てくる。どれだけ俺は警戒されているんだ……。


 そんな雫ちゃんとは打って変わって、陽菜ちゃんは俺の腕に抱きついてきた。


「ねえねえお兄さん! わたしは?」

「え?」

「なーまーえ!」


「ええっと、……陽菜ちゃんかな?」

「せいかぁーい! えへへ! もう一回呼んで!」

「陽奈……ちゃん!」

「せいかぁーい! お兄さんすごぉーい!」


 満点の笑顔いただきました。謎に褒められました。

 何故だかわからないけど、とてつもなく好かれている。……これはきっとカリンが『うちのお兄ちゃんはねっ!』とかたくさん自慢したせいだな〜。うんきっとそうだ! へへへ。


「またニヤけてるし。ほんと危ないよこの人。行くよ陽菜」

「え。ちょ、ちょっと!」


 雫ちゃんは陽菜ちゃんの腕をガサッと掴むと、逃げるようにこの場から立ち去った。


 ……どんどん離れていく。離れ行く二つのランドセル。


 これで、終わりなのか……。


 カリンが学校に行かなくなった理由、わかるかもしれない。でもこんなこと、カリンの許可無くして許されるのか。


 ──いけないことだとわかっていても、俺の足は正直なもので気付いたら追い掛けていた。


 ちょうどお店の外に出たところで、声を大にして叫んだ。距離三◯メートル!


「待ってくれ‼︎ 俺は本当に、カリンのお兄ちゃんなんだよ‼︎」


 雫ちゃんはあまりの大きな声にビクッと立ち止まると、こちらを振り返った。その顔は先ほどの嫌悪にまみれた蔑んだ視線に、疑いの眼差しがブレンドされていた。


 陽菜ちゃんは何故か「おぉー!」と拍手をしてくれた。


 夕方ということもあり、人の行き来もほどほどなスーパーの入り口付近。

 突き刺さる視線は、なにも雫ちゃんからだけじゃない。


 それでも、形振りなんて構っていられない。


 俺は、お兄ちゃんだから!


 陽菜ちゃんに諭されるように、雫ちゃんは俺のもとへと来た。そして、大きなため息をついた。


「じゃあ、いくつかカリンちゃんのことで質問していいですか? 外した瞬間、この紐引っ張りますけど」


 雫ちゃんが取り出したのは防犯ブザーだった。


「ああ。俺はカリンのお兄ちゃんだ。なんだって答えられるぞ!」


「そうですか。じゃあカリンちゃんの誕生日は?」


「6月2日!」

「正解。身長と最近ハマってるアニメは?」


「124cm。邪神龍 on the カルシウム!」


「……正解」


 腑に落ちないような声でそう言うと、今度は眉をひそめた。


 ここで引き下がるわけにはいかない。

 全部正解したんだ。兄の証明はできたはず。……ここは攻める!


「カリンの事なら何だって知ってるぞ。お兄ちゃんだからな! 産まれたときの体重だって言えるぞ!」


 親指を口に当て、なにやら考え込む雫ちゃん。


「…………ここまで知り尽くしてるとなると、計画的な犯行ですか? ……ストーカー?」


 な⁈

 これでは正解した意味が問われてしまう。


 でも雫ちゃんは防犯対策バッチリだな。

 ストーカーならおののいて逃げているところだ。とは言え、雫ちゃんの疑いを晴らさないことには前へ進めない。


 どんな些細なことでもいい。カリンのことで何か知っているなら、教えて欲しいんだ……。



「もぉいいでしょ。本物のお兄さんだよ」

「ダメ。まだわからない。詐欺師は狡猾だってお母さんが言ってた」


「こーかつ? むずかしい言葉わからないぃ!」


 うんうん。陽奈ちゃんの反応。これこそが普通の九歳。久々の感覚にホッコリしてしまうなぁ。



「お兄さんさ、いま時間ある?」

「大丈夫だよ。どうかしたかな」


 そう言うと陽奈ちゃんはランドセルを下ろし、何やら手帳のようなものを取り出した。


「なら、カリンちゃんに手紙書くー」

「……ちゃんと届く保証はないけど。陽菜がそうしたいなら付き合うよ。どうせ言っても聞かないだろうし」

「さすが雫。わかってるぅー!」


 うんうん。いい子たちだな。


 ◇◇

 十分経過。あれ、結構時間掛かるのな。


「良かったらそこのカフェいく?」


 通りの向こうにあるカフェを指差しながら言うと、陽菜ちゃんは首を横に振った。


「いい。おこづかいなくなっちゃうもん」


「遠慮しなくていいんだよ。カリンの大切なお友達だ。好きなもの頼んでいいぞ」


「え。ほんとに? お兄さん優しい!」


 会話を隣で聞いていた雫ちゃんの目尻がピクり。


「この人がカリンちゃんのお兄さんって証拠ないし。知らない人についていっちゃダメってママにも先生にも言われてる」


 なるほどなるほど。

 お母さんと先生の言いつけをしっかり守れる良い子だ。


「カフェなら店員さんも居るし、冷房もきいてる。ここより安全だと思うぞ。何より、妹への手紙だ。兄としてこんなに嬉しいことはない。ぜひ、ご馳走させてくれ」


「最近の誘拐犯って手が込んでますね」


 ついに誘拐犯へとジョブチェンジしてしまった。

 雫ちゃんとは話せば話すほど関係が悪化しているような気がする……。


「わたしはいくぅ! お兄さんのこと気に入っちゃったし。そだ、お店入ったらID交換しよ? あそこのお店ね、Wi-Fiあるから!」


 まて。九歳だろ。これはどういう会話なのかな。


 話を逸らして回避せねば。

 相手は九歳。カリンのお友達とは言え、ID交換なんてしたら倫理的にアウトだ。


「すごいね。もうスマホ持ってるんだ。うちのカリンは持ってないぞ」

 

 俺の言葉に反応して雫ちゃんがなにやら意味深なことを言い出した。


「うちらのグループで持ってないのカリンちゃんだけですよ。お兄さんなのにそんなことも知らないんですね」


「へ、へぇ。そうなんだ。それは知らなかったなぁ……」


 あれ……。

 そうだったのか。……聞いてないぞ。


「ヒナはねっお家Wi-Fiでパパのお下がりスマホ使ってるの! カリンちゃんもいずれはお兄さんからお下がりのスマホもらうんだーって言ってたよ!」


「おぉ、そうかそうか! あともう少しかな」


 あれ……。

 そんなこと、カリンからは一言も聞いてない。


 そもそもうちには、お家Wi-Fiとやらがない。機種変更して今使ってる俺のスマホをあげたところで……。


 あぁ。きっと、ぐるちゃとかあるんだろうな。


 どうして気付いてやれなかったのか。


 ──心の中で大きなため息をひとつ吐いた。


 ◇◇◇


 カフェに入り席に着くと、陽菜ちゃんはスマホを取り出した。


「ねえお兄さん、スマホ出して。ID交換するよ!」

「あ。いや……ちょっとそれは……」


 陽菜ちゃんもこれで結構、グイグイ系だなぁ。


「やっぱりね。誘拐犯だから足を付けたくないんですね。こんなところで答え合わせするなんて。おまわりさん近くに居ないかな。そっか。110番でいいや」


「ああああ! ID交換しようねえ! カリンのお兄ちゃんで登録して!」


「やった! お兄さんの連絡先ゲット!


 陽菜ちゃんとのID交換が終わると、雫ちゃんが少し申し訳なさそうに口を開いた。


「誘拐犯ではなかったのですね。考え過ぎでした。お兄さん、ごめんなさい」


 なるほど。こんなことで信用してくれるのか。

 こんな……こと。本当にそうなのか……。


 でもすごいなこの子は本当に。ちゃんとごめんなさいもできるのか。うんうん。


「大丈夫だよ。雫ちゃんはしっかり者でえらいなって、関心の連続だよ」

「それはどうも。お詫びにわたしのIDも教えてあげますね」


 その言葉は色々とおかしかった。

 とは言え、陽菜ちゃんと交換した手前、断れるわけもなく。雫ちゃんともID交換をした。


「ねえねえヒナは? しっかり者?」

「そうだね。陽奈ちゃんもしっかり者だよ」

「えへへ。知ってる!」


 この子は少し緩そうだけど……。


 ああ、でもそうか。この中にカリンが居たら、陽奈ちゃんとカリンが戯れて雫ちゃんが宥めるのかな。


 想像できちゃうなぁ。……でも今のカリンは大人びてるから、雫ちゃん側についたりして。


 ◇◇

 なんだかんだで一時間。カフェに居た。

 随分と豪華な手紙が出来上がった。きっとカリンも喜ぶぞ!


 でも手紙……か。

 今日あった事はカリンに話さないとな。


 嬉しい気持ちと重なるように、勝手な行動を取ってしまったことを後悔した。


 きっと、怒るだろうなぁ……。

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