思考プリンタがあなたの深淵をまる裸

ちびまるフォイ

時空的に考えつかないような生物

「よし早速検索して調べて……あれ?」


検索部分を前にして手が止まった。

数秒前に調べようとしていた内容を思い出せない。


「はぁ……またか。最近多いなぁ。これが老化か……」


このところ忘れっぽさがどんどんましている気がする。

メモが手放せないが、メモすることすら忘れたうえに

メモをもっていくことすら忘れてしまう。


そこで、近所にできた研究所へ仕事帰りに立ち寄った。


「わんわん!」


研究所の看板犬パブロフくんがお出迎えしてくれる。


「おや、あなたは?」


「こんにちは、ちょっと仕事帰りに寄ってみました。

 なにか忘れっぽさをなんとかする方法は無いものですかね」


「それならこんなものがありますよ」


博士は首輪を差し出した。


「これさっき犬がつけてたやつじゃないですか」


「あれは次世代試作品ですよ。

 すべてのデザインを同じにしているんで同じに見えるが

 これは別の、2D思考プリンタというものなんだよ」


「2D思考……。いや、俺は忘れっぽさをなんとかしてほしいと……」


「えいっ」


博士は強引に首輪を取り付けた。


「なにするんですか!」


「まあ後ろを見てみなさい」


振り返ると1枚の紙切れが床に落ちていた。

ついさっきまで何もなかったはず。


紙には『このボンクラ博士め!』と印刷されている。


「これは……?」


「思考プリンタがあなたの思考を読んで印刷したんですよ。

 どうです? これならあなたが考えただけで形の残る。

 忘れてしまっても印刷物を拾えば、すぐ思い出すでしょう」


「ペーパーレス化に中指立てるようなものを……」


とはいえ、しばらく2D思考プリンタの首輪をつけてみることに。

つけている時間が多くなるにつれて便利さがわかってきた。


「えーーっと、なに調べようとしたんだっけ?」


思い出せなくなったときは紙を拾う。


「あ、そうそう。コレを調べようとしてたんだ。忘れてた」


忘れてしまってもこれがあればいくらでもフォローできる。

自動筆記のメモ帳のようなもので便利だ。


メモすることすらなくなり、メモの代わりに印刷された思考プリントをまとめるようになった。


「思考プリントめっちゃ便利じゃん!」


これからは誰もが自分の思考を紙で垂れ流す時代が来るんじゃないか。

この"新しい日常"に感謝を伝えるべく研究所をまた訪れた。


「わんわん!」


「おおパブロフ。お前も元気そうだな」


「お前さんまた来たのか」


パブロフと戯れていると博士が研究所の奥からやってきた。


「博士がくださったこの首輪。とってもよかったです。

 もう忘れることに怯えながら生活しなくなりました」


「それはよかった。それじゃ3D思考プリンタはいかがかな?」


「3D!? やります!!!」


すっかり博士の盲信者となった俺は二つ返事で快諾した。


「これじゃ」


「これ、どう見ても2D思考プリンタの首輪じゃないですか」


「前にも言っただろう。デザインは同じにしていると。

 バージョンアップは性能にすべきであって、

 デザインを変える必要はないというのが私のポリシーじゃ」


2D思考プリンタとしても使えるというので乗り換えることに。

いったい何が3Dなのかなと家で考えているときだった。


「うわっ!? なんじゃこりゃ!?」


何気なく振り返ったときに、腕と触手が生えているクリーチャーの彫像が出来ていた。

こんな趣味の悪い彫像を家に置く趣味はない。


「こ、これが3D思考プリンタなのか……!?」


自分の思考を読み取り、3Dの物体で出力してくれる。

だと思うもののこんな気味の悪い化け物を想像するわけがない。


「もしもし!? 博士ですか!」


『どうしたんだそんなに怒って』


「どうもこうもないですよ!

 3D思考プリンタを取り付けたらまるで覚えのない

 気持ち悪い化け物の彫像が出来上がってたんですよ!」


『3D思考プリンタなんだから不自然じゃないだろう』


「そういう問題じゃないですよ!

 俺の妄想したナイスバディな完璧好みの美人ならまだしも

 こんな気味の悪い地球外生命体なんか想像しません!」


『そういう深層心理が君の中にあるんだろう』

「そんなわけあるか!」


博士は取り合ってくれなかった。

あくまでも自分の深層心理が物質化したものだというばかり。


3D思考プリンタの首輪を外し、勝手に出来上がった彫像を粗大ごみへ出すことに。


「重いな……よいしょっよいしょっ」


「あの、ちょっといいですか」


「はい?」


今まさに粗大ごみを置こうとしてるさなかに

サングラスをかけた男に話しかけられた。


「私はスティーブン・ダラポン監督の助手をしております。

 その彫像はあなたが作ったのですか?」


「あ……と、まあそうですね、ははは。キモいでしょう」


「いいえ! この気味悪さを監督が気に入られたんです。

 どうですか。ダラポン監督が作る次回作に

 クリーチャーデザインとして製作協力してくれませんか!?」


「お、俺が映画に制作協力!? ぜひ!!!」


うだつの上がらない木っぱ会社員の自分にまさかのオファー。

ダラポン監督と言えば、『ミストの空に参る』などの名作で知られる有名な人物。


自分の深層心理から生み出される怪異がウケるとなると話は別。

俺は慌てて博士の研究所に猛ダッシュした。


「今すぐ! 今すぐこの3D思考プリンタを改良してください!」


「どうしたんだ急に」


「博士のこの3Dプリンタ、非常に感銘をうけました!

 そこでもっともっと、深層心理の奥にひそむ深淵の支配者をあぶりだしたいんです!」


「まあ、そういうなら断る理由もないが……」

「お願いします!」


これからダラポン監督の映画に製作協力をする以上、

より深くより精密な3D思考プリンタが求められる。


「あ、間違えてた」


「博士? "間違えてた"ってなんですか?」


「いや……まあ、なんでもない。もう大丈夫だ」


パブロフくんの応援もあり首輪のバージョンアップと付替えが完了した。


「これでもっと自分の深淵が3Dでプリントされるんですね!」


「ああ、今度はちゃんとな」


俺がつけていた首輪はパブロフくんへとおさがりにされた。


さっそく思考に集中するために家にこもって化け物づくりにいそしむ。

いくつか出来たクリーチャーの彫像を監督の前に持っていく。


「いかがですか監督! 新しい怪物を作りました!!」


「ダメデス。コンナノ、ゴミ、ドウゼン」


「ええっ!? どうしてですか!?」


「アリキターリ。フツウノセイブツ、マンマ、ヤンケ。

 サイショノヨーナ、トガッタ、デザインぷりーず」


「そんな……」


3D思考プリンタの精度を上げてより深淵を覗けるようになったはずなのに

生み出される生物はどれもありきたりなものばかりで監督に受け入れてもらえない。


一番最初の彫像のようにとち狂ったデザインを要求されているが、

考えれば考えるほど自分が見聞きした既存生物に寄ってしまう。


「あああ! ダメだ! なんも思いつかない! どうすればいいんだ!!」


完全なるデザインスランプへと陥ってしまった。

ついに自分の制作協力の話が打ち切られる話がやってきてしまった。


「きょ、協力打ち切りってどういうことですか!!」


「それはあなた自身が一番わかっていることでしょう。

 最初の彫像以降なにも生み出せていないじゃないですか」


「それはっ……まだちょっと思いつかないだけで……」


「映画のスケジュールも決まっていて変更できないんですよ。

 あなたの思いつきをいつまでも待てるわけじゃない」


「でも! でも俺がいないと映画は作れないでしょう!?

 ほかにあんな独創的で奇抜な生物を誰が作れるっていうんですか!」


「実はもうすでにアテがある。君以上に気味の悪い生物デザインを作り上げている」


「う、うそだ! 俺以上に心の闇を具現化できる

 ぶっとんだ生物デザイナーなんているわけがない!!」


「お。噂をすれば来たようだ」


監督助手の視線の先を追うように振り返った。

すご腕デザイナーは監督に連れられてやってきた。



「ぱ、パブロフ……!?」


パブロフくんのつけている4次元思考プリンタからは

ひっきりなしに3次元の我々では考えつかない奇妙な生物が作り出されていた。

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