アホ昔話・桃太郎編

風都水都

桃太郎編

日本のどこかのとある場所。

鬼ヶ島という小さな島がありました。

島には、リーダーの鬼太郎おにたろうを筆頭に、鬼吉おにきち鬼助おにすけという三人組の鬼が住み着いていました。

三人は、みやこに出ては、恐喝きょうかつや引ったくりを繰り返し、大層たいそうわるさをしでかしておりました。



ある日の事、鬼太郎おにたろうは、鬼吉と鬼助に呼び出されました。


鬼太郎「鬼吉、鬼助、なんじゃ、改まって話っちゅーんは?」


焚火たきびの燃えあとの周りを囲むようにして置かれた石に、鬼太郎は腰を下ろしました。向かい側の石には、鬼吉と鬼助が座っています。


鬼吉 「リーダー、実はな……」

鬼助 「ワシら、鬼めたいんじゃ」


鬼太郎は呆れました。


鬼太郎「なんじゃいお前ら……こないだの貯え、ワシがFXで溶かした事、まだ根にもっとるんかい!?」


三人組は結成以来、毎日、汗水たらしながら、真面目に引ったくり業やカツアゲ業で生計を立ててきました。しかし、貯めたお金は、リーダーの鬼太郎が直ぐに「増やしてくる」といっては、競馬や競艇につぎ込んでパーにしてしまう事が常でした。最近は、FXにもっているようでした。


鬼吉 「いや、それはいつもの事やから、どうでもいいんや……」


鬼吉は、かぶりを振ると意外な話を始めました。


鬼吉 「この前、ワシ、同窓会に行くゆうたよな」

鬼太郎「おお、二十年ぶりの友達が集まるって言ってたな」

鬼吉 「そうや。鬼養成所の同級生で……気心の知れたええ奴らでな……」


鬼吉は、なつかしそうに語ります。


「卒業する時はみんな誓ったもんや……俺らは世の中には流されへん!一生、無職で鬼のままや!死ぬまで鬼をつらぬいたるってな……」


鬼吉は、くやしそうに拳を固めました。


鬼吉 「それやのに……!それやのに……二十年ぶりに会ってみたら、あいつら、とっくの昔に鬼辞めて、普通に就職して家庭まで持ってやがったんや……」


鬼吉の口から、溜息と共に落胆の声がこぼれました。


鬼吉 「いまだに鬼やってたのは、同級生の中で、ワシ一人だけやったわ……」

鬼太郎「それはキツイのお……」


鬼太郎も、さすがに同情せずにはいられませんでした。


鬼吉 「それから、飲み会で話してる内にな、皆、今は何の仕事してるかって話になってな……俺は税理士やってるやの、俺は起業して小さい土建の社長やってるやの……」


鬼吉の目尻めじりに涙が浮かびます。


鬼吉 「その内、ワシにまで順番が回ってきて……鬼吉は今は何の仕事してるんやって聞かれて……ほんまたたまれへんかったわ」


となりで、鬼助がウンウンとうなずきました。


鬼助 「さすがに、四十幾つにもなったオッサンが、まだ鬼続けてるとは言いづらいわな」

鬼太郎「確かになあ……鬼吉、それで、なんて答えたんや?」

鬼吉 「そこは無難ぶなんに、弁護士やってるって言うといた……」

鬼太郎「ああ、そやから、この間から六法全書持ち歩いとったんか」


鬼太郎は、鬼吉が鬼を辞めたがっている理由を理解しました。


鬼太郎「そうか……同級生の姿みて、いつまでも鬼やってる訳にはいかんと……そう思った訳か?」

鬼太郎「鬼助。お前も、鬼吉の話に影響されたんか?」

鬼助 「いや、ワシは違う……」


鬼助は否定すると、自分が鬼を辞める理由を語りだしました。


鬼助 「ワシは親不孝もんでな……もう何年間も親と連絡取ってないんや。もちろん、鬼やってる事も両親は知らん……」


今度は、鬼助が溜息をつく番でした。


鬼助 「この前、都でな……何年かぶりかに、オカンとバッタリ会ってしもてな」

鬼助 「その時、ちょうど金棒持ってて……あわててかくそうとおもたけど、何しろこのデカさや。直ぐ気づかれたわ」

鬼太郎「なるほど、それで鬼やってるとバレて、説教された訳か……」

鬼助 「そうやったらまだマシや……!オカンは勘違いしよってん!」



都の道端で、数年ぶりに我が子を見つけた母は、怒るどころか、涙を流しました。そして、こう言ったのです。


鬼助母「あんた……連絡も寄こさんと何をしとんのか心配してたけど……まだ夢あきらめてなかったんやな……」


そういうと、鬼助の母は、金棒を指さしていいました。


鬼助母「それ、素振りの練習で使う奴やろ……子供の頃から、野球選手になりたい……阪神に入団したい言うてたけど……。そうか……家族と連絡断ってまで、夢の為に頑張ってたんやな」


母親は、とんでもない勘違いをしているようでした。鬼助も、思わず話を合わせました。


鬼助 「そ、そうや……実はプロテストに受かってな。来年あたりには、阪神に入団できるかも知れへんねや」


その言葉に、鬼助の母親は喜んだ事はいうまでもありません。



鬼吉 「鬼助は、オカンの涙と喜ぶ顔をみた以上、これをウソで済ませる訳にはいかんと思ったんやと」

鬼助 「そうや……あのオカンの笑顔をくもらせる訳にはいかん。ワシは、今年中にプロテストに受かって、次のドラフト会議で阪神に指名してもらわなアカンのや……鬼やってる場合やないんや!」


二人の話を聞いていた鬼太郎はうなりました。


鬼太郎「そうか……二人とも、そんな理由があったんか……」


腕組みして考え込みます。


鬼太郎「お前らと、鬼三人組結成して十年以上……色々あったのう。悪さもようさんしてきた……」


鬼太郎はウーンとうなると、思い切った様子で自分の膝を叩きました。


鬼太郎「よっしゃ、ワシも鬼やない!いや、鬼やけど。お前らの言い分は分った!」

鬼太郎「今日限りで、俺らトリオは解散や!」

鬼吉 「ほんまかリーダー!?」

鬼助 「ほんまにええんか!?」


驚く二人の肩を鬼太郎は豪快に叩きました。

鬼太郎「もう潮時や!さあ、解散祝いに今夜は飲むぞ~!」



こうして、鬼ヶ島の鬼は退治される前に解散しました。その日は、夜遅くまで飲み明かしたのでした。


翌日、最後の別れの挨拶を交わしていた鬼たちの元に、一人の若者がフラフラと立ち寄ってきました。

ガリガリにせ、腰にはなぜか新聞紙で作った棒を差し、Tシャツには「日本一」とマジックで書いてありました。


桃太郎「すいません。鬼ヶ島を探しているのですが、こちらがそうでしょうか?」


桃太郎は、フラフラとした足取りで近づくと、尋ねました。


鬼太郎「おう、ここが鬼ヶ島じゃ。どなた様や?」

桃太郎「そうですか……では、あなた方が鬼さんたちなのですね」


そういうと、疲れ切った桃太郎はバッタリと倒れました。


鬼三人「おいおい、どうしたんや、兄ちゃん!」


三人に介抱され、水をもらった桃太郎は、落ち着くと、


桃太郎「私め、桃太郎と申します。実は鬼さんたちに殺されに参りました」


と、三人が驚くような事を言い出しました。


鬼太郎「どういうこっちゃ?事情があるんやろ。話してみ!」

桃太郎「はい……」


桃太郎は、鬼たちに悲しい身の上について語りだしました。



人間は、産まれてから世間が見えるようになるまで数か月を要します。しかし、もし、生れ出る前から目が効くのであれば、最初に見た景色は、きっと赤くて暖かい母親の胎内の中でございましょう。

しかし、お恥ずかしながら、私が見る事ができる景色は、白くて冷たい桃の中でございました。

オギャーと、この世にでてから最初に抱いてくれたのも、優しい母親ではなく、見知らぬばばあでございました。



ばばあ「じいさんや!大変じゃ!」

じじい「うるさい!今、いいところなんじゃ!」


爺さんは、ラジオで競馬中継を聞いている最中でした。


ばばあ「見てみい。この赤子!」


爺さんは眼鏡を掛けなおすと、赤子を凝視し、直ぐに新聞の競馬欄に視線を落としました。


じじい「ワシは知らんぞ。お前さんの子じゃ。認知はせんからの」

ばばあ「違うわい!川で拾った桃から、これが出てきたんじゃ」

じじい「認知じゃなくて、認知症か。明日にでも病院に連れてったるわい」

ばばあ「アホぬかせ!捨て子を拾ったというとるんじゃ!」


爺さんはつまらなそうに、新聞に赤鉛筆で何か書き込んでいます。


ばばあ「まあ、聞けや爺さんや。その内、この子の親が探しに来るはずじゃ。「うちの子を知りませんか?」とな」

ばばあ「その時、こう言ってやるんじゃ「ああ、その子なら預かっとるよ。返して欲しいかね?なら、ちいとばかり、銭をもらわん事にはなあ?」と」

じじい「なるほど、身代金を請求する訳か?」

ばばあ「めっそうな事をいうでねえ!ちいとばかし、立て替えた養育費をもらうだけじゃ!」



こうして私は、爺と婆の金づるとして育てられたのです。桃から生まれたから桃太郎などと、安直な名前を与えられて。

初めの頃は、銭になるからと、大切に育てて下さいました。しかし、私の母親が一向に現れない事にごうを煮やすと、次第にあつかいが酷くなって参りました。



ばばあ「全く、あの桃太郎の大食らいには困ったもんじゃ。食費がバカにならんわい」

桃太郎「お婆さん、お腹がすきました。何か食べさせて下さい……」

ばばあ「また飯の催促さいそくか!?飯なら、一昨日おとつい食べさせたばっかりじゃろうが?」

桃太郎「三日に一度だけでは、たえられません。せめて一日一食は食べさせて下さい」

ばばあ「そんなに贅沢ぜいたくがしたかったら、銭でも拾ってこい!」

桃太郎「銭なんて、どこに落ちているんですか?」


お婆さんは呆れた様子で、桃太郎を庭先に連れてゆきました。


ばばあ「ほれ、あそこに山田さんの家が見えるじゃろ。あそこの仏間の金庫の中に金が落ちとるんじゃ。拾ってこい」

桃太郎「いや、それでは泥棒です」

ばばあ「ええから拾ってこい!」

桃太郎「家主に見つかったら、どうすればいいんですか?」


お婆さんは舌打ちすると、台所から出刃包丁を持ってきました。


ばばあ「そん時は、これでグサッとやってこい」



こんな調子で私は、ろくな食事も与えられず、時には爺と婆の悪事の片棒をかつがされ、生活しておりました。

爺と婆は、若い頃に何か仕出かしたらしく、全国指名手配になっているそうで、近所とは交流を断っておりました。私も下手に近所の人としゃべる事は許されず、友達といえば、ポチと名付けた野良犬ぐらいでございました。



そんなある日の事、二人は、私に言ったのでございます。


じじい「桃太郎や。この新聞を見てごらん」


爺に見せられた新聞の記事には、『鬼退治求む。懸賞金100万』と書かれておりました。


ばばあ「鬼退治に行っておいで」


三日に一度しか食事にありつけないせっぽっちの私に、鬼退治などできるはずがありません。もちろん、断りました。すると爺と婆はいうのです。


じじい「これこれ勘違いするでない。お前は退治せんでいいんじゃ」

ばばあ「実はな、お前にはたっぷりと保険が掛けてあるんじゃ。お前が鬼にぶち殺されてくれれば、ワシらは幸せになれるんじゃよ」

桃太郎「そ、そんなあ……余りにも殺生です」


私はサメザメと泣きました。すると、さすがに爺と婆も可哀そうに思ったのか反省してくれました。


じじい「確かに、これは一方的すぎたの……。婆さんや、桃太郎にも選ぶ権利があるわいの?」

ばばあ「ふむ、道理じゃ。仕方ない桃太郎に選ばせてあげましょう」


そういうと婆は優しくこう言ったのです。


ばばあ「悪かったね、桃太郎や。じゃあ、自分でお選び。鬼退治に行って、ぶち殺されてくるか‥‥‥それとも」


急に婆の顔つきが変わりました。


ばばあ「この場で、ワシにきにされるかじゃ」

桃太郎「鬼退治に行ってきます……」



鬼退治に行くにあたり、婆はマニュアル本として「日本昔話」の本を渡してくれました。その本を参考に私は準備を進めました。


桃太郎「お婆さん、鬼退治には刀が必要です。刀を用意してください」


婆は、新聞紙をクルクルと丸めると、それをセロテープで止めました。


ばばあ「ほれ、これが刀じゃ、持って行け」

桃太郎「キビ団子が必要です」

じじい「去年買ったキビ団子が残っとるわい。カビ生えとるが、持って行けや」

桃太郎「日本一と書かれた旗が必要です」


婆は、私のTシャツにマジックで日本一と書いてくれました。


次に、私はお供を集めました。

まずは犬です。

唯一の友達であるポチに、キビ団子を与えました。でも、賞味期限がとっくに切れていた為、犬は口から泡を吐いて死にました。

今度はサルです。

タウンページでレンタルペットショップを探して電話しました。


業者 「はい、サルのレンタルですか?ご希望期間は?」

桃太郎「三日でお願いします」

業者 「ご希望の料金プランは?」

桃太郎「キビ団子一つで」


もちろん、電話を切られました。


最後に山に入ってキジを探しました。

罠をしかけて、やっと、キジを一羽つかまえました。丸々と太った艶の良いキジでございました。

私は、三日に一度しかご飯を頂いておりません。お腹が鳴りました。

久しぶりに、焼き鳥を頂きました。


かくして私は、一人で鬼退治に旅だったのでございます。

船は買えぬ為、電車を乗り継ぎ、途中で電車賃もなくなった為、歩き続けて、やっと、たどり着いた次第でございます。


桃太郎「さあ、鬼の皆様、私をぶち殺して下さいませ。でないと、私は婆に八つ裂きにされるのでございます」


黙って桃太郎の話を聞いていた鬼たちは涙を流しました。


鬼太郎「それは何とも気の毒な話やの……というか、その爺と婆が許せんわ!」


鬼太郎は、立ち上がりました。


鬼太郎「もうトリオは解散した身や。よし!せめてもの罪滅ぼしや、ワシがそいつらを退治してやるわ!」

桃太郎「でも、爺と婆は強いですよ」

鬼太郎「大丈夫や、ワシに策がある」


桃太郎と鬼太郎は、タクシーを拾うと、お爺さんとお婆さんの家に帰りました。

家では、お爺さんとお婆さんが保険屋を呼んで、話し合っている真っ最中でした。


桃太郎「お爺さん、お婆さん、今帰りました」

保険屋「あれ、ご健在のようですが?」

ばばあ「いや、あれは近所のピーチ太郎とかいうガキじゃ。別人じゃ」

桃太郎「お婆さん、私です。桃太郎です!」


桃太郎が生きて帰ってきた事に、爺と婆は激怒しました。


じじい「婆さんや。こうなったら、ここで桃太郎を始末するんじゃ」

ばばあ「おうよ!」


爺と婆が桃太郎をつかまえようとします。すると、物陰に隠れていた鬼太郎が叫びました。


鬼太郎「桃太郎、逃げろ!そのまま追いかけられながら、庭の木の周りをグルグル回るんや!」


桃太郎は、言われた通りに庭に逃げ出しました。血相を変えた爺と婆が追ってきます。桃太郎は必至で木の周りをグルグルと回りました。

爺と婆も後を追ってグルグルと回ります。

すると、どうした事でしょうか?

爺と婆の体が次第に溶け出したではありませんか。それどころか、二人から良い香りも立ち上り始めました。

桃太郎が息切れを起こして立ち止まった時、爺と婆はすっかりと溶けて、バターへと変わっていたのでした。


鬼太郎「ようやった、桃太郎!これぞチビクロサンボ作戦や!」

桃太郎「ありがとうございます。鬼太郎さん!」


こうして、四十代以上のオッサンにしか分からないネタで、爺と婆は退治されたのでした。


その後どうなったかって?

はい、桃太郎と鬼太郎は結ばれ、末永く幸せに暮らしたのでした……。


めでたしめでたし……あれ?

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