第31話 犯人は現場に戻ってくる

 環状に建てられた石塔の真ん中で、精根尽きた表情の人間の女が、手にした得物で、円の中に正方形を二つずらして重ねたような魔法陣、星座記号、魔術文字を描いていく。


 描き終わると周りを何周か回り、一方に頭を向け、何かの呪文を唱え始める。


 印を描き、呪文を唱え、印を結ぶ。


 それを何度か繰り返し行い、今度こそ本当に意味の分からないデタラメの様なまじないを唱え、印を描き、嘆願の叫びを上げた…。


 だが、儀式の効果は特に確認されない…。


「皆、死んじゃった…。あんなの絶対勝てっこない!

 もう駄目だ…。ワタシだってもう止めたいよ…。お母さん…。助けてよぉ。

 もう何もしたくない。ゆるしてほしい…。」


 泣きじゃくっていたのが、声色の変わったかすれ声を上げる。


「ユルサナイ…。絶対に…。魔物共がっ!絶対に根絶やしに!してやるから!!」



◇◇◇



 地下下水道のグール達の魔宴サバトの現場跡にツナツルは一人訪れていた。


 あの時、身動きできないよう縛られた状態で寝かされていたときに、視界の片隅に積み上げられていた書物の山の頂に、白く眩しく光り輝く霊気を纏う本が開かれてあった。他の誰も異様な存在感を放つその本に関心を示す者はいないようだった。


 すぐに魔道書『ヘス・ヲ・ホーソア』だと思い、ガブリエスの言っていた【鍵】【扉】【門】【召喚】【封印】というキーワードを頭に浮かべながら意識を向けると、距離など関係ないもののように本の内容が頭に流れ込んできた。


 それは、キュラ達が求めていたような類のものではなかった…。

 魔道書は『ヘス・ヲ・ホーソア』ではなかった…。


 まさに、その瞬間、グヴィンが飛び込んできたのだった。


 グヴィンが自分のせいで屍喰鬼ガストにボロボロにされて、死んだのかも分からない、恐怖と、罪悪感、悲しみ、諦めきれぬ気持と、消失感、そんなものがないまぜになった灰色の感情を爆発させて泣き喚いた。


 キュラ達が来て、気を失いそうな凄惨な殺戮が顕現され、あれがすべてを終わらせた後は、それどころではなくなって、本のことなど今日まで忘れていた。確認しに来てみたが、今はもうあの魔道書は消えてしまっていた…。




「暗黒のAstralLvの急激な上昇を確認して来てみれば、犯人は現場に戻ってくるって言うのは本当なんですね。御機嫌ようでございます、お嬢様。」


 左腕にぶら下げた鉄製のバケツに、金髪の最高の笑顔で生首を安置させた、銀甲冑のメイドが立っていた。


「おや、私の挨拶を不意に受けてもご無事とは、やはり何かあったんでしょうかねぇ…。」


「私が、犯人じゃあ、ないわよっ!」


 訝しむ様子で呟くデュラハンに、ツナツルは手に持つ偃月刀を振るった。その柄は剣より長いが薙刀ほど長くはない。


 ノイモントは驚きとともに、黒い刀身の円月鎌でそれを防ぐ。


「Witchだと思っていたんですが、膂力ともに大した技量でございます。認識を誤っておりました…。大変失礼いたしました。」


 巨大な円月鎌を回転させて振り回して応える。ただ、それは今もなおツナツルを捕獲対象と意識している、あくまで致命傷を与えるのは避ける攻撃のようではあった。


 ツナツルはどの様にしてかそれらの攻撃をすべて躱し、すぐさま偃月刀で反撃する。

 その斬撃はどの様にしてか間合いを外されてもヒットする。どうも見かけの腕や体の構造、長さと違っている。


「可愛らしいお顔をしてみえるのに、先ほどから裏で「知能低下」やら、いやらしい攻撃をなされていますね…。あの ”阿婆擦れトロル” を思い出して非常に不愉快です。」


 バケツの中のノイモントの顔に一瞬だけ屈辱と怒りの表情が僅かに浮かぶと、円月鎌の回転速度を上げて、ツナツルへと叩きつける。


 猛烈な斬撃にツナツルはバランスを崩し尻餅をつく。漆黒の円月鎌が追い討ちをかけると見えたそのとき、黒い触手が影から突然と生えてきて、首無しメイドの腕と体に絡み付き動きを封じた。キュラのあの暗黒の触手ほどの大きさはなかったが、デュラハンを捕らえると締め上げる。


「ちょ!」


 驚愕に眼を剝く生首が鉄のバケツから転げ落ちると、首無しメイドの右足はサッカーボールを蹴り上げるかの様に全力でその生首を思い切りよく蹴飛ばした。


「ぎゃ、ぁあぁあ!!」


 ツナツルは思わず吹き出してしまい、一瞬の間をおいてデュラハンの体を叩き斬った。

 すぐに首を探すが消えており、体のほうも消えてしまった。


 こちらの手の内が分からないうちに倒し切りたかったが、まだ、あのお笑いメイドとの因縁は続きそうな予感がするのだった…。

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