第25話 夢魔

 オルカツォトを後にし、巨大地下回廊ダンジョンの入口がある宿場町『リュユイ』に着く。


 地下回廊出入口周辺は、それ自体が巨大都市に含まれていることも多いが、ここはあくまでオルカツォト近くの宿場町として発展していた。


 町に入って大通りを進んでいき、大きな酒場を見つけると入っていく。まだ昼間なので客はまばらだ。地下回廊へ出発するまでの時間を潰す連中だろうか。俺とグヴィンはカウンターに座り酒とつまみを注文する。


 酒を飲み、店主のドヴェルグ親父と一通り世間話などする。


「姉さん、えらい美人だねぇ。舞台の女優かなんかじゃないのかい?」


 満更お世辞でもなさそうに親父が誉めるので少し調子に乗って言う。


「そんなんじゃないけど、吟遊詩人の真似事なんかはしてるよ。よけりゃ一曲演奏してあげようか。」


「おっ、そりゃ是非頼みたいね。昼間は何もなくて客も退屈してるだろうからな。評判良けりゃ今日のお代は無料にしてやるよ。」


 ハープを取り出すとステージへと上り、長い尻尾でとぐろを巻いて腰かける。客達の会話の声でざわつく中、ハープを奏で自作のバラードを演奏し歌った。


 演奏が終わると客の盛大な拍手喝采がある。それに気を良くしもう一曲ブルースを歌い上げるとカウンターへと戻った。席に戻ると親父は顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。


「親父さん、親父さん…、ちょっといつまで泣いてんのよ。」


「あ、あ゛ぁー、す、すばねぇ…。ちょっと…昔のことをいろいろ思い出して…な。」


 親父は水道の蛇口を捻り、顔を洗いながら謝る。


「そいえば、聞きたいんだけど、近々地下回廊を通る大隊商キャラバンが出発する予定とかって知らないかな?」


「ん?それなら、ちょうど明日だ。隊商だけじゃなくて旅人や冒険者もそうだぞ。パラパラと出たところで普通次の出口にも辿り着けないからな。だからこの町ではできる限り戦力を整えた大集団で出発することを強く推奨している。それでも安全てわけじゃないがな。」


 なるほど知りたい話を聞けて良かった。その後も親父の驕りで腹一杯まで食べながら地下回廊の話を聞いた。


 オルカツォトですでに地下回廊に潜る準備は十分にしてきたが、親父の話を聞いて必要な物を買い足すと宿を見つけ休む。


 翌朝、早くに地下回廊出入口に向かうと既にそれなりの人混みと行列ができていた。多くは隊商の商人とその護衛と思しき者達だが、他にも様々な種族の旅人、冒険者達が武器を携え身内同士語り合いながら屯っていた。


 入口の門の高さは10m近くあり、鋼鉄製で観音開き、ピンと張った重そうな鉄の鎖が幾重も通路の左右の仕掛けに繋がっている。その重さは一体いかほどあるのだろうか。


 門の前には10人ほどの武装したオーガ達がいて門を開く準備をしているのだろうか装置を見て何やら話している。



「ねぇ、そこのアンタ…!」


「――― …。」


「そこの、とびきり綺麗で色っぽいお姉さん…。」


 呼ばれた方を振り返る。


「現金な女だねぇ…。まぁしょうがないか。

 ねっ、アンタ、昨日昼間、酒場で演奏してた吟遊詩人だよね。ちょっとしばらく聴いたことないくらい良かったよ。あたしはとくに2曲目が気に入ったね。正直もっと聴きたいと思ったよ。」


 ちょっと恰好いい麗人が早口で褒める。周囲の視線が集まる。


 尻太腿の露出の多い皮装備の女の足は片方が青銅色の金属の義足、もう片方は馬の足だ。


「エンプーサだぞ…。」


 グヴィンに小声で囁かれる。なるほど、もう片方は驢馬ろばの足のようだ。顔は気の強そうな切れ長の若干吊り目でスッと綺麗な鼻筋の通った相当な美人だな。髪色は暗い栗色ブルネット。神話じゃ残虐だが、悪口に弱いという謎な個性がある。何かトラウマを抱えているのだろうか。


「――― …。」


「アンタも地下に潜るのかい?たしかに只者じゃなさそうだけど…。吟遊詩人ってのも危険に飛び込んで何ぼのもんなのかねぇ。」


 双頭犬と蛸手尻尾に一瞬だけ視線を向けると不敵な笑みをうかべて言う。どうも黙ってても一人で喋りつづけるタイプの人のようだ。


「あたしの名前は『ヴァンタユ・エぺ』。とって食やしないから安心おし。

 アンタの名前も教えておくれよ。」


 言わないと終わらなそうなので教えることにする。


「私はキュラ・キュプラスキー。こっちは… 」


「グヴィン・ゴヴィンだ。」


 俺たちが自己紹介をした、その時だった。金属の軋む重低音が唸り轟く。


 地下回廊入口の超重量の鋼鉄の門扉がじつにゆっくりと地響きを立てて開いていく。通路両側の仕掛けが重い鎖を軋ませながら巻き取り、やがて完全に道が開かれた。その奥では闇が大口をあけて旅人たちを飲み込もうと待っている。

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