第20話 悪路

 双頭犬オルキュロスの馬車を走らせながら、ゴブリンの町を人間ヒューマンが襲い占拠したことについて御者席でひとり考えにふける。

 因みに馬車は二頭立てで、牽引はローテーションで、今はアンドゥとキャトルサンクが引き、残り一体、今はトワシス、がその前を警戒しつつ先行している。


 勢力で人間を選んだ者達のスタート地点がどこかわからないが、やはり人間領近くが多いのではないだろうか。

 これまで俺が移動した範囲では、ツナツルしか人間には出会っていない。普通、魔物は人間を感知すると、恐怖と嫌悪を感じるらしい。ツナツルはやはり特異なケースのように思われる。


 少なくとも人間領近くでスタートした者は、いずれ必ず人間の町に行くだろう。

 どれほどの数がこの異世界転移に遭ったか現状不明だが、少ないとも思えず、混乱が起きないことはないはずだ。その結果、原住民に受け入れられてか、拒否されてか、分からないが、魔物の町を襲撃するに至った。


 転移に際して、普通は天稟てんぴんか能力は底上げされているのだ。戦力として成り立つだろう。実際、グヴィンの剣術は並ならぬものがある。俺にしたってハープをいきなり達者にかき鳴らせた。魔物としての補正があるにせよだ。

 戦力を得た人間勢力が魔境に進出を考えることも、若しくは、人間の町に受け入れられなかった異邦人の集団が魔境に溢れ出すことも、自然に起こり得る流れだと言える。

 事件発生まで3か月半という期間を分析すれば規模も少しは想像できるのかもしれないが自分には荷が重いか。情報もあるわけじゃないしな。



 トワシスの吠える声とともに馬車が止まる。


 道の前方が両側から倒木で塞がれている。あきらかに意図的なものだろう。


「山賊か?」


 すぐに出てきたグヴィンが尋ねる。


 俺はアンドゥ達を解き放ち、戦闘態勢に入っている。


 トワシスから、この場にそれらしき気配はないこと、魔物の臭いと二足歩行の足跡があると伝えられる。


 3人で話し合い倒木を迂回して先に進むことにした。


 この馬車はメタリカーナ一家苦心の独立懸架式サスペンションが搭載されていてそれなりの悪路を走らせられる。

 トワシスに斥候させ、距離をとってゆっくり進める。


 トワシスから、キャンプがありオーガが一人何やら作業していると連絡がある。




「おーい!ちょっと、止まれ!」


 一人と聞いて構わず突っ切ろうかと考えていた馬車の前を早めに余裕をもってオーガが立ちふさがり制止しようとする。


「どうしました?」


 一旦停止させると何食わぬ顔で俺は言う。


 やはり、近づくとでかいな。3m弱はありそうだ。見かけ状は常に猫背がちのトロルより少しでかい。まぁ奴らが背を伸ばせば3mも優に超えるのだろうが。上半身に纏う隆起した筋肉の厚みはオーガが上か。


「道封鎖してあったはずなのに、入って来ちゃイカンだろう…。」


 赤銅色の顔は、怒っているわけでも、美人に照れてるわけでもないらしく、あきれた感じで言った。

 いや、これはきっと俺の魅力に怒気を失くしたに違いない。


「倒木かと思って迂回して来てしまいましたが。そうだったのですか…。


 ―― で、何かあったのですか?」


 完全にしらばっくれて逆に聞く。別に怖い感じのしない人の良さそうなオーガだからな。


 赤ら顔のオーガは少しだけ真顔で説明した。


「この辺りでマンティコアの目撃と被害が出てるんで封鎖したんだ。悪いこと言わねぇから、引き返したほうがいいぞ。」


「でも、魔境でそのくらい覚悟の上じゃない?そんなに危険なものなのかしら。」


 俺は基本、共通語を話すとき、グヴィンたち以外には、女性らしく振る舞っている。多少オネエぽくなってるような自覚があったが、自分だからこそ感じるのだろう。そのうち慣れるはず。


「さぁなぁ。知恵が回って討伐しようとしても逃げられちまうって話だが。まぁ、強制するもんでもねぇし、そんくらい覚悟があるならいいんじゃねぇか。一応、俺達は善意で注意してるだけだし。まぁ、それも魔物の心意気よな。フ、ハッハッ!」


 オーガは豪快に笑った。


 なんだ、通してくれるのか。


 バングヘルムでもそうだが、魔物達が束縛するようなことってほぼないな。

 力がすべてだが、同時にそれが自分にも向かうということを本能的に理解している感じだ。個で勝っても関係性で報復され、すべてを失うと知っているような。

 力の強いものが、上から押さえつけるような感じはなかった。

 この辺の魔物の性格なのかもしれないが。


「悪いね。でも、十分気を付けて進むことにするよ。

 ありがとう。お役目頑張ってね。」


 俺は、精一杯愛嬌のある笑顔をふりまいて礼を言う。



 こうしてオーガキャンプを後にし、森の奥へと続く道へ、馬車を急ぎ走らせたのだった。

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