十七、ゆっても傍観者
「はあっ!」
「クォオオン!」
「くっ、化け物どもめ!」
「出過ぎるな、隊列を整えろ!」
薄暗い空間。
壁面に設けられた消えぬ灯りが、幾つもの影を作り出している。
片方の影は鎧を着込んで、鉄槍を構えた集団。
片方の影は二本足で立つ人成らざる異形。
それぞれが武器を片手に、盾を片手に、黒の先端が混じり合う。
……なーんてナレーションするのも飽きてきたわね。
例によってリィナの腰に吊られた私は、領主軍とコボルド達の戦いを遠くから眺めていた。
領主軍の兵士さん達は隊列を組んで一斉に槍を突き出している。
対するコボルドも負けじと戦鎚や戦斧を振り下ろす。
ダンジョンに入ってからというもの、一進一退の攻防が繰り広げられていた。
ふーん。身なりはしっかりとした兵士さんなんだけど、強さは見合ってないみたいね。
リィナの無双っぷりを間近で見ていた私からすると、些か物足りなく感じてしまう。血が、血が足りないわ。肉の焼けるにおいも。
これは彼らが弱いのではなく、リィナが強すぎるだけだろう。
あんな美少女がばっさばっさモンスターを斬り倒すとは思ってないもの。
この世界のスタンダードは、恐らく
そんなリィナはというと、精鋭達にガチガチに守られていた。
こんな守りは必要ない腕前なんだけど、これは親バカ領主の指示であった。
ダンジョン内に入るなり「リィナちゃん絶対守護形態ぃい!」とか叫んでたものね。
精鋭の方々も大変な立場だわ。
精鋭達とリィナ一人を突っ込ませた方が、遥かに早く片付くでしょうに。
「総員、暫し休憩!」
隊長とおぼしき男が号令を飛ばすと、兵士達は一斉に腰を下ろした。
中には地面に身体を投げ出して、疲労困憊といった様子の者までいる。
まだ序盤の敵を倒したくらいに思えるのだけど、この調子で大丈夫なのかしらね。
彼らも普段はモンスター討伐などしないのだろうし、無理もないのかもしれない。これじゃあ、トラが挑発するのも分かる気がする。
正規軍と冒険者って仲が悪いイメージだしね。
「へっ、これくらいでへばってどーすんだよ」
ほーら、また余計な事を言ってる。
「戦ってもいない冒険者風情が、余計な口を出すな!」
「そうだそうだ!」
そういうトラはそもそも戦闘に参加していなかった。
ダンジョンの通路を占領するかのようにして、領主軍の兵士達が進軍していたからだ。
冒険者達は戦う機会を与えられていない状態で、領主軍ばかりが先行していれば反発も起きる。
「へっぴり腰のくせに、お前達が邪魔してるからだろうが!」
「普段、門の前で突っ立ってるだけの木偶の坊が、冒険者様に偉そうな口を叩くんじゃねぇよ!」
あーあー……。
やっぱり仲は良くないのねー。
兵士さん達も慣れないダンジョン攻略でモンスターの相手だし、冒険者も仕事をさせてもらえないのは領主軍が出張っているからで。
問題は、なんでこんな混成軍にしたのかってことだけど。
疑問に思っていたら、それを納めるべく人物が大きく声を上げた。
「お前達! 今回の作戦は、赤土のダンジョンのモンスターを
いがみ合う兵士と冒険者の間に割るようにして足を進めた領主は、どちらを責めるでもなく言葉を続ける。
「我が軍の強さはなんだ? 統制のとれた広範囲の制圧だ! 冒険者諸君の強さはなんだ? 強力なモンスターへの個々の適応力だ! それらが噛み合わされば、ダンジョンの完全攻略も現実のものとできるだろう!」
うわー、さっすがの統率力なのかしら。
一つの土地を治める領主ってのは、カリスマ性みたいなものも持ち合わせているのね。
領主の言葉を聞いた領主軍の兵士達も、文句を垂れてた冒険者達も目の色を変えて聞き入っている。
「これは、アーケル領の繁栄を目的とした作戦だ。誰にも不利益のない行いだと思っている。小さな禍根を残すことなく、アーケル領皆のために力を合わせて欲しい。諸君の健闘を期待している」
彼がそう締め括ると、兵士達が立ち上がり戦意を示すかのように槍を突き上げている。
冒険者の方も自分達がとっておきの戦力かのような言い方をされ、満更でもない様子だ。
はー、こうして人を纏め上げるのねー。私には無理だわ。
人格者とはまた違った意味なんだろうけど、人を動かす力を持った人なんだな。
本人のフットワークも良くて「怪力親父もたまにはいいこと言うじゃん」とかほざいたトラを、さっそく吊り上げているけども。
……あのアホは死んでも治らないわね。
その後、領主の喝により元気を取り戻した領主軍は、時折冒険者とも手を取りながらモンスターを駆逐していった。
協力とまではいかないものの、各々が相手を思いやって行動することにより、ダンジョン攻略はサクサク進み、今は最下層まで到達している。
といっても、全三層のダンジョンなんだけどね。
代わりに周りの兵士たちや冒険者は数を減らしていた。
これはモンスターの凶刃に倒れたという訳じゃなくて、これまで進んで来たダンジョン全体に人員を残してきたということ。
モンスターはダンジョンに際限なく出現する。
もちろん一度倒したモンスターが、どこかの階層ですぐに復活する訳じゃないのだけど。奴等は一定時間を置いて、どこからともなく現れるのだ。
それをどこで知ったって?
指示を出してる兵士長がそう言ってたわー。
そういうわけで、各階層に散らばった兵士さん達は今もモンスターを討伐し続けている。
その為の大勢での行軍であり、ダンジョンのモンスターを掃討するという、個々では不可能な作戦なのだ。
だから仲の悪い冒険者とも一緒に行動してたのね。
その間を取り持つために領主自らダンジョンに赴いて、指揮をとっている。
アーケル領とか言ったかしら? 本当に、この辺り一帯の繁栄をかけた一大作戦なのね。
余程のリターンが、この作戦にはあるのだ。
その割には、大事な戦力をリィナの周りに固めてるけど。
領主ともあろう方が公私混同ですかー?
「リィナちゃんには指一本触れさせなぃい!」
そう絶叫すると、迫る犬頭に大剣を振り下ろす。
愛嬌を感じさせなくもない犬顔は、瞬時に肉塊となった。
……領主ともあろう方が、自らモンスターを討伐してたわ。
あんな大剣いつの間に用意したのよ。ガタイのいいおっさっんだと思ってたけど、戦闘の心得もあったのね。
未だ精鋭達はリィナを守護している。減った兵士さんの代わりを領主が務めるなんて、どんな帳尻合わせ?
「残るは、ダンジョンボスだけか」
トラが大見得を切って言う。
領主軍を率いて来た隊長格の兵士さんがジロリと睨むも、言い合いになるようなことはなかった。
本人の軽率な発言に反して、彼は意外に貢献してくれているのだ。
一見するとボロい服を纏ったヤンキーみたいなトラだけど、ここまで部下を率いた集団戦で、上手い具合にモンスターを排してきた。
領主軍を除けば、冒険者達は多くて数人のパーティーだ。
その中では揃いの黒い服に身を包んだトラのパーティーメンバーは二、三十人いるだろうか。
ここまでの戦いで見ても、冒険者の中では最大の功労者だった。
目の前には巨大な空間が広がっている。
この奥に、赤土のダンジョンを統べるボスが控えているのだ。
「諸君、聞いてくれ!」
ここぞと領主が声を上げる。
最後の関門に向かう前に、士気を上げる腹積もりだろう。
「これが最後の戦いだ」
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