十五、リィナ、いきます。

 夜。そして、朝。


 訳アリ少女リィナの元で、それから数日の時を過ごした。

 大半は腰のホルダーに下がってただけなのだけど、夜は余剰MPマジックポイントを使って魔法の修練。

 昼はダンジョンに潜ってグロ耐性を上げる特訓をした。

 お陰で光魔法と精神耐性のLvレベルが一つづつ上がったわ。


 新しい魔法も創造することができた。

 特殊なユニークスキル【魔法の才能】の影響か、現状で覚えている魔法の発展的なものをイメージしていけるようだった。

 また、突拍子のないものはLvレベルが足りないと感覚で分かり、それらが創造できそうな到達Lvレベルも朧気ながら予想することができる。

 意外といい仕事してるじゃん、【魔法の才能】さんよー。

 この調子で、世界をひっくり返すような魔法を一つお願いします。



「━━であるからにして、我々は立たねばならないのである!」


 遠くから、朗々とした男の声が聞こえてくる。

 町の広場の中央。拵えた高台の上で、偉丈夫が集まる民衆に演説のようなものをしていた。

 それを聞いてる私は民家の陰。

 どっちかってと私はただのお荷物で、主役は私を腰のホルダーにぶら下げたリィナだ。

 あ、本当の意味でお荷物だわ。


 男の演説が始まったくらいからずっとここに潜んでいる。

 広場には民衆の他に、揃いの鎧を着込んだ集団━━恐らくあの男、領主の手勢━━が整列し、更には冒険者と思われる装備を施した男女が群がっていた。

 そう。今日はダンジョン掃討作戦とやらの決行日なのだ。


「この赤茶けた大地を、我々の手で切り開き! アーケル領の一層の繁栄を願う!」


 どうやら締め括ったらしい。

 疎らな拍手が起こったかと思うと、演説していた男が降壇した。

 ……ぶっちゃけ、全然聞いちゃいなかった。

 いや、だって遠いんだもん。それに、リィナのお尻と民家の壁に圧迫されてたし。

 断片的にだけど「赤土のダンジョン」とか「アカシアの街とローム町の総力を結して」なんて言葉が聞こえてきた。


 赤土のダンジョンはこの町のダンジョンのことよね。ここら一帯赤土だらけだし。

 アカシアの街とローム町はあの領主が治める土地にある街だろう。

 どっちかがこの町なんだろうけど、この開拓村みたいな場所に領主が屋敷を構えるとは思えないから、あの魔女っ子が住んでた街がアカシアの街かな。

 あっちはタロウに咥えられてと、行商人の荷台からしか街を見ていない。

 案外大きな街だったのね。塀とかしっかりしてたし、石畳もきちんと敷き詰められていたから、そうなのかも。


「……はぁ、嫌だなぁ」


 頭上でリィナがため息混じりにそんなことを言う。

 理由は分からないけど、彼女は今日の作戦とやらに参加するみたいなのだ。

 貴族って、そーいう義務とかあるっぽいしね。

 それにリィナは凄腕の冒険者でもある。

 ダンジョンに向かうとするのならば、戦力的な意味でも求められていることだろう。


 群がる冒険者の中に一際目立つ金髪の男がいた。不良を思い起こさせる風貌の冒険者、トラだ。

 周りには同じ様にして、服装を黒に統一したならず者達がいた。トラの仲間だろう。

 酒場で会った時は一人だったけど、どう見ても不良の集団に見えるー。

 その彼はキョロキョロと周囲に視線を振り撒いて、なにかを探している。

 大方の予想はつくが、私を腰から下げた主━━リィナのことを探しているのだ。


 対するリィナといえば、物怖じするようにしてまごついている。

 さっさと出てけばいいじゃない……なんて思わなくもないけど、当人にしか分からない悩みがあるのだろう。

 でなければ、美少女の顔を苦渋に染める理由がないからね。


 なにか、壮大な、辛い事があるのね。

 人には言えない事情があるのでしょう。

 でも、人生には戦わなければいけない時が必ずやってくるものよ。

 例えば、転生したと思ったら意地悪な女神にポーションの空き瓶にされた時とかね……。

 絶対に、許さなぁあいい!



 私が人生の先輩気取りで語っているうちに、自らの復讐の炎に焼かれたところで、リィナは決意したように足を踏み出す。

 ずっと隠れていた民家の陰から姿を現すと、群がる民衆の方へと歩み出た。


「リィナ!」


 近付く少女の姿をいち早く見つけたトラが声を上げる。

 その声につられた民衆が一斉にリィナへと視線を注ぐ。トラのせいで余計に目立っちゃったじゃないの!

 だけど、決意したリィナは多数の視線にも負けず歩みを進め、集団をまとめる男━━領主と思われる偉丈夫の前で立ち止まった。


「パパ」


「リィナちゃあああん!? 心配したのよぉおお!」


 私は心の中でずっこけた。

 さっきまで堂々と民衆に向かって演説をしていたガチムチのおっさんが、野太い声を辺りに撒き散らしながら全身をくねらせている。

 ……お、おーう。ある意味テンプレか。

 厳格な貴族の領主としての振る舞いからくる確執かと思っていたけど、父親のキャラが濃すぎて辟易してるってパターンだな、こりゃ。


「……私も行くわ」


「なんですってぇ!? ダンジョンなんて危険な場所へは来なくていいのよ、リィナちゃん? 花のような、蝶のようなリィナちゃんが、凶悪なモンスターに傷でも付けられたらどうするっていうのよぉ!」


「パパ、落ち着いて。領主の娘たる私が出なくては、皆に示しがつかないよ」


 なんだこの全開キャラは……全開だな。序盤の村からラストダンジョンな勢いなんですけど。

 それに、どうやらダンジョン掃討作戦に参加したくないのはリィナ本人ではなく、父親の方が参加させたくないようだ。

 親としての発言であればなにも不思議はないのだけれど、それにしたって過剰かもしれない。

 このおっさんはリィナが常々からダンジョンに潜って、モンスターを爆砕させてるって知ってるのかしら。


「うぉおおい! うちの生娘にこんな悲痛な決意をさせたのは、どこのどいつだぁあああ! てめぇか、金髪!」


「ぐぇえええ!」


 近くにいたトラが領主の巨腕に吊り上げられている。

 それを周りの仲間達が止めようとするも、圧倒的な領主の肉体に弾き飛ばされる。

 なんじゃ、ありゃあ……。

 あんなモンスターが領主でいいのか異世界。寧ろ、異世界だからこそあんな領主なのか。

 私なんか握力だけで砕け散るんじゃなかろうか。『硬化Lv3』では足りないかもしれない。


 恥も外聞もない領主の暴走は、領民が唖然として見守る中で、暫くの間続く事となった。

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