第21話 傲慢

「くそっ!タラハの奴らめ!」


高価な装いで固められた、でっぷりと太った男が目の前の机を強く叩く。

豪奢な調度類が置かれた広い部屋に、ドンと鈍い音が響いた。

だがそこに控えている執事やメイド達は、それに対して顔色一つ変えない。

男はここ最近よく癇癪を起している為、彼らも慣れた物だ。


「妻は返さない。通商も行わない。一体何を考えている!」


再び室内に鈍い音が響いた。

但し一度目よりも控えめだ。

怒りの度合いと言うよりも、単に一発目で手を痛めてしまったからだろう。


男の名はグリード・R・ベース。

Rはレブントの略であり、レブント帝国の皇室に繋がる血筋を表わしている。

彼はそんな帝国屈指の大貴族、ベース家の当主を務める男だ。


国内外の交易に関する権限はこの男が握っており、タラハに酷い関税を課しているのもこの家だった。


「くそっ!帝国のお情けで成り立っている小国の癖に生意気な!」


タラハはその立地故、帝国に依存しなければ成り立たない小国だ。

それ故、関税の事をチラつかせれば今までは好きな様に出来てきた。


――だが今回だけは勝手が違う。


脅しを込めた意味で関税を引き上げた途端、全く人の行き来が途絶えてしまったのだ。

勿論その程度は想定の範疇ではあったが、それから既に2か月は経過している。

何れは悲鳴を上げて嫁を返すとばかり思っていたグリードは当てが外れ、ここに来て焦り始めていた。


「くそっ!くそっ!くそっ!」


彼は醜く太った自らの姿とは裏腹に、美しい物が好きだった。

だからかつてタラハに脅しをかけて、カルメを強引に娶っている。


「だいたいあの病気が治るんだったら、俺は手放さなかったんだ。だからあの女は俺の物なんだ」


彼にとって病気で醜くなった女に価値はなかった。

だから国へ不良品として送り返したのだ。


だが驚くべき事に、捨てたはずの妻の病気が治り、元の美しい姿を取り戻したとの報告が彼に入って来る。

まさに寝耳に水の事であったが、元に戻ったのなら返せ。

そう厚かましく要求した所、タラハはそれを突っぱねた。


冷静に考えれば当たり前の話なのだが、お互いの力関係を考えればそんな無茶も通ると彼は考えていた様だ。

例え直ぐに返さなくとも、締め上げれば悲鳴を上げて頭を下げて来ると。


だが予想に反し、いくら待ってもタラハ側からのアクションは入って来ない。

彼はその事にイラつき、ここの所機嫌が悪かったのだ。


「なんだ!?入れ!」


グリードがいらいらしていると、扉がノックされる。

荒々しく彼が許可を出すと、一人の男が室内に入って来た。

紺のスーツにひょろっとした細い体つき。

文官風のその男は「失礼します」と一言断って室内に入る。


「お前か?タラハの様子はどうだ?」


グリードは、配下の男にタラハの様子を探らせていた。

入室して来た男がその担当だ。


「実は――」


「なんだと!!」


男の報告を聞き、グリードは目を剥く。

それは彼にとってにわかには信じがたい、衝撃的な内容だったからだ。

険しい山脈に囲われ、帝国以外と交易を持てない筈のタラハが、自国を介さず他の国と交易を開始したというのだから驚くのも当然だろう。


「そんな馬鹿な!一体どうやって!」


「なんでも……山を切り開いて道を作ったとか」


「山を切り開いてだと!?森じゃないんだぞ!!そんな事が出来る訳ないだろう!!」


「私も耳を疑いましたが、事実の様です。確認させた所、それまで山脈だった場所が平地になっていたと報告が上がっております」


グリードは怒鳴りつけるが、男はそれが真実である事を懇切丁寧に説明する。

短気で浅慮な主に報告する以上、男もある程度裏は取っていた。

噂話レベルを上に報告する程愚かではない。


「ぬぅ……一体どうやってそんな真似を……」


「これは噂話の範疇なのですが、件の病気を治療したと言われる大賢者が関わっているとか」


「大賢者だと!?下らん!」


グリードは大賢者と言う言葉を、下らんと切って捨てる。

確かにそれは噂話の域を超えない話ではあるが、現実に山が切り開かれている以上、何らかの大きな力が動いているのは紛れもない事実だ。

だが彼の頭の中はどうやってカルメを取り戻すかと言う事でいっぱいで、そんな事に気づく余裕はなかった。


「足を用意しろ!俺が直接乗り込んでくれる!」


「それは流石に……」


配下が難色を示す。

関係が拗れている国に、事前の約束もとらずにいきなり乗り込む様な真似をするのは、賢い行動とは言い難い。

寧ろ愚行と言っていいだろう。


「いいからさっさと用意しろ!俺の言う事が聞こえないのか!!」


だがそんな配下の顔色を他所に、グリードは強く命じる。

彼には小国など取るに足らない相手でしかなく、自分の我が儘は全て通るという傲慢な考えすら持っていた。


その愚かな思想が身を亡ぼすとも知らず……

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